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『ゴジラ対ヘドラ』坂野義光監督の死を悼む…貫いた原発と戦争への怒り、「ゴジラ映画でも自衛隊のドンパチは描かない」
今月7日、1971年公開『ゴジラ対ヘドラ』の監督・脚本や、2014年公開ギャレス・エドワーズ監督によるハリウッドリメイク版『GODZILLA ゴジラ』のエグゼクティブプロデューサーとして知られる坂野義光氏がくも膜下出血のため亡くなった。86歳だった。
『ゴジラ』シリーズ11作目となる『ゴジラ対ヘドラ』は、シリーズのなかでも屈指の異色作として知られ、現在でもしばしば再評価されるカルト作品となっている。
ロック音楽(特にサイケデリックロック)を前面に押し出したり、ヌーヴェルバーグやアメリカンニューシネマにも通じる実験的な要素をふんだんに盛り込んだ映像演出は、他の『ゴジラ』シリーズとは一線を画したカウンターカルチャーやサブカルチャーの匂いを感じさせる。
そして、もうひとつ、『ゴジラ対ヘドラ』をシリーズのなかでもエポックメイキングな作品にしているのが、当時の公害問題に対するアンチテーゼを込めた社会風刺的な内容である。
ヘドラという怪獣は、生活排水や工業排水で汚染された静岡県田子の浦の港で生まれる。ヘドラは水銀、コバルト、カドミウム、鉛、硫酸、煙突の煙、ガソリンといった有害物質を取り込むことでみるみるうちに巨大化。そして、身体からは毒性の強い強酸性のヘドロや硫酸ミストを排泄するため、駿河湾から地上に上陸すると甚大な被害を引き起こす、“公害怪獣”として描かれた。
言うまでもなく、これは公害が社会問題となっていた当時の世相を直接反映させたものであり、そういった風刺は、1954年公開の第一作『ゴジラ』以降シリーズを重ねていくごとに少なくなっていってしまった要素である。『ゴジラ対ヘドラ』という作品は、社会問題に対する風刺を『ゴジラ』シリーズに再び持ち込んだ、ある意味では原点回帰とも言える作品である。
少年時代に観たこの映画を「映画関係の仕事をしているきっかけにもなっている一本」とまで高く評価している映画評論家の町山智浩氏は『町山智浩の映画塾!』(WOWOW)のなかで、このように解説している。
「(『ゴジラ対ヘドラ』という映画のテーマは)ゴジラの原点に戻ろうということだったんですね。1954年の『ゴジラ』というのはいったい何かというと、“水爆によって生み出された放射能怪獣”であると。“人間がつくりだした原爆とか放射能に対してものすごい怒りを込めて人間界に復讐しに来る”っていう基本的なゴジラのコンセプトに戻ろうじゃないかと。
じゃあ、“いま現在危険なものは何か? 放射能のように自然を破壊しているものは何か?”って考えたら、これは、“公害”だろうと。“排水、工業汚水とかそういったもの”だろうと。だったら、その怪獣をつくろうということで、ヘドラというものを考えて、それに対して、放射能という人間の罪によって生まれた可哀想な存在である、大自然の怒りそのものの象徴であるゴジラをぶつけると。
具体的に言えば、ゴジラが、“俺のような被害者を生んでおいて、まだ地球を汚すのか!”ということでヘドラに対して戦っていくと。大自然を代表して。という、原点回帰の企画として考えられたのが『ゴジラ対ヘドラ』なわけです」
『ゴジラ対ヘドラ』は『沈黙の春』にインスパイアされていた
第一作目の『ゴジラ』では、太平洋戦争で父を失ったと思われる母と子が「もうすぐお父ちゃんのところに行けるからね」といったことを言いながらゴジラに殺されるシーンなど生々しい残酷描写が描かれていたが、『ゴジラ対ヘドラ』でも、海で獲れた奇形の魚が大量にホルマリン漬けにされていたり、ヘドラが空を通過すると校庭で体操をしていた学生が倒れるシーンが描かれるなど(もちろん、光化学スモッグを意識している)、現実の世界に即した生々しい描写がたくさんある。
そういった『ゴジラ』映画の原点回帰的な側面は、坂野監督自身が意識的に考えていたことだ。切通理作『怪獣少年の〈復讐〉 70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)でインタビューに応えた坂野監督はこのように語っている。
「ゴジラ映画は昭和二九年の第一作が一番いい。第五福竜丸被曝の直後に作られたという重みがある。日本映画がダメになった原因のひとつは、何かを伝えようという姿勢がなくなっちゃって、だんだん観客に迎合してきたからですよ」
『ゴジラ対ヘドラ』は、ドロドロのヘドロにまみれた海に大量のゴミが浮かぶシーンから始まる。そのシーンでは、坂野監督が作詞を手がけた、麻里圭子 with ハニーナイツ&ムーンドロップスによる主題歌「かえせ! 太陽を」が流れる。その歌詞はこのようなものだ。
