サムスン危機説は嫌韓派の煽り? でもサムスンが「超ブラック」なのは事実だった!

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『サムスン・クライシス 内部から見た武器と弱点』(文藝春秋)

 スマホ業界で一人勝ちを続けてきた韓国最大の財閥サムスン。1997年のアジア通貨危機、いわゆるIMF危機によってデフォルトの淵に立たされた韓国が新自由主義政策に大きく舵を切り、格差社会が加速するなかで、「勝ち組」とされてきたサムスンが危機を迎えている。

 1月29日にサムスンの中核企業サムスン電子が発表した2014年の決算によると、売上高は前年比約10%減の206兆2100億ウォン(1ウォン=0.11円)、本業の稼ぎを示す営業利益は同約32%少ない25兆300億ウォンで、利益の大半を稼いできたスマホ退潮の影響が改めて浮き彫りになったのだ。

 スマホの世界シェアは米アップルに大きく切り崩され、ドル箱の中国市場でもアップルや現地メーカー「小米(シャオミ)科技」を下回り、3位に転落。おひざ元の韓国でもアップルに猛追されている。

 さらに、カリスマ経営者・李健熙(イ・ゴンヒ)会長が、2014年5月に自宅で倒れ、心筋梗塞の手術を受けたことで、後継者問題が急浮上。後継として、創業家の三代目プリンス・李在鎔(イ・ジェヨン)に注目が集まるが、その手腕は未知数。“嫌韓”スタンスの日本の一部メディアは、「これまで海外市場でのシェア争いで韓国メーカーを後押ししていた為替のウォン安が一転して急激なウォン高となったことで、“日の丸”家電メーカーとの価格競争でも劣勢に立たされつつある」と“サムスン凋落”を大々的に報じている。

 そんなサムスン危機説に対する反論というべき本が出版された。それが『サムスン・クライシス 内部から見た武器と弱点』(文藝春秋)だ。
 
 著者の張相秀氏は現在、亜細亜大学特任教授だが、サムスン経済研究所の元専務(人事組織室長)。同社の90年代の急成長を内側から見つめてきた人物であり、現経営陣とも太いパイプを持つ。ある意味、サムスンの代弁者といってもいいだろう。

 その張氏は注目の後継者問題について、プリンス・李在鎔にバトンタッチがスムーズに行われ、「失敗はありえない」というのだ。

「李健熙氏は、以前から肺リンパがんの手術を受けたり、最近少し太ってきたり、表に出るときにも娘の手を借りて歩いたりして、健康が芳しくないことは自他ともによくわかっていることでした。ですから、ここ2、3年は事業承継に備えたマネジメントシステムを講じてきたと思います。また、財産分割や相続税の対策はすでに終わっているはずです」

 張氏によれば、会長の意思決定を補佐する超側近集団「未来戦略室」は2014年4月に異例の大幅な人事異動が行われ、50代中心の優秀な人材への若返りを果たしている。李健熙は創業者であり父の李秉喆(イ・ビョンチョル)から87年に会長の座を継いだとき、父の側近集団との間に確執が生まれ、苦労したことから、足を引っ張る人が出てこないような人事を行い、バトンタッチの布石を打っている、という。

「いま、李在鎔氏にトップを交代したからといって、短期的に大きな問題が起きるとは考えられません。ただ、経営において、李在鎔氏が自分のカラーを出すまでには、2~3年かかるでしょう。(略)現会長の李健熙氏も、87年に会長に就任してから、93年に『新経営』を掲げるまでに5年以上かかっています。李在鎔氏は、現場をよく知っていますので、もしかしたら、現会長より早く、新しい方針を示すかもしれません。でも、少なくとも、2、3年は慎重にならざるを得ない。サムスン電子で3兆6000億円出ている利益が、かりに一時的に2兆円に減ったところで、慌てる必要はない」

 嫌韓派の予測する危機説が的中するのか、張氏の楽観論が正しいかは、今後の推移を見守るしかないが、同書の中で、改めて驚かされるのは、サムスンという会社の経営体質だ。

 張氏はサムスンの現在の成長の要因を、同社が90年代に行った改革、「新経営」にあるという。

 それまでのサムスンは国内ナンバーワンの地位にあったものの、その商品は「ロスの家電量販店ベストバイでサムスンのテレビがほこりをかぶって、バーゲンセール品として陳列されて」いるようなレベルのメーカーでしかなかった。

 93年には日本人技術顧問が「技術者は積極性に欠け、日本企業の技術のコピー商品をつくり続けている。電子部門の技術レベルは低く、開発スピードも遅い。技術研究所は基礎研究の段階から先に進んでいない」、「サムスン電子にはサムスン病がある」というレポートを提出するような状態だった。

 こうした古い経営管理や社員意識に強い危機感を抱いた李健熙会長は「女房と子ども以外すべて変えろ」と檄を飛ばし改革に着手した。年功序列から能力主義に変えた「新人事制度」を打ち出し、1997年のIMFf危機を乗り切った1998年には、成果主義による年俸制へと移行する。疲弊した国内でなく世界市場に目を向け、コア事業に半導体を位置付けるとともに、「純血主義」を捨て去った。最先端の技術をキャッチアップするために「核心人材」を世界中から獲得するようになったのだ。

「核心人材」とは「中長期的な経営戦略を実現するために欠かせない、最高レベルの専門性と力量を持つ人材、あるいは経営成果の創出に核心的な役割を果たす人材」と定義されており、3つのランクがあるという。

「『S(スーパー)級』『A(エース)級』『H(ハイ・ポテンシャル)級』です。『S級』は、高い潜在能力をもっていて、実際の仕事において優れた成果を上げる人、または特定の分野で世界的に認められている人です。(略)『S級』の人材のなかには、社長より多くの報酬をもらっている人が少なくありません。報酬は青天井です」

