日本人はなぜ「自己責任論」にはまるのか? 仕掛けられた政治の“罠”

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エジプト・カイロでの安倍首相のスピーチ(首相官邸HP「政府インターネットTV」より)


 殺害という最悪の結果に終わってしまった、湯川遥菜さんと後藤健二さんが人質となったイスラム国による拘束事件。完全に安倍政権の失策が招いた事態だが、今月2日に世耕弘成官房副長官が後藤さん渡航中止を3回求めていたことを明かしたため、またぞろ「どう考えても自己責任」「弁解の余地なし」とネット上では自己責任論が噴出。世耕氏は「我々は自己責任論には立たない。国民の命を守るのは政府の責任であり、その最高責任者は安倍総理だ」とも語ったが、むしろ「安倍責任論」を回避し、湯川さん・後藤さんの自己責任だと世論を誘導したいがためにこのタイミングでそんな話をもち出したかのようだ。

 そもそも「命を守る」気などさらさらなかったことは、すでに露呈している事実だ。昨年11月には後藤さんが拘束されていることを把握しながら、中東訪問時にわざわざイスラム国を刺激するような言い方で2億ドルの支援を公表したことはもちろん、交渉はヨルダンに任せきり。菅義偉官房長官は「身代金を用意せず、犯人側と交渉するつもりはなかった」とさも当然のように語ったが、身代金を支払うことで人質を解放してきたフランスやスペインだけでなく、実際はアメリカやイギリスも別の武装勢力とのあいだでは秘密裏に取引しているともいわれている。「テロには屈しない」などと言いつつ、結局は交渉に辿り着くための情報も人脈ももてず、手をこまねいていただけではないか。

 しかし、驚くべきは、このように人命がおろそかにされてなお「安倍首相は悪くない。危ない地域に勝手に入った後藤さんの責任だ」と世間から上がる声の大きさだ。いや、今回に限った話ではない。2004年のイラク人質事件にはじまり、近年の非正規雇用のワーキングプアや生活保護受給者、シングルマザーなどの社会的弱者に対しても、必ず「自己責任」という言葉がもちあがる。女児誘拐事件が発生したときも、被害者である女児の母親が帰宅時まで外で遊ばせていたというだけで「母親の自己責任」と言いつける始末で、日本は何か起こると必ず自己責任論が発生する異常事態に陥っている。

 自己責任論は想像力をもたない愚かしい者の放言──そう言っても間違いはないが、指摘しておきたいのは、自己責任論の根底には、民衆が無意識のうちにすり込まれている巧妙な政治的意図がある、ということだ。

〈自己責任論は、「社会的責任」と「個人的責任」とを意図的に混同し、支配層にとっての不都合なことすべてを個人の「自己責任」に解消することで、社会的・公共的責任を放棄し、あるいは隠蔽しようとするもの〉

 このように記しているのは、北海道大学名誉教授である吉崎祥司氏の『「自己責任論」をのりこえる 連帯と「社会的責任」の哲学』(学習の友社)だ。本書によれば、自己責任論は以下のような流れでつくられていく。

 1.競争を当然のこととし
 2.競争での敗北を自己責任として受容させ(自らの貧困や不遇を納得させ)
 3.社会的な問題の責任をすべて個人に押しつけ(苦境に立たされた“お前が悪い”)
 4.しかもそうした押しつけには理由がある(不当なものではない)と人びとに思い込ませることによって
 5.抗議の意思と行動を封殺する(“だまらせる”)

 日本において自己責任論がここまで幅をきかせるようになったきっかけは、「新自由主義」思想に基づいて小泉政権が断行した構造改革にある。新自由主義とは〈景気を回復し、グローバル競争にうち勝つためには、長期不況の原因となっていた過剰な「規制」と「保護」を構造改革によって打破し、競争主義を徹底する必要がある〉というもの。すでに知っているように、この構造改革は大量の失業者を生み、非正規雇用労働者を増大させた大きな要因となったが、同時に、「すべては自己責任」という風潮もつくりあげた。

