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官能小説は時代とともに変化する! 女流作家の台頭、おっぱい派からお尻派への流れも
『日本の官能小説 性表現はどう深化したか』(朝日新書)
ネットやSNS、アプリに押されて、いまや“オワコン”の代表格になってしまった小説。有名作家の作品でも、初版3000部から5000部、重版なしというのが普通で、ラノベ以外はもはや、商売として成立しなくなっているらしい。
ところが、そんな中で今も変わらず読者をつかみ一定の売り上げを上げ続けている小説群がある。それは「官能小説」というジャンルだ。
官能小説というと、古色蒼然とした世界のように思われがちだが、想像以上に多様で、時代に適応した新しい作家、作品が次々生まれている。
年間300篇あまりの作品を読みこなす官能小説研究家の第一人者である永田守弘氏は『日本の官能小説 性表現はどう深化したか』(朝日新書)で、その歴史をこうふりかえっている。
〈世相を背景にしながら、あるときは時流に沿って、また揺り動かされながら、ときには時流とか関わりない外見を装って、絶えることなく生命力を発現してきた〉
同書によると、官能小説が世に出回ったのは1945年、なんと戦後の闇市にまでさかのぼる。その後48年には『四畳半襖の下張』の摘発、50年には『チャタレイ夫人の恋人』の猥褻裁判など、官能史上重大な事件が起こる。
60年代には団鬼六が登場し、SM小説『花と蛇』をヒットさせ、70年代には新聞記者や代議士秘書などを経験してから作家になった、豊田行二が登場。
〈絶倫の精力に自信がある男が、自他共に認める立派なペニスによって女性秘書などを攻略し、そこから仕入れた裏事情を活用して出世していく〉といった、男根主義な展開がパターンの一つだったという。
そんな官能小説に大きな転換期が訪れたのは、78年のことだった。〈それまで女性のペンネームで書かれていた官能小説のほとんどは、男性作家が書いていた〉が、ホンモノの女性作家である丸茂ジュンがデビューする。
〈週刊誌は特集を組んで、その素顔や発言の記載〉を競い、同時期にデビューした中村嘉子と岡江多紀を合わせ、「美人ポルノ作家御三家」と喧伝されていたという。
83年には、〈現在の官能雑誌の主流となっている「特選小説」(辰巳出版)が創刊され、多くの官能作家を生み出す媒体になって〉いったこともあり、男根主義を覆す男性作家も登場する。
鬼才・睦月影郎である。彼が描いた『聖泉伝説』(現在は幻冬舎アウトロー文庫に所収)は、〈当時はまだ読者感覚がその醇化されたフェティシズム、女性崇拝、妄想の豊潤さに追いつくのがやっとだった〉と評されるほどだ。たとえばこんな象徴的な一節がある。
《「僕も奈美子姉ちゃんに……」
舌がもつれ羞恥に顔が火照った。胸は高鳴り、蒲団の中でみるみる分身が誇張して脈打つように蠢いた。
「え? なあに」
「……僕も姉ちゃんに食べられたい」(略)
「姉ちゃんの身体の中で遊び廻って、最後は姉ちゃんのウンコになるの……」
羞恥と発熱に、康彦は身体が宙に舞うような快感に浸った。》
思えばこれが、“多様な嗜好の容認”の前夜だったのかもしれない。
85年には〈それまで新書版だった官能小説が文庫化〉し、〈マニアでなくても日常的に読めるようになり、空港ロビーや駅の売店でも売られる時代に〉なったため、それまで〈公衆のなかで読めるようになることなど、想像できないことだった〉現象が現実となる。
各出版社に独自色が出始めたのもこの頃。フランス書院系は〈ハードな性描写の陵辱もの〉が特徴になり、雨宮慶、鬼頭龍一、高竜也、そして結城彩雨のように、〈ひたすら肛交や肛虐に執着しつづける作家も生まれた〉。一方、マドンナメイト文庫は美少女ものに特色があり、〈「ロリータの吉野」といわれた吉野純雄などが活躍〉したそうだ。
そして89年、ふんどし姿の宮沢りえのカレンダーが話題となったと同時期に、丸茂ジュン以来の大型女流作家・藍川京がデビューする。
彼女は〈SM系の作品で話題になったが、そのハードな感触から、男性作家が女性のペンネームで書いているのでは〉と思われていたといい、それは〈女性が苛烈なSMシーンを描くことはできないだろう、という通念がまだ官能小説界には根強く残っていた〉ことを表している。
たとえば『鬼の棲む館』(日本出版社)には、それまでの女性作家像を覆す苛烈さがにじみ出ている。
《右手にアナル棒、左手にクスコを持った片品に、里奈は鼻をすすって顔を戻した。
「ゆっくり大きく息を吐け」
黒いアナル棒を、片品は怯えてひくつく菊花に押し当て、ゆっくりと沈めていった。
「くううう……」
排泄のためだけの器官に異物が押し入ってくる。その不気味な感触に、汗をこぼす里奈の鼓動は乱れに乱れた。
「許して……あぁああ……いや……」》
一方で男性作家の間では、〈ひたすら性技で女性に奉仕する男性たちが登場する傾向〉が強くなっていたという。たとえば、〈気功師として教室で指導もしている北山悦史は、その技を堪能小説にも活用していると見られる作品を数多く発表〉し、人気を博した。
91年に入ると、牧村僚がデビュー。別名、「ふともも作家」の牧村である。
