『ONE PIECE』は“反日”を乗り超えるための書だった?

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『ワンピースに学ぶ反日問題』(ヴィレッジブックス)

 韓国で初の開催となる漫画『ONE PIECE』(以下、ワンピース)の企画展が急遽中止となった。新聞・通信各社が7月10日、いっせいに報じた。企画展はソウルの「戦争記念館」で12日から開催予定だった。報道によれば、「原作に旭日旗に似た絵がある」という抗議により、一部を国費で運営されている記念館側がスペースの貸し出しを取りやめたためだという。

 この決定は日韓両国にとって非常に惜しむべき事態である。それはたんに文化交流の機会がなくなったというだけではない。その『ワンピース』という作品のなかに、どうも反日や嫌韓・反中を乗り超えるヒントが隠されているらしいからだ。ウソではない。そう書いている本が存在するのである。奇しくも中止劇の約1ヶ月前に出版されたその本の名はずばり『ワンピースに学ぶ反日問題』(ヴィレッジブックス)。著者はフリーアナウンサーの長谷川豊…と聞いて、ページを閉じようとした方は、ちょっと、ちょっと待っていただきたい。

 たしかに、長谷川アナといえば、フジテレビ社員時代のニューヨーク駐在中、滞在関係費用を不正使用したとして懲戒処分をうけ、その後も女子アナの裏話を暴露するなど、お騒がせ男として知られている。

 しかし一方で、ブログなどで独特の意見と文体を披露してきた長谷川アナは、自らへの批判者をネトウヨと見なして徹底的に糾弾してきた。本書のなかでもネトウヨに対し「ただの卑怯で下品な人間たち」と、容赦のない攻撃を浴びせている。

 もしかしたら、彼はネトウヨとの戦いを通じて、日韓・日中の対立を乗り越える方法を見いだしたのではないのか。しかも、今回問題になった『ワンピ―ス』がそれを教えてくれるというのだ。読まないわけにはいかない。

 というわけで本書を紐解いてみたのだが、冒頭からとにかく延々と『ワンピース』礼讃が続く。

「『ワンピース』は漫画でありながら、私の中では完全に漫画という概念を超えている。これは一つの『文学』だと思う」、「宗教の教えのようなようなものに近いのではないか」と、自身の“ワンピース愛”を猛烈にアピール。『ワンピース』作者の尾田栄一郎を「尾田先生」と呼んでいるのがちょっとこそばゆい。

 さらには「実際に『ワンピース』の文学的な側面を見るために、文字数を調べてみた」という奇怪な行動も。長谷川アナの調べによると『ワンピース』740話では17のページ数のなかに1953文字が入っていたそうだ。「週刊少年ジャンプ」のなかから「ランダムに選んだごく普通の漫画」は「なんと文字数が842文字!」と誇らしげに比較する。

 曰く、その「驚異的な」字数が『ワンピース』の「文学性」を支えているらしい。ちなみに筆者の愛読書『SLAM DUNK』(集英社)の#275を見てみたところ、台詞は主人公桜木花道の「左手はそえるだけ…」のみで、わずか9文字だった。あくまで参考である。他意はない。

『ワンピース』を褒め讃えたいのは分かった。それで結局、「反日問題」とどう関係するんだよ?とやきもきしていると、第3章でようやく本格的な考察が始まる。この世界の「正体」を暴いていくらしい。胸が高鳴るではないか。

 まず、長谷川アナが目をつけたのが、『ワンピース』の作品の中に登場する「空白の100年」と呼ばれる語られない時代のことだ。長谷川アナはそのときに「世界政府」が歴史の編纂を行ったと主張し、では、「韓国の朴槿恵大統領、そして中国の習近平国家主席はどうか」と問いかける。つまり、中韓の歴史認識にも同じような操作があると言いたいらしい。でも、それってわざわざ『ワンピース』やら「空白の100年」やらをもち出して言うようなことなんだろうか?