〈水銀 コバルト カドミウム 鉛 硫酸 オキシダン〉
〈汚れちまった海 汚れちまった空 生きもの みんないなくなって 野も山も 黙っちまった〉
ここにも骨太なメッセージが隠されている。公害問題を語るうえで、農薬などに含まれる化学物質の危険性を訴えるべく1962年にレイチェル・カーソンが出版した『沈黙の春』を避けては通れないが、前述の歌詞は『沈黙の春』に影響を受けてつくられたものであったと坂野監督は言う。
「『沈黙の春』がアメリカの公害問題のはしりだったんですよ。あれを出版すること自体がいつ襲われるかわからない命懸けの行為だったようです。『かえせ! 太陽を』の歌詞の中身は彼女の考え方に影響されているところがあるね」(前掲『怪獣少年の〈復讐〉』)
坂野監督の戦争批判「ゴジラ映画でも自衛隊のドンパチは描きたくない」
また、『ゴジラ対ヘドラ』という映画に込められたメッセージは環境問題に関するものだけではない。
作中では、ゴジラが勇敢にヘドラと戦う一方、自衛隊は完全な木偶の坊として描かれている。ヘドラは水分がなくなると死んでしまうことを発見した科学者の提言により自衛隊は巨大な電極板を用意するが、肝心の場面でヒューズが飛んだりと、まるでコントの登場人物のように右往左往する。その描き方の背景には、1931年生まれの坂野監督が抱くこんな思いが反映されていた。昨年出版されたムック本「特撮秘宝 vol.4」(洋泉社)のインタビューに監督はこのように答えている。
「それは意図的です。僕は自衛隊はいらないと思っていますのでね。日本が戦争に負けたとき、それまでアメリカやイギリスは「鬼だ、獣だ」と信じ込まされてたのが、みんな嘘だったと知って、「年上の人が言うことは全部嘘だ」と思いました。戦争反対の立場ですから、いくらゴジラ映画でも、自衛隊が派手にドンパチやって活躍する場面は描きたくないし、頼もしくない自衛隊になっているんです」
環境や社会問題に対する坂野監督の思いはこの後も続いていく。坂野監督がエグゼクティブプロデューサーとしてクレジットされている、2014年公開のハリウッドリメイク版『GODZILLA ゴジラ』は、核兵器に対する批判的な風刺が直接的に盛り込まれた作品だったわけだが、その裏側ではこんなやり取りがあったようだ。
「彼らが作ったシナリオにはちゃんと環境問題のテーマが描かれていた。そこで私が持っていたゴジラの映像化権を譲り、彼らはさらに東宝と劇場用映画の製作契約を結んで、今回の作品が実現した」(「週刊文春」14年7月3日号/文藝春秋)
「ハリウッド版にゴジラの世界観を壊さないような条件を提示し、最新作では『なぜゴジラが生まれたのか』という原点に立ち戻っています」(「週刊朝日」14年6月27日号/朝日新聞出版)
坂野監督が遺した「原発なんて早くなくせ」のメッセージ
映画を通じて環境や社会問題についてメッセージを届けようとする思いは亡くなる直前も変わらなかった。なんと晩年には、3.11を受けて新しいヘドラの映画をつくろうとも企画し、シナリオづくりにも着手していると語っていたのだ。17年3月4日付東京新聞に掲載されたインタビューではこのように語っている。大事故を経験したのにも関わらず、原発を捨てようとしない政府に対し、坂野監督は怒っていた。
「問題に技術ですぐ対応するのが日本の文化のはず。原発なんて早くなくせばいい」
「日本人の映画監督として実現させる義務がある」
志半ばで鬼籍に入ってしまったことが残念でならない。というのも、やはり、映画には、人の人生を変え、社会を変える力があるからだ。
『ゴジラ対ヘドラ』は、ゴジラが死闘の果てにヘドラを倒した後、もう一匹のヘドラがヘドロだらけの海面から顔を出し、「そしてもう一匹」というクレジットが出る不穏なシーンで幕を下ろすのだが、前掲『怪獣少年の〈復讐〉』に坂野監督が寄せた文章にはこんな話が出てくる。
〈2014年8月3日、成田のヒューマックス劇場でのハリウッド製『ゴジラ』の上映とトークショーの後の懇親会で、五〇代の男性が坂野に話しかけてきました。
「僕はヘドラのラストタイトル『そしてもう一匹』を見て一生の仕事を決めました」
「それは何ですか」
「無農薬農業です」〉
地球にとって本当の脅威とは、怪獣ではなく、人間である。映画が伝えるメッセージを改めて噛み締めつつ、坂野監督の冥福を祈りたい。
(新田 樹)
最終更新:2017.05.24 12:05
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