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小保方晴子『あの日』出版で再燃! STAP 報道を改めて検証する(後)
ES細胞へのすり替えは小保方氏ひとりの問題か? 疑惑発覚前、若山教授が「ネイチャー」で語っていたこと
小保方晴子『あの日』(講談社)
小保方晴子氏の手記『あの日』(講談社)に書かれた内容ははたして事実なのか。STAP報道を改めて検証しようというこの企画だが、前編では、小保方氏の主張どおり、STAP細胞の作製が途中から小保方氏ではなく若山照彦氏の主導で進められ、しかも、若山氏は途中から小保方氏が捏造・すり替え犯であるかのような情報をマスコミに流していたと指摘した。
たとえば、2014年6月、若山氏は、小保方氏のSTAP細胞を元につくったSTAP幹細胞が若山研究室には存在しないマウスのものだったと発表し、小保方氏のすり替えを示唆したが、1カ月後にこの発表は誤りで、解析されたSTAP幹細胞は若山研のマウス由来の可能性が高いことがわかっている。
また、同年7月27日には、『NHKスペシャル』が、やはり若山氏の情報に基づいて、若山研にいた中国人留学生のES細胞を小保方氏が盗み、STAP細胞に混入させたことを示唆する報道をしたが、中国人留学生がこのES細胞を紛失したのは、12年の12月以降のこと。STAP細胞は11年11月にキメラマウス作製が成功、12年には実験がほぼ終了しており、このES細胞は何の関係もなかった。
この2つのケースを見ると、若山氏がマスコミに間違った情報を流し、“小保方氏がES 細胞をこっそり混入させ、STAP細胞を捏造した”というストーリーをつくろうとしていたのは間違いないだろう。
しかし、だからといって、STAP細胞が捏造でない、ということではもちろん、ない。周知のように、昨年12月に発表された理研の調査委員会の調査報告書では、STAP細胞には、別のES細胞が混入していたことが判明している。
調査委員会は理研に試料として残されていた 3 種類の STAP 幹細胞 (FLS、GLS、AC129)を解析しているのだが、調査報告書では〈いずれもES 細胞(それぞれ FES1、GOF-ES、129B6 F1ES1)に由来することが確実になった。〉と断定しているのだ。
ネットでは、理研の調査はSTAP細胞=ES細胞という結論ありきでストーリーがつくられており、信用できないという意見も見かけるが、それは陰謀論がすぎるだろう。調査報告書を読むと、少なくとも調査対象となったキメラマウスやSTAP幹細胞については、ES細胞由来であったことが客観的に立証されている。
ただし、STAP細胞の正体がES細胞だったとしても、それが即、小保方氏が捏造していたことにはならない。
たとえば、FLSというSTAP幹細胞のもとになったFES1というES細胞は、05年にCDB(理化学研究所発生・再生科学総合研究センター/当時)若山研メンバーによって樹立されたものだったが、理研の調査で小保方研の冷凍庫で発見されたため、あたかも小保方氏がそれを盗み、混入させたかのように報道された。
だが、実は、このFES1を作製した研究員は、小保方氏がCDB若山研に着任する1年前の10年3月にCDB 若山研から京都大学助教に転出しているのだ。小保方氏がそれを盗み出すというのはどう考えても不可能だろう。
では、なぜ、このES細胞が冷凍庫から見つかったのか。作製した研究員がES細胞を置き忘れ、それが若山研→小保方研と、そのまま引き継がれていったと考えるのが妥当だが、もしそうだとしたら、小保方氏だけでなく、若山氏にも若山研の他のメンバーにもES細胞を混入させることが可能だったことになる。
GOF-ESというES細胞も、STAP細胞の研究でコントロール(比較対照実験のこと)のために小保方氏に手渡されていたが、もとは〈若山氏が指示した別の研究に使用する目的で、11年5月26日から10月31日の間にCDB若山研メンバーによって作製された〉(調査委員会「研究論文に関する調査報告書」)ものだ。これまた、混入の可能性は、小保方氏だけでなく、若山氏や他の若山研メンバーにも同等にある。