 アメリカ、EUなどの先進国のほか、ロシア、インドなど新興国からも広く優秀な人材の確保を始めた。なかでも日本からは多数の技術者がサムスンに移った。業績不振からリストラを迫られていた日本の電機メーカーの半導体技術者は続々とヘッドハンティングされた。

「一説によると、サムスン電子には現在も、ソニーや東芝、三菱電機などを辞めた技術者が数百人働いているといわれる」(同書より)

 成果だけがすべてのグローバル企業へと生まれ変わったサムスン。李健熙氏が1987年に会長就任時は9.9兆ウォンだったグループ売上高を、25年後の2012年に約38倍の380兆ウォンにまで増やしたのだ。

 しかし、こうした成長の一方で、サムスンは社内にとてつもなくブラックな実態を抱えている。苛酷な社内競争や過重労働、上意下達の社風によって、「入社3年で25%が辞める」という現実があるのだ。この数字は、5~7%とされる日本の一般的な入社3年離職率と比べて、明らかに高すぎる数字だ。

 前述の派手なヘッドハンティングにしても、「技術を盗んでいるだけで人材は使い捨て」という指摘がある。海外のメーカーから移ってきた技術者たちはもっている技術をすべて吐き出してしまったら、2、3年で会社を追い出されてしまうというのだ。

 著者の張氏はこの問題について、こう一蹴する。

「『捨てられる』といいますが、技術顧問などで引き抜く人材は『S級』ではありませんよ。そのレベルの技術は、数年で賞味期限が切れるので、もともと3年契約になっているはずです。最初から3年契約なのに、契約が切れたからといって、『捨てられた』というのはちょっと……。契約期間は初めから決まっているんです。もちろん、それ以上、長期に必要な人材なら、契約を更新します。(略)優秀で10年以上勤めるような人もいるんですが、なぜか日本のメディアには、3年で辞めた人の話ばかり出てくる(笑)」

 そして、「サムスンが技術者を盗む」と非難する日本企業に対しても、こう切り返す。

「非難するより、その技術者たちはなぜ、サムスンにいかざるを得なかったのかを考えるべきではないでしょうか。内部の頭脳流出を防止し、全世界から優秀な人材を迎え入れるべきではないかと思いますね」
「バブルが弾けて以降の日本企業には、未来に向けた戦略やビジョンが、ほとんどなかった。ましてや、未来の事業戦略のもとに、人材を確保しようという気運は生まれなかった」

 しかも、サムスンはこれだけ新自由主義的な競争原理を導入しながら、日本の大企業のような超体育会的“心身鍛錬”研修を行っているらしい。

「じつにさまざまなプログラムがあります。新入社員の25泊26日にわたる合宿は、その一つです。サムスングループには、毎年、約1万人の新卒社員が入ります。彼らは国内13か所にある研修所で、一斉に研修を受けます。研修は朝5時半から夜の9時までみっちり行われます。(略)内容はほとんどが参加体験型です。先輩社員が後輩社員の指導を行います。このほかロッククライミングなど、心身鍛錬プログラムが行われます」

 労働基準法(韓国では勤労基準法)無視の研修のほかに、一気飲みなどを強要するノミニケーション(2012年にサムスンは「節酒キャンペーン」をしたのだとか)、上司が朝6時半に出社すれば部下も強制的に朝6時半出社の上意下達……日本のブラック企業と変わらない企業風土があるのだ。これでは25%が辞めるのも当然だろう。

 しかし、張氏はこう開き直る。

「25%が自主的に辞めてくれるのは、人事担当者として正直ありがたいことなんです」
「夢がある人は、夢を実現するために頑張ります。その過程に、満足や幸福がある。ですからいわれた通りに働くサラリーマンには、幸福はないんじゃないですか」

 ほとんど、ブラック企業の人事担当者のようだが、実際、李健熙会長の「新経営」改革とは、韓国の新自由主義政策を先取りした労働者使い捨て経営だったといっていいだろう。

 張氏の本には一行も出てこないが、「週刊FLASH」(光文社)2014年1月21日号「日本より筋金入り…元社員ら語る“サムスンのブラック度”」では、労働組合に参加したために生活難に追い込まれたサムスンの労働者の自殺が報じられている。

 同記事によればサムスンは、労働組合の組合員には、労組を抜けるよう強要し、従わない労働者への仕事の割り当てを減らし、生活難、そして自殺に追い込むのだという。さらに、女性労働者は人権無視の使い捨て状態にあるとも書かれている。

「たとえ小さなミスでもすぐ解雇されます。『ひとつ取得したら、ひとつ失うのは当然だ』と上司に言われ、2人めの子供を産んだ女性従業員は暗黙裡に退職を勧告されました。1日中立ち仕事を強要された妊婦が流産した例もありました。なかには従業員を監視するスパイのような人間もいるほどです」(同記事より)

 しかし、こうしたサムスンの労働者使い捨て経営による急成長と失速を、「対岸の火事」「嫌韓」といったスタンスで眺めていると痛い目にあうことになるかもしれない。

 日本の大企業経営者にとっても、成果主義を導入し、技術者を使い捨てできるサムスンはうらやましい存在。「サムスンと対等に競争をし追い抜くために」という口実で、アベノミクス第3の矢である大々的な規制緩和を断行し、労働などの“岩盤”規制の穴をあけようという動きが勢いづきかねない。

 経営者が富を独占し、労働者を使い捨てにするサムスンは明日の日本企業の姿かもしれないのだ。
(小石川シンイチ)

最終更新:2017.12.13 09:31

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