ベストセラー『7つの習慣』は「やりがい搾取」をもたらす危険な書だ!

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 それぞれの習慣は次のとおりだ。

1.主体的である
2.終わりを思い描くことから始める
3.最優先事項を優先する
4.Win-Winを考える
5.まず理解に徹し、そして理解される
6.シナジーを創り出す
7.刃を研ぐ

 以上の7つである。それぞれの習慣を小さな心がけによって維持することで、「インサイド・アウト」という大きな発想の転換を実現できるようになっているのである。じつによくできていると思う。ちなみに、そのキャッチ—なネーミングも普及に寄与したのではないだろうか。「7つの習慣」という呼び名は、キリスト教の伝統において忌避されてきた「七つの大罪」(傲慢、貪欲、嫉妬、憤怒、貪欲、色欲、怠惰)を想起させるものだ。

 どうだろうか。たしかに、とてもいいことが書いてあるように思えるし、実際に読んでみれば、自分の意識を変えるのに役に立つのかもしれない。でも、先に私は、「こんなの読んでて大丈夫か?」と述べた。それはなぜかといえば、この『7つの習慣』が、アメリカ発の自己啓発思想のもっとも洗練された形態であるからだ。そしてそれが現代日本の労働環境や企業風土という文脈と組み合わされたとき、非常におそろしいことが起こる(というか実際に起きている)と考えるからなのである。

 アメリカで生まれた自己啓発思想のルーツには、正反対にも思えるふたつの源泉がある。ひとつは戦後アメリカで開発されたリーダー養成プログラムで、もうひとつは1970年代のニューエイジ(精神世界)運動だ。いわば社会のエリートを養成するプログラムと社会のはみだし者が抱く思想とが合体したわけだ。これには、60年代の社会変革への熱狂が収まったのち、変革の矛先が「社会」から「自分」へと移ったという時代の流れがある。この路線を忠実に継承し、さらに洗練・発展させたものが、現在もてはやされている自己啓発である。

 自己啓発は、前向きでいいことばかりという外見に反して、じつはおそろしい思想ではないか。そう私が考えるのは、まさしくこの点にかかわる。その要点はつまるところ、社会を変えるより自分を変えよということに尽きる。一見もっともな話にも思えるが、それは私たちの社会に存する問題をそのままにして、それらを個人の問題(自己責任の問題)へと繰り込んでいくということでもある。しかもその繰り込みを、エリート養成プログラムのように行うのである。それは社会にたいする自発的隷属化を系統的に進めるものではないだろうか。『七つの習慣』の基礎となっている「インサイド・アウト」の思想は、まさしく自分の外側の問題を自分の内側へと繰り込むものだ。そしてその作業は、日々の「7つの習慣」によって系統的かつ効率的に遂行されるのである。

 こうした思想は、いまだ出口の見えない不況のなかにある日本経済において、ブラックな労働環境ですらどこまでも自分の問題として解決しようとする「意識の高い」労働者を生産し続けることにならないだろうか。いや、すでにそうした状況が生まれて久しいのではないだろうか。若者の自己実現への願望をブラック企業が食いものにしているという事態(「やりがい搾取」)がそこかしこで起こっていることは、しばしば指摘されるとおりである。

『7つの習慣』は、それがよくできているだけにかえって、自己啓発の思想がはらむ問題を、よりいっそう明らかにしてくれるように思う。
(二葉亭クレヨン)

最終更新:2014.09.04 11:35

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