自己啓発に関する話題…本と雑誌のニュース/リテラ
あのベストセラーも! 引き寄せ系自己啓発本“焼き直し”の歴史
『こうして、思考は現実になる』(サンマーク出版)
本当に願ったのなら、欲しいものは全て手に入る! 全ての物質・出来事は宇宙に溢れるエネルギーであり、それは誰でも使うことが出来るからだ。宇宙エネルギーを呼び込むには、ただひたすら信じ、望みさえすればよい。その事実を「知識」ではなく「体験」として、2時間か48時間、もしくは一週間以内に証明してみよう。
──そんな触れ込みによる『こうして、思考は現実になる』(パム・グラウト/サンマーク出版)は日本だけでも15万部を突破、ベストセラーとなった。確かに「願うだけで望みがかなう」と力強く断言されれば、その本にあるノウハウを試してみたくなってくるだろう。
本書の特色は、各章ごとに「実験レポートシート」を設け、短時間のうちに成果を自覚させるところにある。その実験内容も簡単かつ具体的で、「黄色の車と黄色の蝶を見ると願い、48時間でどれだけの数を見たかカウントする」「曲げた針金を持って、嫌なことや嬉しいことを想起。その感情によって針金が動くかどうかを見る」「欲しいものが手に入ると信じ、48時間以内にその願望がかなうかどうか」といったものばかりだ。それによって宇宙エネルギー、本書でいう「可能性のフィールド」=FPなるものの存在を自覚し、自在にアクセス出来るようになる、と……。
事情を知らない人には驚きの内容かもしれないが、多少ともスピリチュアル系の知識があれば、「ああ、またこれか」と思うはずだ。これは数多くある「スピリチュアル系・自己啓発本」の中で、何度も繰り返されてきた言説である。というより、ほぼ同じ内容をパッケージのみ変えて繰り返してきたのが、このジャンルの歴史なのだ。
※ちなみに形容詞を名詞として使う「スピリチュアル」は文法的には誤りだが(名詞ならスピリチュアリティ)、現代の状況をよく表す慣用語なので、敢えて「スピリチュアル」で統一する。
自己啓発本の起源であるジェームズ・アレン『「原因」と「結果」の法則』がイギリスで発表されたのが1902年。その後はアメリカを中心に、フローレンス・スコーヴェル・シン(『ゲームの法則』)、 ジョセフ・マーフィー(『マーフィー 自分に奇跡を起こす心の法則』)や、デール・カーネギー(『人を動かす』)らが次々と登場。ザックリまとめれば全て「我々の思考が、環境をコントロールする」だから「ポジティブに信じれば願望がかない、幸せになる」という、現世利益を追求する内容だ。さらに経済的成功の側面を強めたのがナポレオン・ヒル(『思考は現実化する』)で、いわゆる「成功哲学」の元祖とも言われる。こうして、スピリチュアル系・自己啓発本(ビジネス書)の下地が作られていった。
日本において、彼らの書籍が本格的に紹介されだすのはバブル崩壊後と、アメリカよりだいぶ遅め。ちょうど船井幸雄がスピリチュアルと経済的成功を結びつけ、ブームを巻き起こしたタイミングと重なる。そして現在では、あらゆる本屋の店頭に「引き寄せの法則」「100%自分原因説」にまつわる自己啓発本やビジネス書がズラリと並ぶ風景が当たり前になった。
こうして膨大なフォロワー本が次々と刊行されていったが、その主張は驚くほど同じものばかり。ナポレオン・ヒルの書名が簡潔に言い表す通り『思考は現実化する』であり、『Think & Grow Rich(思考で富を成そう)』(原題)ということに尽きる。
『こうして、思考は現実になる』については、「簡単な実践」を強調している点が同種の本に比べて個性的ではある。だが、内容そのものは既存の「スピリチュアル系・自己啓発本」と全く同一であり、ただパッケージを変えているだけだ。例えば、上記の針金が勝手に動くかどうかという実験。これは感情などが起こす不随意運動によるもので、中世の古くから「ダウジング」と呼ばれ親しまれてきたが、本書では「アインシュタインの法則」と言い換え、新味を演出している。他にも「シンクロニシティ」を「101匹わんちゃんの法則」と呼んだり、「Oリングテスト」や「インナーチャイルド」といったお馴染みのスピリチュアル言説を、それとは明記せずサラリと出したり……。見せ方を工夫するのは良いとしても、結局は、耳にタコが出来るほど繰り返された言説の焼き直しばかりである。