〈ふとももへの執着と同時に、年上の女性、とりわけ肉親的な母親へのあこがれを性にからめて描く作品が〉多かったことがゆえんだそうだが、いわゆる「マザコン」が話題になるなど、社会の風潮にもその傾向は強かったという。
同様に、93年にも社会を反映した官能小説が登場。〈女子大生作家として話題を呼び、その後の活躍で女流官能の新しいピークになった内藤みか〉は、〈クロネコヤマトの宅急便がスタートしてからこの年で17年〉で、〈ピザなどの宅配もごく日常的に家庭に入り込むようになってきた〉この頃、それをすかさず不倫と結びつけた『はじめての不倫 快楽宅配便』(河出i文庫)を描いている。
96年にアトランタオリンピックでビーチバレーが正式種目になると、〈この艶姿と男性たちの淫らな妄想を取り入れないはずがない〉とばかりに、藤隆生の『ビーチの妖精姉妹 隷辱の誓い』(竹書房ラブロマン文庫)が登場。内容は、〈色白で巨乳のプロ選手として活躍する24才の姉が、日本代表を夢みる20才の妹とともに奸計に陥り、磔台に固定されて、スポンサーといわれる男たちに責めを受ける〉といったものであった。
「アキバ系」や「萌え」が流行しはじめた2004年頃には、萌えのジャンルのひとつであった「メガネっ娘」が官能小説にも登場、開田あやが『眼鏡っ娘パラダイス』(二見ブルーベリー)で、眼鏡萌えを忠実に表現している。
《浩史はゆっくりと抽送を続けながら、レンズの奥の香奈の瞳を覗き込むようにして囁いた。
「眼鏡を外しちゃいけない……頼むから、かけたままで……かけたままでいてくれ……」》
翌年も「萌え~」の流れは途切れず、睦月影郎が『萌肌 かがり淫法帖』(廣済堂文庫)、『忍萌』(講談社文庫)、『変萌』(講談社社文庫)などシリーズ化している。
06年になると、AVではすでにセンセーショナルなジャンルとして登場していた「潮吹きもの」が、官能界にも現れる。草凪優『深なさけ』(徳間文庫)の一節を見てみよう。
《「ダ、ダメッ……吹いちゃうっ……そんなにしたら吹いちゃいますうううっ……はぁおおおおおおおおおーっ!」
玲美は絶叫を轟かせて、股間から飛沫を飛ばした。端正なモデル顔をくしゃくしゃにして、ゆばりとは違う透明な分泌液をクジラのように吹きあげた》
もちろん、今も官能小説には新しいトレンドが起きている。〈社会に性的な開放感が広まって、不倫のタブーも薄らぎ、SMなども変態というよりは多様化したプレーの範囲として受け入れ〉られるようになったため、官能小説の題材は〈ほとんど際限なく広がって〉いるというのだ。
題材の職種は〈身近な人妻、美味しそうな新人OL〉は当然として、〈社会に進出する女性たちの先端的職業〉の女性まで伸びる。
たとえば、藤隆生の『美人ゴルファー 公開調教』(マドンナメイト文庫)や『美女スイマー シンクロ調教』(同)、高輪茂の『美人弁護士 肉罠に濡れて…』(同)や、美園満の『女美術教師』(フランス書院文庫)など。
また、神社ブームを反映してか、「巫女もの」も人気だ。『下町巫女三姉妹』都倉葉(フランス書院文庫パラダイス)、『三人の熟巫女【添い寝】』(巽飛呂彦)(フランス書院文庫)、『巫女の秘香』睦月影郎(竹書房ラブロマン文庫)、『美少女脅迫写真 鬼畜の巫女調教』柚木郁人(マドンナメイト文庫)など、多くの作品が同時期に出ている。
作家陣にも変化の兆しがある。09年頃から女流作家が次々とデビューし始めたのだ。元バスガイドの花房観音。キャビンアテンダント出身の蒼井凛花。現役ナースの櫻乃かなこ。ミュージシャンでもあるうかみ綾乃。そしてAV界のカリスマ美熟女・川奈まり子。みな10年代にデビューし、何らかの官能小説の賞を受賞、その名を業界に轟かせるだけではなく、現在も精力的に作品を描き続けている。
ほかにも、官能小説界全体の流れとして見られるのが、〈おしり派の優勢〉である。
官能界にはいつでも〈お尻派とおっぱい派〉の派閥があり、〈このところおしり派が優勢で、次第に定着する傾向をたどって〉いるという。永田氏によると、〈生活に余裕がなく食べ物も充分でない時代には、おっぱいはが優勢になり、飽食の時代にはお尻派が増えるという〉説もあるらしいが、社会情勢と官能小説は切っても切れない関係と言えよう。
また、男性優位の社会が是正されつつある反動か、昨年くらいからは、女性が強い社会へ変容している反動で、〈作品のなかだけでも男性の優位を味わおうとする欲求からか、従来のSMものに加えて、最近の社会状況や人間関係にSMを取り入れた加虐もの、あるいは過激な性技で女体を屈服させるといった作品も〉増えているらしい。
そして〈読者の高齢化傾向〉もあり、〈中年男性が若い時代の性を蘇らせたり、失意の環境で思いがけない性運に恵まれて、女体を渉猟する〉という“回春もの”が人気になっているという。
時代と共に幅を広げ続ける官能小説。“活字離れ”が叫ばれる時代だが、同書を読んでいると、官能小説にはまだまだ未来があるように思えてならない。
(羽屋川ふみ)
最終更新:2018.10.18 05:11
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