ベストセラー『7つの習慣』は「やりがい搾取」をもたらす危険な書だ!

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『まんがでわかる 7つの習慣』(フランクリン・コヴィー・ジャパン監修/宝島社)

 再び『7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー)が売れているようだ。こんどはマンガ版である。書店やアマゾンのベストセラーランキングを見ると、先日紹介した『嫌われる勇気─自己啓発の源流「アドラー」の教え』(岸見一郎、古賀史健/ダイアモンド社)に続いて、『まんがでわかる 7つの習慣』『まんがでわかる7つの習慣2 パラダイムと原則/第1の習慣/第2の習慣』(ともにフランクリン・コヴィー・ジャパン監修/宝島社)がランクインしている。オリジナル版もこの夏「25周年記念版」などが出され、あらためてこの本に注目が集まっている。

『7つの習慣』とは、人生を成功にみちびくための思想を述べた、いわゆる「自己啓発書」である。凡百の類書とちがう点は、この本が25年ものあいだ売れ続けてきたロングセラーであり、販売部数は全世界で3000万部、日本でも百数十万部にもなるベストセラーであるということだ。この本がどうしてこんなに成功をおさめることができたかというと、それはもちろん、この本がそれだけよくできているから。自己啓発書のお手本といってもいい。でも、それだけにかえって、天邪鬼の私は「こんなの読んでて大丈夫か?」と考え込んでしまう。それはなぜか? これを『7つの習慣』リヴァイヴァルのこの機会に考えてみたい。

 まず、『7つの習慣』をまだ読んだことのない人のために、いったいどういう本なのかを簡単に紹介しよう。

 この本の核となる、いちばん重要な考え方がある。それは「インサイド・アウト」というものだ。これは、「あなたの周囲の問題は、あなたが問題だと思っているから問題なのだ」という考え方である。どういうことか。飲み屋に行けば、部下が使えないやつだとか、上司から何も学べないとか、そんな愚痴にいくらでもお目にかかることができる。でも、こんな風に考えてはどうだろうか。つまり、部下が使えないのは、実は上司である自分が部下を上手に使う術をもっていないからではないか。上司から何も学べないのは、部下である自分に何かを学ぶ姿勢が足りないからではないか、と。多くの人は自分の都合のいいように物事を見て判断する。だから何かがうまくいかないとき、それを周囲のせいにしてしまうのだ。でも、ここで物の見方を変えて、自分が変わらなければ周囲も変わらないのではないか。このように、問題解決に向けたアクションを自分自身の内面から始めるのが「インサイド・アウト」の考え方だ。

 たしかに、ままならない周囲の物事を変えようと躍起になるより、自分の物の見方を変えて環境に適応していくほうが、ずっと効率的に思える。その結果として周囲も変わっていくとしたら、これ以上のことはない。まさしく発想の転換である。とはいえ、これは言うは易く行うは難しである。たとえ考え方を理解できたとしても、一朝一夕にそれを達成するのは難しいだろう。だから、日々の暮らしのなかで粘り強くそれを実践する術を身につけていく必要がある。そこで頼りになるのが習慣の力だ。つまり「7つの習慣」とは、「インサイド・アウト」の考え方を実践するための日常的なマニュアルなのである。

 それぞれの習慣は次のとおりだ。

1.主体的である
2.終わりを思い描くことから始める
3.最優先事項を優先する
4.Win-Winを考える
5.まず理解に徹し、そして理解される
6.シナジーを創り出す
7.刃を研ぐ

 以上の7つである。それぞれの習慣を小さな心がけによって維持することで、「インサイド・アウト」という大きな発想の転換を実現できるようになっているのである。じつによくできていると思う。ちなみに、そのキャッチ—なネーミングも普及に寄与したのではないだろうか。「7つの習慣」という呼び名は、キリスト教の伝統において忌避されてきた「七つの大罪」(傲慢、貪欲、嫉妬、憤怒、貪欲、色欲、怠惰)を想起させるものだ。

 どうだろうか。たしかに、とてもいいことが書いてあるように思えるし、実際に読んでみれば、自分の意識を変えるのに役に立つのかもしれない。でも、先に私は、「こんなの読んでて大丈夫か?」と述べた。それはなぜかといえば、この『7つの習慣』が、アメリカ発の自己啓発思想のもっとも洗練された形態であるからだ。そしてそれが現代日本の労働環境や企業風土という文脈と組み合わされたとき、非常におそろしいことが起こる(というか実際に起きている)と考えるからなのである。

 アメリカで生まれた自己啓発思想のルーツには、正反対にも思えるふたつの源泉がある。ひとつは戦後アメリカで開発されたリーダー養成プログラムで、もうひとつは1970年代のニューエイジ(精神世界)運動だ。いわば社会のエリートを養成するプログラムと社会のはみだし者が抱く思想とが合体したわけだ。これには、60年代の社会変革への熱狂が収まったのち、変革の矛先が「社会」から「自分」へと移ったという時代の流れがある。この路線を忠実に継承し、さらに洗練・発展させたものが、現在もてはやされている自己啓発である。

 自己啓発は、前向きでいいことばかりという外見に反して、じつはおそろしい思想ではないか。そう私が考えるのは、まさしくこの点にかかわる。その要点はつまるところ、社会を変えるより自分を変えよということに尽きる。一見もっともな話にも思えるが、それは私たちの社会に存する問題をそのままにして、それらを個人の問題(自己責任の問題)へと繰り込んでいくということでもある。しかもその繰り込みを、エリート養成プログラムのように行うのである。それは社会にたいする自発的隷属化を系統的に進めるものではないだろうか。『七つの習慣』の基礎となっている「インサイド・アウト」の思想は、まさしく自分の外側の問題を自分の内側へと繰り込むものだ。そしてその作業は、日々の「7つの習慣」によって系統的かつ効率的に遂行されるのである。

 こうした思想は、いまだ出口の見えない不況のなかにある日本経済において、ブラックな労働環境ですらどこまでも自分の問題として解決しようとする「意識の高い」労働者を生産し続けることにならないだろうか。いや、すでにそうした状況が生まれて久しいのではないだろうか。若者の自己実現への願望をブラック企業が食いものにしているという事態(「やりがい搾取」)がそこかしこで起こっていることは、しばしば指摘されるとおりである。

『7つの習慣』は、それがよくできているだけにかえって、自己啓発の思想がはらむ問題を、よりいっそう明らかにしてくれるように思う。
(二葉亭クレヨン)

最終更新:2014.09.04 11:35

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