「トランプに皮肉」と話題の村上春樹が過去にはもっと本気のトランプ批判! 安倍の歴史修正主義にも言及

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川上未映子・村上春樹 著『みみずくは黄昏に飛びたつ』新潮社 刊

 日本で昨年2月に出版された村上春樹『騎士団長殺し』(新潮社)の英語版が、10月9日にアメリカで出版された。

 それに先立って10月6日にニューヨークで行われたイベントに村上春樹が出演したのだが、その席で村上春樹がトランプ大統領に対して皮肉を述べていたとNHKなどでも報道され、話題となっている。

「年齢を重ね、小説家であるとともに紳士であろうとしているが、トランプであると同時にオバマであるかのように難しい。大事なのは、払った税金の額や過去のガールフレンドについて語らないこと、そしてノーベル文学賞について考えないことだ」(2018年10月7日付「NHK NEWS WEB」より)

  これだけでは、伝わりづらいかもしれないが、しかし、これまでの村上のトランプ大統領への言及を振り返ると、村上の真意が浮かび上がってくる。たとえば、そのひとつが、川上未映子との対談本『みみずくは黄昏に飛びたつ』(新潮社)だ。

 トランプ大統領が就任した2017年1月に行われたこの対談のなかで、村上は、大統領選挙においてトランプ大統領が一連のスピーチによって示した、人々の無意識にもっている負の感情に訴えかける方法論が、確実な成果を生み出していることに対する危機意識を述べていた。

 「デマゴークとまでは言わないにせよ、古代の司祭みたいな感じで、トランプは人々の無意識を煽り立てるコツを心得ているんだと思う。そしてそこではツイッターみたいな、パーソン・トゥー・パーソンのデバイスが強力な武器になっている。そういう意味では彼は、その論理や語彙はかなり反知性的だけど、そのぶん人々が地下に抱えている部分をとても戦略的に巧みに掬っている」

 そして、村上は、「一階=社会的な意識のある心の領域」「地下=無意識」というたとえ話を使いながら、トランプ大統領が訴えかけている場所と、オウム真理教の麻原彰晃が訴えかけていた心の場所は同じだと指摘して、危惧を語っている。

「家の喩えでいうと一階部分の世界がそれなりの力を発揮しているあいだは抑え込まれているけど、一階の論理が力を失ってくると、地下の部分が地上に噴き上げてくる。もちろんそのすべてが「悪しき物語」であるとは言えないけれど、「善き物語」「重層的な物語」よりは「悪しき物語」「単純な物語」の方が、人々の本音により強く訴えかけることは間違いないと思います。麻原彰晃の提供した物語も、結果的には間違いなく「悪しき物語」であったし、トランプの語っている物語もかなり歪んだ、どちらかといえば「悪しき物語」を引き出していく要素をはらんでいるのではないかと僕は感じている」

「「悪しき物語」というのはおおむね単純化されているし、人の心の表面的な層に直接的に訴えかけてきます。ロジックがはしょられているから、話が早くて、受け入れやすい。だから、汚い言葉を使ったヘイトスピーチのほうが、筋の通った立派なスピーチより素早く耳に入ってきます。」

 こうした「悪しき物語」が跋扈しているのは、もちろんトランプ大統領のアメリカだけではない。村上は同対談のなかで、「悪しき物語」は「集合的なもの」だとして、日本における歴史修正主義についてもこのように指摘する。

「日本人は自分たちだって戦争の被害者だという意識が強いから、自分たちが加害者であるという認識がどうしても後回しになってしまう。そして細部の事実がどうこうというところに逃げ込んでしまう。そういうのも「悪しき物語」の一つの、何というのかな、後遺症じゃないかと僕は思います。結局、自分たちも騙されたんだというところで話が終わっちゃうところがある。天皇も悪くない、国民も悪くない、悪いのは軍部だ、みたいなところで。それが集合的無意識の怖いところです」

 自分たちが加害者であるという認識を後回しに、細部の事実に逃げ込む。こうした歴史修正主義もまた「悪しき物語」の後遺症のようなもの。村上はそう指摘している。

  トランプ大統領や安倍首相ら歴史修正主義勢力について言及したのはこの時だけではない。

 2016年10月30日、デンマークで開かれたハンス・クリスチャン・アンデルセン文学賞の授賞式で、村上はアンデルセンの『影』という小説をモチーフにしながらスピーチを行っている。

 この『影』という作品は、ある男が美しい女の住んでいる向かいの家を覗き見るため、自分の影を切り離して覗きに行かせるのだが、その影はそのまま主人公のもとに帰って来なくなる。そして、数年後、出て行ってしまった自分の影は人間としての実体を手に入れ、主人公は影の奴隷にされて殺されるという物語だ。

 村上は『影』を取り上げることで、自らの「影」、すなわちネガティブな側面と対峙し受け入れることの重要性を説き、さらに、それは個人の問題のみならず、社会や国家に関する問題でもあると語った。