他にも、本書含む「スピリチュアル系・自己啓発本」の目立った共通点を挙げれば、以下の二つとなる。
・欧米なら伝統的キリスト教から距離を置き、日本なら逆に古神道など伝統宗教に親近感を寄せる。だが、いずれも共通して、伝統宗教が部分的にしか見出さなかった「本当の真理」を見つけたと主張する。
・一見、科学的な装いではあるが、厳密な観測や証明を伴っておらず、むしろ非科学的である。多くは、いまだ解明できていない未知のパワーが存在すると説く(量子力学が根拠に持ち出される場合が多い)。
もちろん、「同じ主張が繰り返されるのは、それが正しいからだ」という考え方もあるだろう。私だって、ポジティブ・シンキングや、目標に向かって心を奮い立たせるのは素晴らしいとは思う。しかし、相も変らぬ「スピリチュアル系・自己啓発本」が飽きられもせずヒットを飛ばし続ける現状には、一抹の不安も感じてしまうのだ。
アメリカが本場であることから分かるように、「スピリチュアル系・自己啓発本」は高度消費社会と非常に相性が良い。さらに正確に言えば、経済が停滞し、その消費社会が行き詰まりを見せた時点が、最も求心力を生むタイミングとなる。突然の解雇に脅かされ、格差は広がるばかり。今まで社会はひたすら消費を求めてきたのに、それもままならない。さりとて、崩壊していった地域共同体や伝統にアイデンティティを求めるのも難しい。そのような不安が顕在化していく中で、多くの人は「スピリチュアル系・自己啓発本」を求めだす。上手くいかないのは全て自分に原因があり、意識さえ変えれば幸せが手に入る……そんな発想に活路を見出したくなる。
しかし、ここでの幸せとは結局「欲しいものが手に入る」という現行の(しかも行き詰った)消費社会の枠内の幸福でしかない。さらに「自分さえ変われば」という思想も、今ある現状を変革せず受け入れているだけだ。こうした二重の追認を与えているのが、その社会システムの問題にさらされているはずの人々だという矛盾。
70年代以降、各国で大きな広がりを見せたいわゆる「精神世界」は、次々と挫折していった政治運動のオルタナティブという側面もあった。各自の精神内面を見つめることで個人が変革し、それが大きなうねりとなれば世界の変革に繋がる……といった考え方だ。それはごく一部において「カルト」や「テロリズム」という負の側面ももたらしはした。とはいえ本来、スピリチュアルとは脱(反)近代であり、「今ある世界は変わるはずだ」という思想に裏打ちされているはずである。それが、こと自己啓発・成功哲学寄りになると、とたんにその矛先が鈍ってしまう。とても科学的とは言えない主張を繰り返しているのに「これは宗教ではない」とことさらアピールするのも、宗教=現行社会への否定、となるのを恐れているからではないか。
『世の中は変えられないが、自分だけなら変えられる。社会を変えるのではなく、今ある枠組み内での成功、自分だけの一人勝ちを目指そう』
意地悪な言い方だが、多くの「スピリチュアル系・自己啓発本」は、突き詰めればこのような考えに行きつかざるを得ない。
真の意味で「自己啓発」をもたらす書籍を目指すなら、脱(反)近代というスピリチュアルの出自を認め、その路線で邁進していくべきだ、と私は思う。「宗教」「政治」と見なされるのを恐れず、いやむしろ広い意味での 「宗教」であり「政治」であると堂々主張する本を出すべきだ、と。ただの現状追認ではない、新たな視点と価値観をもたらしてくれる「スピリチュアル系・自己啓発本」が出てきてもよいのでは、と期待している。
(吉田悠軌)
最終更新:2014.09.16 08:02
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