ブラ弁は見た!ブラック企業トンデモ事件簿100 第35号

“パワハラで鬱”の決定的証拠音声あったのに労基署が1年半も放置! 背景に安倍政権「働き方改革」の欺瞞

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 この連載で紹介される事例のなかに、「毎日長時間働き続けて、病気になった」「上司から酷いパワハラを受けて、うつ病になった」というような話がよく出てくる。もし、長時間労働やパワハラが原因で病気になり、働けなくなったら……そんなときに、会社も国も何の保障もしてくれないなら、生活が維持できなくなってしまう。

 そんな病気になってしまった方のための法的な救済手段は、いくつか考えられる。その一つに、労災保険法に基づく労災申請がある。労働基準監督署に対し労災申請を行い、病気になったことが、仕事をしていたことによる負荷が原因であると認められれば、入通院にかかった費用や、病気で働けなくなった期間の給料の8割、さらに障害が残ってしまった場合の保障などの給付が国から受けられる。

 でも、病気になり、労災申請をしても、労働基準監督署がその判断を放置してしまったら……これから述べるのは、会社から酷い目に遭わされた上に、労災の判断が非常に遅れてしまったために、その間大変な思いをされた方のお話である。

 Xさんは、スクラップ・リサイクルを事業とする会社で、職人的技能を持つ叩き上げの従業員として、長年働いてきた。若いころから、長時間労働も苦にせず、バリバリと働いてきた。そんなある日、Xさんは上司から、「職場にやってきた顧客に、顎で指図した」との理由で、強い叱責を受けた。Xさんとしては、そんなつもりはまったくなく、単にXさんのちょっとした仕草が上司に「そう見えた」という程度の出来事であった。

 その叱責のあった3日後、Xさんは、上司から、この「顎で指図した」件で、終業後の夜19時から話し合いがあると言われ、18時に一旦帰宅した後、19時に妻の運転で送ってもらい、再び会社に出た。Xさんの妻は、「嫌な予感がする。今日の話し合いは、ボイスレコーダーで録音しといて」と頼み、Xさんはこの日の「話し合い」を録音した。Xさんの妻は、話し合いは長くても2時間くらいだろうと思い、会社の近くのコンビニ駐車場で待つことにした。

 しかし、それから3時間、4時間と時間が過ぎても、Xさんは出てこなかった。その間Xさんは、8名の上司に取り囲まれ、「会社に居場所はないねん。どこの部署も要りませんってゆうてんねん」「明日からどうすんねん」などなど言われ続けていた。「話し合い」からほど遠く、Xさんに自分から「辞める」と言わせようとするための糾弾が、延々5時間続いたのだった。

 最後まで、自分から「辞める」とは言わず、その「話し合い」の場から出てきたXさんは、ふらふらと妻の待つコンビニまで歩き、妻の姿を見た途端、その場に泣き崩れた。Xさんの精神状態は、この日を境に、決定的に悪化した。

 Xさんは、その後、仕事中にパニック発作を起こすなど、明らかに以前とは異なる状況となった。そんななかで、会社は、さらにXさんに対し、通勤に片道2時間半以上かかる場所への転勤を命じた。それにより、ついに出勤することもできないほどに、Xさんの病状は悪化した。

 Xさんとその妻は、一人でも入れる労働組合の「きょうとユニオン」に相談し、組合を通じて会社と話をしながら、組合と私の助けを借りて、精神疾患の労災申請を行った。働けなくなってからの生活は、ひとまず健康保険法上の「傷病手当」を受給することで維持することにした。この「傷病手当」は、労災のように、「仕事が原因で病気になった」ことの証明がなくても、「病気で働けなくなった」という事実があれば、最大1年半、給料の6割の給付を受けることができるものである。なので、この給付で生活を維持しながら労災手続をとるというやり方は、よく用いられている。

決定的証拠があるにもかかわらず、労働基準監督署が1年半も放置

 われわれは、決定的な証拠である、8名の上司による5時間にわたるXさんへの糾弾の録音が残っているので、労災が認められるのはそんなに難しいことではなく、時間もそんなにかからないだろうと思っていた。ところが、労災申請から1年半が過ぎても、労働基準監督署からの判断は出なかった。そうして時間が過ぎる間に、Xさんの傷病手当は受給期間が切れてしまい、それからしばらくして、なんと、労災申請を却下する通知がXさんに届いたのであった。

