作品を模倣して性犯罪が起きたと警察が漫画家に“描くな”の圧力! 作家たちが一斉に反発、共謀罪施行後を危惧

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埼玉県警察ホームページより


「放射能の調査」を口実に少女の身体を触ったとして、強制わいせつ容疑などで再逮捕された男が、「成人向けの同人漫画の手口を真似た」と供述したことを受け、埼玉県警が漫画の作者に対して、事実上、模倣した犯罪が起きるような作品を描かないよう圧力をかけていたことが明るみとなった。

 容疑者の男は昨年1月、埼玉県草加市内の民家に「放射能を調べる調査をしたいから入っていいですか?」などと言って侵入。当時中学生だった少女を「死にたくなければ声を出さないで」と脅迫して、身体を触ったとされる。男は「性的欲求を満たしたかった」と容疑を認めているという。

 そこで、埼玉県警は今月7日に漫画家を訪ね、作品内容が模倣されないよう配慮することや、作中の行為が犯罪に当たると注意喚起を促すことなどを要請したというのだ。毎日新聞の報道によれば、漫画家は「少女が性的被害に遭うような漫画は今後描かない」と了承したという。また、これに関し県警幹部は同新聞の取材に「表現の自由との兼ね合いもあり難しいが、社会に与える影響を考慮した。同様のケースがあれば今後も申し入れを検討する」とコメントしている。

 犯罪に模倣されないよう著作物の作者に対して警察が申し入れをするのは異例のこと。しかも、表向き「注意喚起」というかたちをとってはいるが、性表現の取り締まり権限をもっている警察からそういうことをちらつかされたら、ほとんどの作家は「描きません」と言うしかなくなる。誰がどう見ても、圧力というべきだろう。

 実際、これに対しネットは大炎上。特に、漫画家や小説家など、創作に関わるクリエイターたちから異論が相次いだ。たとえば、漫画評論家の伊藤剛氏はこのようにツイートしている。

〈埼玉県警が同人マンガ作家に行ったという「申し入れ」ですが、いかなる法的根拠で、どんな権限で、誰が責任者で、どのような議論を経て行われたことなのか、公開してもらいたいです。常識外れもいいところだし、意味も意図も分からない。〉

 また、小説家の深町秋生氏もこのような文章をツイッターに投稿した。

〈んなアホな。県警が変態野郎の言い訳を口実に「忖度せんかい」とヤクザのごとく無茶振りかざしたとしか。この申し入れとやらが、異例ではなく通例になる時代が来る予感。〉
〈ミステリ作家は、いつも人殺しのくだらない駄ボラに気を使って「真似されぬように注意しろ」と警察に目をつけられながらお仕事せんといかんのか。人の文章、黒塗りにでもするか。おまわりさんに睨まれながらお仕事するしかないんかの。なんぼでも理屈つけてブタ箱に引っ張れる法律もできそうだしのー。〉

確かに作品内容に問題はあるが、警察のこの動きは危険

 この事件で犯人が模倣したのは、クジラックス「がいがぁかうんたぁ」だとされている。この作品は、少女が一人で留守番をしているところに、市役所の環境業務課に属していると名乗る男が、「先の震災に伴う政府の要請で東日本全域の各世帯内における放射線レベルの一斉検査を実施しております」と理由をつけて訪問。信用して家に招き入れた少女を男はカッターナイフで脅し、そのまま性的暴行を加えるといった内容だ。

 描かれている内容は、一般的な感覚から見れば不快極まりないし、女性差別的だ。ともすれば「こんな最低な漫画を描く作家には警察が行っても当然だ」と言ってしまいたい気にもなる。

 しかし、だからといって表現に責任を負わせるのは間違っているのではないか。漫画家の榎本ナリコ(野火ノビ太)氏はこのようにツイートしている。

〈現実と空想は違います。表現は入力も出力も思考実験であり、現実にはなりえない。読み手のなかで犯罪に繋がることがあったとして、それを逆流させて表現に犯罪の責任を負わせるのは絶対に間違っています。表現の内容がどんなにあかんものでもです。〉

 この一件は、漫画業界のなかでは重く受け止められているようで、『ラブひな』や『魔法先生ネギま!』といった作品で知られ、日本漫画家協会(理事長:ちばてつや)の理事も務める赤松健氏はツイッターを通してこのように述べている。

〈毎日新聞だけ、「今後描かないと了承した」という報道になってますね。まだ分かりませんが事実なら大変困ったことです。今週末の日本漫画家協会の総会でも問題提起します。〉

 また、法律的な視点から見ても、今回の埼玉県警の動きには看過できない部分がある。弁護士の山口貴士氏はツイッターでこのように意見を述べている。

〈警察が作品内容が犯罪者に模倣されないように配慮することを求めることを認めれば、作品の受け取り方は人それぞれなので、「社会に与える影響」を口実として、警察は、いかなる作品についても「因縁」をつけられるようになります。非常に危険な動きです。〉

