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古市憲寿の芥川賞候補作「無名の小説を参考」に山田詠美ら選考委員が「それってありな訳」と猛批判
古市氏の芥川賞候補作「百の夜は跳ねて」
ワイドショーで“炎上芸人”をやりながら、最近は小説で芥川賞を狙っている古市憲寿クンだが、その芥川賞候補作に、“小説家として姿勢”を疑われかねない批判が巻き起こっている。きっかけは、今月10日発売『文藝春秋』9月号に掲載された、第161回芥川賞の選評だ。古市は、前回「平成くん、さようなら」に続き、3作目の小説「百の夜は跳ねて」(「新潮」2019年6月号に掲載)が芥川賞候補にノミネートされていた。
前作「平成くん、さようなら」は最有力候補との前評判にも関わらず、芥川賞選考委員からほとんど評価されずあえなく落選したが、今回の「百の夜は跳ねて」は、専門家の間でも前評判が上々。辛口で知られる書評家の豊崎由美氏も、前回とはうって変わってこんな高い評価を与えていた。
〈前作から飛躍的に巧くなっている〉〈内面描写が丁寧になっていて〉〈前作における情報伝達文の域を出なかった、のっぺりした文章が豊かに変容している〉〈短期間でのこの上達ぶりは目覚ましいというべき〉(「週刊新潮」2019年7月25日号)
ところが、結果は今回も落選。そして、選考委員による選評では小説の出来とは別の問題に批判が集中した。
たとえば、山田詠美はこう書いている。
〈『百の夜は跳ねて』。いくつも列記されている参考文献の中に、書籍化されていない小説作品があるのを知った。小説の参考文献に、古典でもない小説作品とは、これいかに。そういうのってありな訳? と思ったので、その木村友祐作「天空の絵描きたち」を読んでみた。
そして、びっくり! 極めてシンプルで、奇をてらわない正攻法。候補作よりはるかにおもしろい……どうなってんの? 候補作に関しては、前作よりも内面が丁寧に描かれていて豊か、という書評をどこかで目にしたが当然だろう。だって、きちんとした下地が既にあるんだからさ。
いや、しかし、だからといって、候補作が真似や剽窃に当たる訳ではない。もちろん、オマージュでもない。ここにあるのは、もっと、ずっとずっと巧妙な、何か。それについて考えると哀しくなって来る。「天空の絵描きたち」の書籍化を望む。〉
そう、古市が参考文献にあげていた書籍化されていない小説「天空の絵描きたち」(木村友祐)を「下地」にしていることを問題にし、こちらの方が古市の候補作よりはるかに面白いと切って捨てたのだ。
山田だけではない。川上弘美もほぼ同様の違和感を表明していた。
〈「百の夜を跳ねて」を一読し、前作よりも厚みがあると感じました。「老婆」と語り手と「先輩」との有機的な関係が、読み進むための推進力になっています。何より、高層ビルのガラス清掃の仕事にかんする立体的な書きようの中に、作者の新しい声を聞いたように思ったのです。読み終わり、「参考文献」をぼんやり眺めていたら、「木村友祐「天空の絵描きたち」『文學界』文藝春秋、2012年10月号」とありました。いわゆる「古典」ではない小説が参考文献に? と驚き、編集部に頼んでコピーしてもらい、読みました。
結論から言います。わたしは悲しかった。木村友祐さんの声が、そのまま「百の夜は跳ねて」の中に、消化されず、ひどく生のまま、響いていると、強く感じてしまったからです。小説家が、いや、小説に限らず何かを創り出す人びとが、自分の、自分だけの声を生みだすということが、どんなに苦しく、またこよなく楽しいことなのか、古市さんにはわかっていないのではないか。だからこんなにも安易に、木村さんの声を「参考」にしてしまったのではないか。たとえ木村さんご自身が「参考」にすることを了解していたとしても、古市さんのおこなったことは、ものを創り出そうとする者としての矜持に欠ける行為であると、わたしは思います。〉
吉田修一は「いやらしさ感じた」、堀江敏幸は「重要な部分をかっぱいだ」
さらに、吉田修一は作品の持つ価値観を批判した上、無名の小説作品を参考文献としていることに「いやらしさを感じた」とまで書いていた。
〈「百の夜は跳ねて」