 前述したイラク人質事件での人質への自己責任論バッシングも小泉政権下でのことだった。

 若者が仕事に就けない、仕事があったとしても非正規でしか働けない。……こうした問題を解決するための責任を追うのは、無論、若者でも非正規雇用者でもなく、〈何よりもまず産業(企業)と国家(政治)〉にある。20世紀初頭にイギリスの社会保障制度づくりを主導したL.T.ホブハウスの理論でいえば、〈まっとうな仕事と賃金を保障するのは社会的・公的責任であり、失業や低賃金による生活困難は、企業や国家の「社会的責任」において解決すべきもの〉なのだ。本書によると、こうした考え方はイギリスに限らず、広くヨーロッパの政治思想と言っていいものだという。

 だが、新自由主義(ネオリベラリズム)はこれを許さない。たとえば、「社会などというものは存在しない」と言い放ち、福祉国家を解体しようとしたのは、安倍晋三首相も信奉するイギリスのサッチャー元首相だ。福祉や保障に頼るな、家族で助け合って生活しろ、国家や企業にたてつく運動などあってはならない──その考え方は、社会を否定し、社会と個人を切り離し、個人にすべての責任を押しつけるものだ。

 また、“社員か非正規か”“同じ境遇でも生活保護を受給している者か、非受給者か”と線引きして考えることも日本では顕著だが、そのあいだを分断させるだけでなく、〈敵対的な関係にまで成長〉させてきたのも、新自由主義の理論だ。

〈新自由主義は、生活保護を、あたかも「弱者の特権」であるかのように描き出すことで、ほんらい、同様の境遇にある者として団結してことにあたるべき人たちの間に、深い溝を築くことに成功しつつあるように見受けられます〉
〈そうした分裂状況のなかから、また逆に、そうした状況をいっそう激化すべく、登場しているのが、「ヘイトスピーチ」に代表される「弱者排除」の運動であろうと思います〉

 ヘイト集団やネトウヨたちは、何かと「弱者の特権」を許さないが、実際のところ、特権を手にして富にありついているのは、少数の支配層・富裕層だ。ネトウヨたちは結局、そうした特権階層の片棒担ぎをやらされているだけにすぎない。そう、〈民衆の分断によって支配をまっとうしようとし〉、〈自己責任を強調することで、さらに進んで、さまざまな問題を、徹底して一人ひとりの個人の内部に閉じ込めようと〉するのが、新自由主義の目指す社会だからだ。

 そして、もうひとつ重要なのは、新自由主義が解体しようとしているのは「国民国家」そのものだという問題である。

 たとえば、政治学者の片山杜秀氏は、以下のような指摘を行っている。

「税金や徴兵など国民に犠牲を強いるかわりに後々までちゃんと面倒みるよ、というのが国民国家ですが、安倍政権の国家観はすでにそこからズレていっています」
「安倍政権が主権や国防軍、日の丸、君が代といったナショナルなシンボルをやたらと強調するのは『もう国は国民の面倒はみない。それぞれ勝手に生きてくれ』という、政権の新自由主義的なスタンスと表裏の関係にあります」(朝日新聞13年4月27日)

 社会保障費の削減など国民に負担をかける政策には、必ず批判が起こる。それを押さえ込むために、安倍首相は「国を守る」「強い日本をつくる」などという“大きな物語”を語ってはナショナリズムを扇動し、批判が起こらないように仕向けている。要は国民を精神的にコントロールすることで、国の物理的な負担を軽くしているのだ。安倍首相にしてみれば、人質事件でも生活保護問題でも「自己責任だ」という声が民衆から上がることは、じつに低コストで済むありがたい話にちがいない。

 国民国家とは、〈自国の「国民」の安全な生存について責任をもつ、ということでその存在を正当化してきた国家形態〉だ。しかし、人質事件の結末を見ても明らかなように、“国民の生存に責任をもつ”という態度は現政権にはない。国家の責任を放棄するという行為も、そして自己責任論が蔓延する下地も、安倍政権による新自由主義の理論から導き出されている──そう考えることはできないだろうか。

 繰り返すが、紛争地域でテロに巻きこまれることも、この国が抱える貧困や労働問題も、断じて個人の責任などではなく等しく国が解決するべき問題だ。それを棚に上げて、自己責任論によって義務から逃れ、個人を孤立させようとするのが現政権の手口である。だからこそ、早く気づいてほしい。自己責任という言葉を吐くとき、同時にわたしたち自身の首をしめている、ということに。
(水井多賀子)


【検証!イスラム国人質事件シリーズはこちらから→(リンク)】

最終更新:2017.12.13 09:17

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