 「影と向き合わなければならないのは、ひとりひとりの個人だけではありません。社会や国家もまた、影と向き合わなければなりません。すべての人に影があるのと同じように、すべての社会や国家にもまた、影があります。明るく輝く面があれば、そのぶん暗い面も絶対に存在します。ポジティブな部分があれば、その裏側には必ずネガティブな部分があるでしょう。
 ときに、私たちはその影やネガティブな部分から目を背けがちです。あるいはこうした面を無理やり排除しようとします。なぜなら人は、自らのダークサイドやネガティブな性質を、できるだけ見ないようにしたいものだからです。しかし彫像が確固たる立体のものとして見えるためには、影がなくてはなりません。影がなければ、ただの薄っぺらい幻想にしかなりません。影を生み出さない光は、本物の光ではありません。
 どんなに高い壁を築いて侵入者が入ってこないようにしても、どんなに厳しく異端を排除しようとしても、どんなに自分の都合にいいように歴史を書き換えようとしても、そういうことをしていたら結局は私たち自身を傷つけ、滅ぼすことになります。影とともに生きることを辛抱強く学ばなければいけません。自分の内に棲む闇を注意深く観察しなくてはなりません。ときには暗いトンネルのなかで、自らのダークサイドと向き合わなければなりません。もしそうしなければ、やがて、あなたの影はもっと大きく強くなり、ある夜、あなたの家のドアをノックするでしょう。『帰ってきたよ』とささやきながら。
 傑出した物語は多くのことを教えてくれます。時代や文化を超えて学ぶべきことを」(編集部訳)

 具体的に名指しはしていないものの、このスピーチは、排外主義を標榜するトランプ大統領の登場、排外主義や歴史修正主義の姿勢を一向に改めようとしない安倍首相、そして、彼らを支持する人々を意識したものであることは明らかだろう。

『騎士団長殺し』は歴史修正主義と対決する小説だった!

 周知のとおり、第二次安倍政権の誕生以降、日本における歴史修正の動きはどんどん勢いを増している。それに抵抗するように、近年の村上は、歴史修正主義の問題に向き合い、戦争責任について繰り返し批判している。

 そして、このほど英訳が出版された『騎士団長殺し』の物語の根幹のひとつもまた、そうした歴史修正主義との対決だ。詳しくは本サイトの既報(https://lite-ra.com/2017/05/post-3157.html)をお読みいただきたいが、同書には第二次世界大戦をめぐる記述が多くあり、なかでも大きく話題になったのが、南京大虐殺をめぐる歴史修正に直接言及する場面だ。

〈「いわゆる南京大虐殺事件です。日本軍が激しい戦闘の末に南京市内を占拠し、そこで大量の殺人がおこなわれました。戦闘に関連した殺人があり、戦闘が終わったあとの殺人がありました。日本軍には捕虜を管理する余裕がなかったので、降伏した兵隊や市内の大方を殺害してしまいました。正確に何人が殺害されたか、細部については歴史学者のあいだにも異論がありますが、とにかくおびただしい数の市民が戦闘の巻き添えになって殺されたことは、打ち消しがたい事実です。中国人死者の数を四十万人というものもいれば、十万人というものもいます。しかし四十万人と十万人の違いはいったいどこにあるのでしょう?」〉

 この記述に百田尚樹をはじめ右派論客や右派メディア、ネット右翼らが噛みつき大きな非難を浴びせていたが、これの記述以外にも、日本兵による中国人捕虜の虐殺場面を生々しく描いたり、あるいは日本とナチスとの同盟関係、日本がナチスへの加担についても作中で繰り返し指摘するなど、作品全体を通して戦争という負の歴史に向き合い、安倍政権的な歴史修正主義と対決する姿勢が貫かれている。

 日本がかつて犯した罪から目を背けることは、すなわち、「悪しき物語」「単純な物語」に耽溺することであり、また、自らの「影」を切り離すことでもある、と。

右派の攻撃を恐れ、村上春樹の歴史修正主義批判を伝えない日本メディア

 村上自身、『騎士団長殺し』出版直後の2017年4月2日付毎日新聞のインタビューでも「歴史というのは国にとっての集合的記憶だから、それを過去のものとして忘れたり、すり替えたりすることは非常に間違ったことだと思う。(歴史修正主義的な動きとは)闘っていかなくてはいけない。小説家にできることは限られているけれど、物語という形で闘っていくことは可能だ」と語っている。

 歴史修正主義の動きと、物語という形で闘っていく――。村上自身が、ハッキリとそう宣言しているのだ。その“闘うための物語”が『騎士団長殺し』であることは、言うまでもない

 また、作品を書き始める直前の2015年7月に行われた前述の川上との対談で、村上はこんなことを語っていた。

「どっちかというと最近は、右寄りの作家のほうが、物言ってるみたいだし」
「そのことに対する危機感みたいなものはもちろんある。でもかつてよく言われたような、「街に出て行動しろ、通りに出て叫べ」というようなものではなく、じゃあどういった方法をとればいいのかを、模索しているところです。メッセージがいちばんうまく届くような言葉の選び方、場所の作り方を見つけていきたいというのが、今の率直な僕の気持ちです」
(前掲『みみずくは黄昏に飛びたつ』より)

「右寄りの作家のほうが物言ってる」ような状況に対する「危機感」があり、「メッセージがいちばんうまく届くような言葉の選び方」を「見つけていきたい」。その夏、安倍政権は独裁的手法で安保法を強行成立させ日本を戦争のできる国に変え、同時に70年談話で過去の戦争責任をなかったことにした。そして、書き始められたのが、『騎士団長殺し』だ。

 しかし、残念ながら日本のマスコミは、こうした村上の歴史修正主義批判をほとんど報じていない。村上の新作が出版されると夥しい数の論評や深読みがなされるのが恒例で、『騎士団長殺し』についても多くの論評が出ているが、歴史修正主義の問題について掘り下げたものはほとんどなかった。

 本稿冒頭で挙げたトランプ大統領への揶揄の裏側言及じたいはたいしたものではないが、トランプ大統領や安倍首相など、世界中の極右政治家たちや彼らを支持する人々への危機感があったはずだ。

『騎士団長殺し』の英訳出版を機に、歴史修正主義との対決という側面もふまえた論評がなされ、日本でも村上春樹の真意が少しでも広まることを願いたい。

最終更新:2018.10.14 10:44

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