なにより主人公の凡庸な価値観に唖然とする。タワーマンションの上層階に住んでいるのが上流で、下層階は下流? 高層ビルの中で働いている人が優秀で、外で働いている人が劣等? もちろんこのような凡庸で差別的な価値観の主人公を小説で書いてもいいのだが、作者もまた同じような価値観なのではないかと思えるふしもあり、とすれば、作家として致命的ではないだろうか。あと、参考文献に挙げられていた木村友祐氏の佳品『天空の絵描きたち』を読み、本作に対して盗作とはまた別種のいやらしさを感じた。ぜひ読み比べてほしいのだが、あいにく『天空の…』の方は書籍化さえされておらず入手困難であり、まさにこの辺りに本作が持ついやらしさがあるように思う。
無名であることが蔑ろにされるべきではない。たとえそれが現実だとしても、文学がそこを諦めたら終わりじゃないかと自戒の念も込めて強く思う。〉
堀江敏幸も古市が参考文献から「最も重要な部分をかっぱいで」いると一刀両断にした。
〈高層ビルの窓の清掃をする人たちは、都会の景色に背を向けて、目の前のガラスの汚れに神経を集中する。古市憲寿さんの「百の夜は跳ねて」の主人公は、そういう仕事に就きながら、表面に映じた自分の顔しか見ていない。地上二百五十メートルの高さにではなく、参考文献にあげられた他者の小説の、最も重要な部分をかっぱいでも、ガラスは濁るだけではないか。〉
とにかく、多くの選考委員が、古市の候補作「百の夜は跳ねて」が「天空の絵描きたち」という書籍化されていない小説を「参考」にしていることに、違和感の声をあげていた。
そして、こうした選評を受けて、ネットの一部では「古市が他人の小説をパクっていたことがバレた」「出版されていない佳作を探してきて、うまいこと翻案して小説書いた」といった声が上がり始めたのだ。
参考文献となった小説の作者は「盗作」を否定し古市を擁護
しかし、審査員たちも選評でことわっているように、今回の古市の行為は「パクリ」や「盗作」とまでは言えないだろう。
古市の「百の夜は跳ねて」と、参考文献の「天空の絵描きたち」を読み比べてみると、たしかに、同じ窓ガラス清掃員をモチーフとしており、清掃作業のディテール、作業ゴンドラのなかでの異性清掃員とのエロいやりとり、そして先輩清掃員の作業中の転落死など、似ているエピソードはいくつもある。
しかし、その主題はまったく違う。参考文献の「天空の絵描きたち」は、窓ガラス清掃員の女性が主人公で、ストレートにガラス清掃員たちの労働そのものや搾取の実態を描いた、いわば現代のプロレタリア小説だが、古市の「百の夜は跳ねて」は窓ガラス清掃員の青年と彼がガラス清掃した高級タワーマンションに住む老女の交流が主軸で、タワマンの外と内という対比が強調されている。
分量で言っても、似ている部分の割合はそう多くなく、その似ている部分も文章表現そのものが酷似しているわけではない。
そして、何より参考文献となった「天空の絵描きたち」作者の木村友祐氏が、パクリを否定し、古市を擁護しているのだ。木村氏はツイッターで、「古市が人の小説を翻案した」という声にこう反応した。
〈違いますよう。古市さんが窓拭きに興味をもち、取材依頼があり、応じました。窓拭きの達人を紹介しました。古市さんはその取材をもとに書いてます。〉
〈窓拭きが落ちて死ぬ、というエピソードなどの細部が似るのは、同じその達人から取材したからだし、実際に死ぬ人がいるから、仕方ないのです〉
つまり、古市は木村氏にネタ元である窓拭き作業員を紹介してもらっており、窓拭きのディテールが似ているのは取材源が同じだから、ということらしい。
では、なぜ選考委員たちは古市の「参考文献」の使い方を問題にしたのか。選考委員たちが事情を知らず、「パクリ」と勘違いしたわけではない。
前述したように、山田詠美も吉田修一も「盗作」や「剽窃」でないことは断っていたし、川上弘美はわざわざ「たとえ木村さんご自身が「参考」にすることを了解していたとしても」という注釈を加えていた。おそらく選考委員たちは、編集者から取材の経緯を教えてもらっていたはずだ。にもかかわらず、ここまで、選考委員が厳しい声をあげたのは、古市の行為が「小説家としての倫理」を著しく欠くものだったからだろう。
参考文献の経緯を知りながら選考委員たちが古市を批判した理由