 厚生労働省の内部基準では、精神疾患の労災申請は、半年を目処に判断を出せるようにするべきものとされている。でも実際には、判断が出るまでに1年ほどかかる事例はざらにある。それでも、1年半はいくら何でも長すぎる。しかも、傷病手当の給付が切れてしまった直後に却下通知が来るなんて、すでに会社で十分酷い目にあったXさんにとって、あまりにも残酷すぎる現実であった。

 私は、Xさんを代理して、すぐ異議申立手続である「審査請求」を申し立て、さらにXさんには、労働局への「個人情報開示請求」で、Xさんの労災調査記録を取り寄せる手続きをとってもらった。

 個人情報開示の記録を見て、私は、「なんでこの内容で認められへんねん!」と声を出してしまった。調査記録を見ると、5時間にわたる糾弾の事実のほかに、その糾弾があった日の直前まで、恒常的に1カ月80時間以上、多いときで1カ月100時間以上の長時間残業があったことが記録に残っていた。この長時間労働の事実と、5時間にわたる糾弾の事実を併せて評価すれば、簡単に労災が認められてもおかしくない内容であった。労災手続きの担当官が、この長時間労働の事実の評価を誤ったものとしか考えられなかった。

 審査請求の手続きでは、この長時間労働の事実評価の誤りを指摘する書面を作成して提出した。そして、今年の3月末、ようやくXさんの労災は認められることになった。最初の労災申請から、実に2年半後である。これで、Xさんには労災の給付が出る上に、今後はXさんに対する安全配慮義務違反を根拠に、会社に対し損害賠償請求を行うことも可能となる。会社との交渉は、まだ始まったばかりである。

「働き方改革」を喧伝する裏で、労働行政担当官を削減する政権の欺瞞

 ここまでXさんの話を読まれた方は、会社がXさんにやったことが酷いと感じるとともに、「なんで労働基準監督署は1年半も放置して、その上に杜撰な判断をしたんだ」とも感じられると思う。しかし、この労働基準監督署の対応については、あながち、個々の現場の担当官を責められない事情もある。

 いまの政府は、「働き方改革」を称揚し、「労働基準監督官の数を増やしています」と喧伝している。たしかに、労働基準監督官の採用人数は増えている。しかし、労働行政全体で見れば、職員の数は年々減らされている。地方労働行政職員の数は、2000年度に2万3533人だったのが、2018年度には2万0495人と、18年間で3000人以上減らされている。とくに、2008年から10年間、労災部門を担当する事務官と、労働安全衛生部門を担当する技官の新規採用は停止されていたのだ。そのため、難しい労災申請案件であっても、労災専門の事務官でなく、新人の労働基準監督官が担当する、という事態が実際に生じている(Xさんの事例もそうである)。精神疾患の労災申請件数は年々増加しているのに、担当官は減らされ、ベテランの労災担当官の知識・能力が伝承されない。ますます忙しくなる上に、ノウハウも伝わらず「わからない」からこそ、事案放置や誤った評価による判断がなされてしまうことが有り得る。これは、「政治の失敗」と言わざるを得ない(この問題は、2018年7月23日東京新聞朝刊も取り上げている)。

 長時間労働も厭わず会社のために働き続けてきたのに、会社から酷い仕打ちを受けたXさんが、そんな「政治の失敗」のために、さらに労災行政からも酷い目にあわせられる。こんなことをこれ以上繰り返してはならない。「働き方改革」を称揚するなら、政府は、労働行政担当官の拡充などの、より現実的な施策をとるべきだと強く思う。

 ともあれ、Xさんの具体的な救済は、2年半を経て、やっと会社との関係でも現実的解決を目指せる段階に入った。この件については、まだまだ気を緩めずに取り組みたい。

【関連条文】
労災給付申請 労災保険法12条の8
傷病手当受給 健康保険法99条
使用者の労働者に対する安全配慮義務 労働契約法5条

(弁護士 塩見卓也/市民共同法律事務所http://www.shimin.biz/index.html

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ブラック企業被害対策弁護団
http://black-taisaku-bengodan.jp

長時間労働、残業代不払い、パワハラなど違法行為で、労働者を苦しめるブラック企業。ブラック企業被害対策弁護団(通称ブラ弁)は、こうしたブラック企業による被害者を救済し、ブラック企業により働く者が遣い潰されることのない社会を目指し、ブラック企業の被害調査、対応策の研究、問題提起、被害者の法的権利実現に取り組んでいる。
この連載は、ブラック企業被害対策弁護団に所属する全国の弁護士が交代で執筆します。

最終更新:2019.07.05 01:03

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