3つめのES細胞129B6 F1ES1については、12年5月に若山氏が比較対照実験のために129B6F1CAG-GFPマウスの独立した胚より樹立した受精卵 ES細胞株だった。これについては、混入だけでなく若山氏の交配ミスの可能性もある。
つまり、ここまでは、小保方氏が『あの日』に書いている“私はES細胞すり替えに関わっていない”という主張は否定できない、ということだ。
しかし、調べてみたら、少なくともひとつ、小保方氏が言い逃れできない調査結果があった。それは、調査委員会の報告書の以下のような記述だ。
〈「CD45カルス-テラトーマ」の試料は、Acr-GFP/CAG-GFPを持つこと、およびES細胞FES1に固有の第3染色体および第8染色体の欠失が認められたことから、STAP細胞由来ではなくES細胞FES1に由来すると思われる。したがって、STAP細胞の多能性を 示すテラトーマ実験の証明力は否定された。〉
前稿でも解説したが、STAP細胞の実験には、(1)細胞にOct4-GFPが発現し、細胞が緑色に発光する、(2)その細胞をマウスの背中に注射して、テラトーマと呼ばれる良性腫瘍ができる、(3)このSTAP細胞を使って、増殖性を持つSTAP幹細胞をつくり、キメラマウスが作製できる、という3つの段階の証明が必要だ。そして、(3)のSTAP幹細胞、キメラマウス作製は若山氏がすべて行っており、小保方氏は一切関わっていないが、(1)のOct4-GFP発現、(2)のテラトーマ作製については、すべて小保方氏自身の手で行われていた。
つまり、上記の報告書は小保方氏ひとりでつくったテラトーマが、ES細胞由来であったと断じているのだ。これは決定的だろう。実際、報告書には次のようなくだりもある。
〈[テラトーマの作製]すべて小保方氏が行った。したがって、STAP細胞からテラトー マを作製した際は、すべての過程を小保方氏が行ったことになる。以上の実験過程を考慮すると、混入があった場合、当事者は小保方氏と若山氏(STAP細胞からのテラトーマ作製では小保方氏のみ)〉
これに対して、小保方氏は『あの日』で、〈テラトーマ実験の経過観察の期間、私はアメリカに出張しており、管理は他の若山研のスタッフによって行われていた〉と反論している。この記述に嘘はないだろうが、しかし、だとしても作製者が小保方氏だったことに変わりはなく、若山研のスタッフが関わったのはあくまで出張期間の経過観察のみ。その間に小保方氏に無断でマウスをすり替えたり、新たにES細胞を混入させるのは、どう考えても不可能だ。
また、第一段階の細胞が緑色に発光するOct4遺伝子発現についても、小保方氏は身の潔白を証明できていない。理研の再現実験では、小保方氏はもちろん、彼女に擁護的だった丹羽仁史CDBチームリーダーでさえ、Oct4-GFP発現を確認することができなかった。
こうしたことを考え合わせると、実験の第一段階の時点ですでにES細胞の混入、もしくはすり替えがあったと考えるのがもっとも妥当性がある。若山氏がSTAP幹細胞やキメラマウスを作製する前に、故意か過失かはともかく、小保方氏がES細胞をSTAP細胞として若山氏に提供し、幹細胞やキメラマウスをつくらせた、その可能性は極めて高い。
ただし、ひとつ大きな問題が残る。それは、小保方氏がES細胞を混入もしくはすり替えた実行犯だったとして、はたしてそれをひとりでこっそりやれたのか、という問題だ。
小保方氏にはES細胞をつくる技術はなく、また、マウスの遺伝子背景などを読み解く知識はなかった。そういう人物がどうやって、冷凍庫に残っていたES細胞を見分け、すり替えに利用することができたのか。
また、小保方氏がES細胞にすぎないものをSTAP細胞として若山氏に提供していたのだとしたら、若山氏はなぜその正体に気づかなかったのか。実際、小保方氏も『あの日』でこう書いている。
〈STAP細胞は増殖能が低く、それがSTAP細胞の特徴の一つであり、若山先生も熟知していたはずである。もし私がES細胞をSTAP細胞と偽って渡していたのなら、もともと増殖している細胞が渡されていたことになり、若山先生が観察した、増殖能の低いSTAP細胞からの無限増殖する幹細胞への変化は起こるはずがなく、気づかないはずはないのではないだろうか。〉
しかも、若山氏はたんに「気がつかなかった」だけではない。当初、若山氏は、STAP細胞を小保方氏とは別に「独自に」つくることができたとし、ES細胞とまったく違う特性を「自分が」発見したとまで明言していた。