 しかし、長谷川アナはそんな疑問もおかまいなしにどんどん話を進めていく。「尾田先生が暴いた反日問題の正体の一つに、空島の戦いから読み取れる領土問題がある」という。占領された土地を取り戻そうとするだけで、侵略者やテロリストと呼ばれる。これは竹島、尖閣諸島に限らず、「世界中に存在する領土問題に対する鋭い皮肉が含まれている」らしい。で、突然「尾田先生が描く宗教観とでもいうべきものについて、思い切ってきりこんでいこう」と息巻き、「靖国神社は結局のところ、ただの『木でできた建物』だ」と言いきるのだ。『ワンピース』にはそんなくだりは一切ないのだが……と呆然としていると、長谷川アナは続いて、作中の伝説的海賊である白ひげが放つ台詞から、従軍慰安婦問題の解決法を引き出す。

「親の罪を子に晴らすなんて滑稽だ… エースがおめェに何をした…!? 仲良くやんな…」(58巻、536話)という言葉。これこそが鍵であるらしい。「日・韓・中すべての人になによりも伝えたい、伝えなければならない名言中の名言だ。この言葉以上に、もはや説明の必要がないからだ」と、感動に打震えながら語る。長谷川アナによると、主人公モンキー・D・ルフィにも同じニュアンスの台詞があるのだという。

「じいちゃんに言えよ」

 おう、めちゃくちゃシンプル。なおこの台詞、本書では708話(71巻収録)からの引用とされているが間違っている。ルフィの台詞は「じいちゃんに言えよ」ではなく、「そんなのじいちゃん恨めよ!!」が正しい。まあ、それは置いておくとしても、実際に韓国側から「従軍慰安婦の責任は?」と問われたとき「じいちゃんに言えよ」と居直ったところで納得が得られるとは思えないのだが……。

 気を取り直そう。ヒントは恋愛エピソードにもあるらしい。ルフィの海賊団の一員であるサンジは、涙を武器に迫ってくるヴァイオレットという美女に恋をした。彼女は敵対する海賊団の一員だった。結果、騙されて拷問めいたことをされながらもサンジは叫ぶ。「おれは女の涙を疑わねェっ!!!!」

 ヴァイオレットは複雑な心境の変化のなかで、しだいに敵であるサンジに協力していくことになるのだが、どうやら長谷川アナはここにも希望を見出したようだ。

「私たちは日本という国の一員だから、全韓国人と戦わなければいけないのか。中国国民一人ひとりが、日本人全員と憎しみ合わなければいけないのだろうか。そんなこと、あるはずがない。どの国にもサンジが、ヴァイオレットがいるはずだ」

 まあ、言わんとするところはわかる。不可解なのはこの段落の直後。国家の枠を越え個人で信頼を勝ちとる例として、AV女優の蒼井そらをひっぱってきていることだ。

「しかし次第に、彼女自身が中国語を学び、相手に対する敬意と歩み寄る姿勢を見せ、また中国側も蒼井さんの魅力にときめき、〔中略〕、セクシー女優という枠だけではくくれない、日本の精神的な大使とまで呼ばれるようになったのである」

 確かに蒼井そらは中国で絶大な人気を誇る日本人。でも『ワンピース』とは関係ない。無理矢理に言うなら、絶世の美女キャラであるハンコックに少し似ていることぐらいか……。

 首を傾げたまま読み進んでいくと、本書は最後にこんな文章で締めくくられる。

「やっぱり人間はもっと仲良くしなければいけない、人間対人間のつき合いなんて、もっとシンプルなものなんだ、というルフィたちの教えや生き様が多くの人につながるといい。実はワンピースでルフィたちが探している『ひとつなぎの大秘宝』というのは、『この漫画によって世界がひとつなぎになる』ということなのではないか」

 70巻以上続く『ワンピース』がこんなかたちでまとめられるとは。ところで、「反日問題」解決のヒントというのは、さっき挙げた「じいちゃんに言えよ」とか「サンジとヴァイオレットになれ」というようなやつだけ?

 たしかに近年、「ワンピース」や「ルフィ」の文字を書名に記した書籍が数多く出版されている。『「ワンピース」に学ぶ仕事術』、『「ワンピース」に学ぶ勝利の交際術』、『「ワンピース」に学ぶ就職活動』(以上、平居謙/データ・ハウス)、少しひねって『モンキー・D・ルフィの「D」はドラッカーだった』(阿部美穂/経済界)などなど、挙げていけばきりがない。しかし、いくらなんでも、これはどうだろう……。

 韓国や中国で高まる反日、そしてその陰画のようにエスカレートする日本の嫌韓、反中……両者の不毛な対立を乗り越える方法があるならぜひ知りたいと期待してきたが、どうやら今回は完全に空振りに終わったらしい。

 しかし、長谷川アナはルフィから「クヨクヨすんなよ」というメッセージを受け取ったという。それは「時間の無駄でしかない」と。いやはや、まったくそのとおり……当たり前だ!!!!!(ドン!)
(HK・吉岡命)

最終更新:2018.09.27 01:07

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