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オレオレ、ワンクリック…詐欺の帝王は元大手広告代理店のエリートだった
『詐欺の帝王』(文藝春秋)
「裏社会の人間はどうカネを稼いでいるのか、彼らはふだん何をどう考え、どうカネを得るために行動しているのか、彼らの間ではどんなシノギの種類があるのか……」
こんな書き出しから始まるのはヤクザや組織犯罪集団、マフィアなどの取材で知られるノンフィクション作家、溝口敦の『詐欺の帝王』(文藝春秋)。この本は、こうした興味から取材をすすめてきた作者が、4年前まで詐欺業界の周辺で「オレオレ詐欺の帝王」といわれてきた男に接触。詐欺の世界について聞き取りを行い、書き上げたという。
だが、同書を読んでいて印象に残るのは、詐欺の手法よりも、“帝王”といわれた男の意外な素顔と経歴である。
男の名は本藤彰。もちろん仮名だ。グループが手がけていた詐欺は「オレオレ詐欺にとどまらず、ワンクリック詐欺、未公開株詐欺、社債詐欺、イラク・ディナール詐欺など多岐に渡る」という。
“帝王”といわれれば、作者の代表作『食肉の帝王』(講談社)で取り上げられた浅田満のようなでっぷりした見た目を想像しそうになるが、本藤は「30代後半、身長178センチと背が高く、弁舌はさわやか。暴力臭はまるでなく」と爽やか男子のようなのだ。そのうえ「頭は非常に切れ、カタギのどんな仕事についてもきちんとこなしただろう」と作者は評している。実際「大学卒業後は大手の広告会社に5年ほど在籍」していた。なにも詐欺を働かなくとも十分勝ち組人生を送れたような人物なのである。
さて本藤はどのようにして「詐欺の帝王」となったのか。九州出身、東京六大学のひとつに現役で合格した本藤はイベントサークルに入部。その年に「関東の全ての大学生イベサーを一同に集めた巨大イベント『キャンパスサミット』を設立」する。これは現在も続いており、過去19年間のイベント累計動員数は30万人を数え、タイアップCDは累計7万枚超の売り上げを記録している。「やれば絶対儲かる大イベントを企画、実施に持ち込む名手だった」という本藤の力の源泉は「学生を集める力、集客力」だった。この集客力に魅力を感じ集まってくる企業や、学生では借りることが困難な会場との間に介在する「箱屋」との実作業を通し強固な人脈を築き上げた。
こうした経験が買われ、卒業後は大手広告会社へ就職。しかし03年、ケツモチをしていたイベサー「スーパーフリー」による集団強姦事件が発生する。「ケツモチをしていたくらいで無関係では有り得なかったが、学生と一緒に輪姦に加わるほど愚かでもなく、女性に飢えてもいなかった」ようだ。しかし「勤務する大手広告会社には何人かスーフリ出身者がいたこともあり、本藤も関与を疑われて」グループ会社に左遷、そのまま退社してしまう。
次の仕事のあてがあるわけでもない。新卒で入った会社を早々に追われて途方に暮れてしまうところだが、本藤は「学生時代にケツモチや箱屋などで蓄えた資金があった。それを資本に何か新しい仕事を始められるのではないか」と考えた。そんなところに降って湧いたのが「五菱会のヤミ金事件」だった。スーフリ事件と時期を同じくして、ヤミ金、山口組直系五菱会に対する摘発が本格化。なんと本藤はこれに目を付ける。「今、五菱会は警察の捜索に追いまくられている。しかし本来、ヤミ金は儲かるのではないか。五菱会が手を引いてもヤミ金は生き残るのではないか」……そう考えた本藤はヤミ金を始めるのだった。
ヤミ金は高い金利で低額を貸し付ける。10日に1割の利子を意味する「トイチ」という言葉が有名だが、本藤が退職した03年当時は10日に5割という驚きの「トゴ」が主流だった。本藤は五菱会系ヤミ金の残党を「見せしめで潰したり、乗っ取ったり」してグループの規模を大きくしていく。最終的に本藤のヤミ金は「300店舗を数え、従業員1300人を抱えるまでに肥大」し、「月収は最低でも2〜3億」だった。
本藤はその後、オレオレ詐欺や架空請求詐欺への転換を果たし、さらなる収益をあげていく。それがまた、別の詐欺へのヒントとなった。