このことを知ったのは、まさに小保方氏の手記『あの日』がきっかけだった。同書によると、疑惑が本格化する前の14年2月、若山氏は「ネイチャー」誌のインタビューに応じ、「私が自分で実験して発見したんだ。絶対に真実だ」と発言していたという。にわかには信じられなかったが、ネット版「ネイチャー」を直接、読んでみたところ、これは事実だった。
「17 February 2014」の日付のある「Acid-bath stem-cell study under investigation」というタイトルのついた若山氏のインタビュー記事にはこんなくだりがあった(本サイトで独自に訳したため、『あの日』の訳とは少し違っているが、ご了承いただきたい)。
〈実験のプロトコルがたんに複雑なのかもしれない。若山でさえ、結果を再現するのに苦労していた。彼と彼のラボの一人の学生は、小保方の十分な指導を受けたのち、論文発表の前に実験を独自に(independently)再現した。しかし、若山が山梨に移ってからは、成功していないようだ。「酸を加えるだけといえば簡単な技術に見えます。しかし、そう簡単ではないのです」と彼は言う。〉
〈若山は、小保方の結果の再現を自分が独立して成功したこと(independent success)は、この技術の有効性を十分に確信させるものだ、と言う。また彼は、小保方がつくった細胞は、(新たな受精卵は別として)いまのところ胎盤を形成することの可能な唯一のものであるから、細胞がすり替えられることなどありえない、と注釈する。「私は自分自身で実験し、確認しました」と彼は言う。「実験結果は絶対に正しいと確信している」〉
実際、若山氏はある時期まで、ES細胞は胎児の組織しか形成しないが、STAP細胞は胎盤の組織も形成する、と強く主張していた。それが、途中から突然、態度を一変させ、STAP細胞の正体はES細胞であり、小保方氏がすり替え犯であることを示唆し始めたのだ。
この極端な豹変はなんなのか。だったら、なぜ、以前はSTAP細胞がES細胞とちがう特徴をもっていると断言していたのか。
説明のつく理由がひとつ考えられる。それは若山氏が、かなり早い段階から、STAP細胞の正体を知っていたという可能性だ。
もちろん、小保方氏と若山氏が最初から共謀して、ES細胞をSTAP細胞と偽って、論文をつくったというのは考えにくい。すでに高い名声を得ている若山氏がそんなリスクを冒すとは思えないからだ。
しかし、途中からは、若山氏もSTAP細胞がES細胞であることに気づいていたのではないか。そうでないと、その後の行動の説明がつかないのだ。
以下はまるっきり推測だが、こういう風に考えられないだろうか。最初、若山氏は、小保方氏の研究内容を聞いて、半信半疑だった。しかし、Oct4-GFP発現の実験方法を指導すると、小保方氏は答えを出した。それを見て、若山氏はこれが画期的な研究になると判断し、「ネイチャー」誌への投稿や特許申請に前のめりになっていった。
そして、「ネイチャー」のためにこういう実験結果がほしいと小保方氏に高いハードルの要求を突きつけ、小保方氏がそれに応えるという形で、実験が進んでいった。ところが、途中から、ほしい答えがあまりにも期待通りに返ってくるため、若山氏は小保方氏を疑い始めたのではないか。もしかしたら、これは、ES細胞がすり替わっているだけかもしれない、と。
だが、気づいた時には理研をあげての研究になっており、もう後戻りはできないところまできていた。むしろ、事実から目を背けて「あるはずだ」と実験を続けるしかなかった。日増しに大きくなるES細胞の可能性を打ち消すために、逆に、ES細胞と見破られないような論理補強を強めていった。そして、いつのまにか、小保方氏の「実験」を助けるために、積極的に協力するようになっていった――。
もしそうだとしたら、その背景には、生命科学の分野では論文不正が頻発し、再現性が証明されないまま長期間、放置される研究が少なくないことがあったかもしれない。仮に、STAP細胞が存在しなくても「再現性の証明が難しい」というような話で逃げ切れると考えていた可能性もあるかもしれない。途中で、論文作成段階になって、指導教授は自殺した笹井芳樹氏に移り、若山氏は山梨大学に転出していたことも大きかったはずだ。