とり・みきや島田虎之介は県警の対応に共謀罪への危惧を募らせる

 もうひとつ、この騒動が示唆していることがある。それは、いわずもがな、共謀罪施行後の社会に何が起きるか、ということだ。漫画家のとり・みき氏や島田虎之介氏は、この騒動に共謀罪を重ね合わせ、以下のようにツイートしている。

〈共謀罪は心配しすぎという人いるが、現行法でもこういうことしちゃう取り締まり側がいる以上心配なわけですよ……〉(とり・みき)
〈「あのマンガのせいで犯罪しました」というテキトーな言い訳を根拠にしてマンガ家に注意を与えた警察が、「あの人たち何か企んでますぜ」というテキトーな密告で一般市民をしょっぴかない訳がないのだ共謀罪〉(島田虎之介)

 上述の小説家・深町秋生氏も〈なんぼでも理屈つけてブタ箱に引っ張れる法律もできそうだしのー。〉と共謀罪を危惧していた。

 共謀罪をめぐる反対意見の根拠となるもののひとつに「公権力による恣意的な解釈への危惧」があるのはご存知の通り。警察が法律の拡大解釈を繰り返し、結果として大規模な思想弾圧を招いた治安維持法の失敗が繰り返されるとして、共謀罪には反対の声が相次いでいたわけだが、この一件はまさしく、公権力が恣意的な解釈の果てに作家に対して圧力を加える可能性があるということを示唆した騒動である。とり・みき氏や島田虎之介氏が言うように、共謀罪が施行された後には、こういった光景は日常で繰り返されるものになるだろう。

 今回は、一般的なモラルから逸脱した漫画作品が対象とされ、表立って反対を唱えるのに躊躇する声も聞かれたこと、また出版社など組織的な後ろ盾のない同人作品だったことについて、朝日新聞の丹治吉順記者や前述の山口貴士弁護士はこのようにツイート。そのような反論の出しづらい案件だからこそ警察はこのような動きに出たのではないかと指摘している。

〈犯罪の手法を伝えるのが問題なら、警察はまず新聞社やTV局、あるいは犯罪ルポや推理小説の出版元に申し入れなさい。弱い立場の同人作家から始める。炭鉱のカナリア案件かもしれぬ〉(丹治吉順記者)
〈犯罪者に模倣されそうな作品は、映画でもドラマでも小説でも、エロではないマンガでも幾らでもあるのに、埼玉県警が「エロ同人誌」をわざわざ選んだところに、先例を作り、突破口を開きたいという意図を感じます。〉(山口貴士弁護士)

ちばてつやが戦前と比較して語る、国家権力による規制の始まり

 これは歴史が証明している。漫画家のちばてつや氏は、戦前に起こったことを例に出し、エロ・グロ・ナンセンスの規制こそが、国家権力による過度な規制の始まりであると警鐘を鳴らしたことがある。

〈戦前もまず、「エロ・グロ・ナンセンス」がやり玉にあがりました。エロ小説とかエロ写真とか…。「日本がこんな大変な時に、こんなものが出回っている」「こんな下品なものはこの世から消してしまえ」という雰囲気があった。そういうものは取り締まりやすいし、そのための法律も作りやすかったんですね。
 そのうち、同じ法律で新聞記事や本、放送の規制にまで広げていきました。国民の目をふさぎ、耳をふさぎ、口をふさぐというように、国民の考えそのものを取り締まっていくことになっていった。権力を持つ人たちは自分たちが持って行きたい方向へ、国民ごと国を持って行く。反対する人、自分たちにとって都合の悪い余計なことを言う人はどんどん牢屋に入れられた。それが戦前の日本だったんです。
 ぼくも5人の子どもがいました。世間には子どもに見せたくないものはたくさんあります。でも、たとえば何が「児童ポルノ」かは、権力を握った人たちが判断して取り締まることになる。しかも、ただ持っているだけでも処罰される。処罰の対象が漫画やアニメ表現にまで広げられると、さらに拡大解釈されかねない。どういう表現をするのか、報道をするのか、どういう集会が許されるのかということに発展しかねません〉(14年9月7日付しんぶん赤旗日曜版)

 政府は共謀罪について一般人は対象ではないなどと詭弁を弄し続けたが、彼らが対象としている人間はテロ組織などではなく、権力に楯突く人間すべてであることは火を見るより明らかである。共謀罪などまだ施行されていない状況ですらこんなことが起こるのだ。共謀罪が施行された後になにが起こるかなど推して知るべしである。

 そう遠くない未来、この国はもの言えぬディストピアとなる。この一件は、その先駆なのかもしれない。そうはならないことを願う。

最終更新:2017.06.18 08:39

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