当時の本藤のもとには巨額のカネが流れ込んでくるが「あまりに巨額だったから銀行に預けることは不可能」だった。「税務署にカネの残高や出所をお伺いされたくないから、土地も株も債権も買えない。基本的に遊び以外には使い道がなかった」のに、カネばかりどんどん流れ込んでくるため、「住まいとは別に目立たないマンションを借り、そこを自分だけのカネ置き場に」していた。
さすがに増えすぎたカネを海外に逃避させることを考え始めた。一方、06年頃から好んで海外に遊びに出るようになった本藤は、中東屈指の金融センターであるドバイに行った時、イラクでディナール紙幣が使われていることを知る。現地で日本円をディナールに両替し、全部使い切れずに日本に戻った。しかしどこの銀行に持ち込んでもディナールを再び日本円に両替することはできなかった。また当時のディナールの価値は下落していたが、イラク戦争が終われば「経済が復興して昔のように価値が上がるのではないか」……と詐欺に使えることを思いついた。「なぜならディナールという正規の通過は日本で知られていない。取引されてもいない。これを売るために、どのようなセールストークをしようと破綻せずに済む」と、さらにディナール詐欺で一儲けしていくのだ。
「ディナール詐欺はバカ受けしました。自分の持ち金をもっと増やしたいという欲の皮の突っ張った小金持ちたちが争って買ってくれた」
というから読み通りである。「詐欺師の業界でブームになり、大流行した。他の詐欺集団が競って商材にするべくディナールを求めた」ともいい、当時の詐欺業界に旋風を巻き起こした。
しかも、ここまで手広く詐欺を行ってきていながら本藤には「意外なことに、本藤には詐欺に関わる事件で逮捕歴も前科もない」という。
詐欺のセンスと並外れた実行力、そしてヤバいと思ったらあっさり引く動物的勘の鋭さ。そんな本藤は詐欺の原則を『かぶせ』だと言い切り、こう解説している。
「名簿屋から様々なリストを購入するわけですが、騙されるような人間に片っ端から電話を掛けるのではなく、一度何かの詐欺に引っかかった人間を何度も狙う。騙される奴は何度も騙されるし、なによりカネがある。300万円振り込むということは、3000万円は貯金があるということです。この残りを根こそぎ搾り取った方が効率的なのです」
騙される人間というのは、そもそもカネがある、そこを根こそぎ搾り取る…というのが本藤の必勝法らしい。
そんな本藤が詐欺人生から足を洗うきっかけになったのは、09年のこと。広域暴力団系の組長に貸したカネを巡ってトラブルが起こり、右足首を撃たれてしまう。翌年にかけて入退院を繰り返す中で「もう潮時かなと本藤は感じた」のだという。
作者によれば「詐欺師が詐欺商売から足を洗うのは、ほとんどの場合、逮捕をきっかけとしている。仲間が次々逮捕されて身近に逮捕されそうな危機を迎えたとき、あるいは実際に自分が逮捕されて、初めて詐欺商売から決別する」という。
だが、本藤は違っていた。「身近に逮捕されそうな危険は迫っていなかった。単に自分のグループ支配にガタがきているなと感じただけにすぎな」かった。
引き際までスマート。やってることの悪どさはかわらないが、この“詐欺の帝王”はこれまでの詐欺師や詐欺集団とは、バックボーンがかなりちがっているようだ。
本藤彰は、本書によれば「若い頃から伝説がつきまとって」いた。「歌舞伎町五人集の筆頭」「半グレ集団関東連合の黒幕」「数百億円を握った正体不明の大物」といったものだ。一方、インターネット上では本藤について「存在しません、騙されないで下さい!」と注意をよびかけるページさえあるという。
しかし、実際の本藤は関東連合とはなんの関係もなく、暴力団にも所属したことはなかった。むしろ、そういったものとは真逆の、本藤の前職である広告代理店的なスマートさをもつワルだった。そういう意味でいうと、本藤の存在は代理店的な発想が詐欺の世界をも制圧してしまうくらい悪どいことを証明したといえるかもしれない。
(寺西京子)
最終更新:2015.01.19 04:39
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