しかし、「ネイチャー」に論文が採用され、小保方氏が想像以上の注目を集めたこと、そしてすぐに、データの切り貼りやコピペなど論文の不正が指摘されたことで、疑惑は一気に広がり、激しい追及の動きが巻き起こった。STAP細胞がES細胞ではないか、という疑惑がネットでもささやかれはじめ、それが検証されるのも時間の問題になった。
そこで、若山氏はいち早く、自分が作製した幹細胞やキメラマウスは小保方氏に渡したマウスとはちがうものからできている、STAP細胞はES細胞の可能性が高い、という情報を発表。小保方氏に責任を全て押し付け、自分は逃げ切ろうという作戦に出たのではないか。
実際、前稿で指摘したマウスに関する間違った発表や、無関係な中国人留学生のES細胞に関する情報以外にも、若山氏はSTAP細胞が小保方氏による捏造だったことを示唆するさまざまな情報を流していた。
自殺した笹井氏の未亡人も、「週刊新潮」(新潮社)の取材に、「若山教授はちょっと慌てていらっしゃったのか、何かある度に個人的に意見や見解を発表してしまわれていた」ため、その度に笹井氏が対応に追われていたと、若山氏を批判していた。
いずれにしても、若山氏が、関係者の誰よりも早く、この変わり身ができたのは、誰よりも真相をよく知っていたからではないか。そんな気がしてならないのだ。
繰り返すが、もちろん、これは素人の推測にすぎない。ES細胞のすり替えは最初から最後まで小保方氏の単独行為だった可能性もあるし、故意ではなく、過失という可能性もあるだろう。
しかし、そうだとしても、若山氏の責任はやはり重い。それは、STAP細胞の不正はきちんとチェックできたはずなのに、それを怠っていたからだ。これはプロジェクトリーダーとしてはありえない。
しかも、若山氏は疑惑が浮上した途端、前述のように、先走って間違った情報をマスコミにどんどんリークし、ヒステリックな小保方バッシングの空気をつくり上げてしまった。これによって、まともな事実検証ができる状況ではなくなってしまった。
実は、STAP細胞問題は、ほとんど真相が解明されておらず、まだまだ謎はたくさん残っている。理研の調査報告書では、STAP細胞はES細胞だったということになっており、再現実験でもOct4-GFP発現による細胞の緑色発光は確認されず、発光は自家蛍光だと結論づけられた。
しかし、若山氏、笹井氏、丹羽仁史氏ら多くの研究者が、細胞の緑色発光を確認し、それは自家蛍光とは全く違うものだと証言していた。そうした証言との整合性はいったいどうなったのか。
また、Oct4-GFP発現が確認できなかった理研の再現実験でも、STAP様細胞塊の出現は確認されていた。この事実をどう評価するのか。
さらに、疑問なのはSTAP細胞が胎盤を形成したという実験結果だ。ES細胞では胎盤が形成されないため光らないが、STAP細胞を胚に注入した場合は、胎児だけでなく胎盤も光っていたことは、若山氏だけでなく、丹羽氏もはっきり証言していた。発光した胎盤は、その後、どこにいってしまったのか。
そして、もっとも不可解なのは、STAP細胞が実はES細胞だったとして、若山氏はもちろん、笹井氏、丹羽氏ら、この分野の権威たちが揃いも揃って、なぜそのことに気づかなかったのか、という問題だ。
しかし、小保方バッシングによって、関心はワイドショー的なことにばかり集まり、ジャーナリスムがこうした謎の解明に乗り出す空気はほとんどなくなってしまった。
そして、理研もこのメディアのバッシングを一刻も早く収束させようと、中途半端なかたちで、検証実験や原因調査を強引に幕引きしてしまった。証拠もきちんと保全されておらず、おそらく今からこうした真相をもう一度掘り返し、検証するということはかなり難しいだろう。
実は、本稿もここまでああだこうだとしたり顔で論じてきたが、ほとんどは状況証拠に基づいた推測にすぎず、真相をきちんと確定させることはまったくできなかった。
STAP細胞という最先端の科学をめぐる騒動は、おそらくこのまま、「うやむや」というもっとも非科学的な結末を迎える公算がきわめて高い。
(エンジョウトオル)
最終更新:2016.02.12 09:45
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