その一つが小説を参考文献にしたことだ。選考委員からは〈小説の参考文献に、古典でもない小説作品とは、これいかに。そういうのってありな訳?〉(山田詠美)、〈いわゆる「古典」ではない小説が参考文献に? と驚き〉(川上弘美)と疑問の声が上がっていたが、そもそも、小説が、ノンフィクションや論文などではなく、書籍化されていない小説を参考文献にするなんて、聞いたことがない。
いまさら言うまでもないことだが、小説家は皆、他の小説作品にない「自分だけの表現」を追い求めて、精神をすり減らしながら作品と格闘している。それは主題や物語の展開だけのことではない。ディテールについても自分しか描けないリアリティ、生々しさを表現するために、さまざまな資料やノンフィクションを読み込み、直接、現場を体験した人間に会って取材しているのだ。
ところが、古市が参考にしたのは、自分の作品と同じ題材の小説、しかも書籍化されていない小説だった。その小説の作家にネタ元を紹介されたから似るのは当たり前、というが、むしろ、他の小説がある人物の「生の声」を描いているなら、別の「生の声」を探そうとするのが小説家だろう。
ガラス清掃に関するディテールを描きたかったのであれば、ガラス清掃の労働実態に関するレポートや論文など資料はいくらでもある。古市の “人脈”を駆使すれば、そうした専門家にアクセスすることはいくらでもできたはずだ。
だが、古市はそれをせずに、編集者の紹介で同じ小説を書いている木村氏に会い、木村氏から窓ガラス清掃員を紹介してもらい、その取材だけで書いてしまった。しかも、その作品には、木村氏が描いた以上のディテール、生の声はなかった。
それは、古市がガラス清掃員そのものを描くことについて、深い関心がなかったからだろう。
古市は、タワーマンションの内側と外側、そのことを象徴するのに都合のいい装置として、そのタワマンを清掃する肉体労働者を題材に選んだにすぎない。それで、ろくに調べもせずに、先行小説を参考にディテールを作り出した。
しかも、選考委員たちが参考文献を取り寄せてみたら、古市の小説から生々しさや奥行きを感じた部分が、その先行小説と共通する窓ガラス清掃員のディテールだったということではないのか。
つまり、「参考文献」の存在によって、古市の浅薄さ、インスタントぶりが透けて見えてしまったのではないか。
参考文献の作者である木村氏が事情を説明しているのに古市は沈黙
実際、同じ選考委員の高樹のぶ子は、参考文献問題には触れなかったものの〈ガラス拭きの肉体労働と、その主人公の想念がどうも融合していない〉と指摘。〈冒頭に、生まれることも死ぬことも出来ない島の説明があるけれど、命の問題というより、いかにもお洒落な記述に見えた。作者にとって本当に切実なものは何だろう〉としている。
また、古市の「盗作・パクリ疑惑」を否定した「天空の絵描きたち」作者の木村氏も、その後、スポニチの「古市氏小説への批判に 参考文献作家が反論「違和感はありませんでした」」という記事をリツイートし、〈ぼくのツイートは、誤解や憶測に対する訂正であって、「選考委員の一部から批判が出ていることに反論した」わけではありません。〉としたうえで、こうツイートしている。
〈古市さんが、ぼくや窓拭きの達人に取材したことは、選考委員の方々は編集者から聞いていたと思われます。その上での批判は、題材に向き合う創作者の姿勢を問うていると思われ、これは創作者の誰もが自分のこととして一緒に考えるべきことでしょう。創作の根幹に関わるテーマだからです。もう言わない。〉
そういう意味では、今回の問題は盗作や剽窃よりももっと根深いというべきかもしれない。盗作や剽窃はわかりやすいスキャンダルだが、この中身のない巧妙さは、古市の小説家としての根本的な姿勢に深く関わっているからだ。
いったい、古市はこうした批判にどう答えているのか。しかし、当の古市は落選時には、〈ちーーーん。〉〈まただめだった!!!〉とツイートしていたが、選評が出て以降、「参考文献問題」についてはとくにツイートなどしていない。
古市は、落合陽一との“高齢者の終末医療を打ち切れ”対談のときも、落合が反省コメントを発したのに対し、沈黙したまま逃げ切った。巻き込まれた木村氏だけに事情を説明させるのではなく、古市自身も何かしら発信するべきなのではないか。
(本田コッペ)
最終更新:2019.08.22 12:32
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