沖縄戦を描いた映画『ハクソー・リッジ』が“沖縄”を隠して宣伝…背景にはネトウヨの“反日”攻撃への恐怖

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『ハクソー・リッジ』公式ツイッターアカウント


 今月24日に日本公開されたメル・ギブソン監督作品『ハクソー・リッジ』だが、その公開時の宣伝のやり方をめぐって疑問の声が噴出している。

『ハクソー・リッジ』は、キリスト教の教えを厳格に守るため武器をいっさい持たず衛生兵として沖縄戦に従軍し、ひとりも殺すことはなく、逆に75人の命を救った実在の人物デズモンド・ドスを主人公とした戦争映画。主演は、『アメイジング・スパイダーマン』シリーズや、マーティン・スコセッシ監督作品『沈黙-サイレンス-』のアンドリュー・ガーフィールドが務め、アカデミー賞では録音賞と編集賞を受賞している話題作であることから、日本でも300館規模で公開されている。

 ところが、この映画の公開にともなう宣伝では、ある事実が徹底的に隠されていた。

 それは、この映画が太平洋戦争における沖縄戦を描いた映画であるという事実だ。そもそも「ハクソー・リッジ」とは、沖縄戦の激戦地である前田高地のことを指すアメリカ軍の呼称。「ハクソー(hacksaw)」は“弓のこ”のことで、「リッジ(ridge)」は崖を意味する。切り立った崖にハシゴを掛けて進軍するしかない立地のため、戦車などを用いることは難しく、壮絶な肉弾戦が行われた場所で、生き延びた兵士はこの戦闘を「ありったけの地獄を一つにまとめた」と称していた。

 しかも、沖縄戦はこの作品の根幹でもある。映画の終盤は前田高地での戦闘を描く。ヘルメットを銃弾が貫通して即死する兵士、手榴弾をお腹に受けて内蔵を飛び散らせながら絶命するシーン、両足を失い絶叫しながら衛生兵の助けを求める姿など、地獄絵図としか表現しようのないシーンが連続し、その凄絶でリアルな描写は『プライベート・ライアン』冒頭のノルマンディー上陸作戦のシーンをも凌ぐと評されている。

 ところが、日本国内の宣伝では配給会社のキノフィルムズが『ハクソー・リッジ』が沖縄戦を描いた映画であることを巧妙に隠していた。

 現在、YouTube上にアップされている予告編を確認すると、「第二次世界大戦末期、ハクソー・リッジの戦いで戦場の常識を覆す男がいた」、「戦争史上最も熾烈と言われた接近戦」、「武器を持たずに多くを救い、誰も殺さなかった兵士の実話」といったナレーションがあるのみで、沖縄の「お」の字も出てこない。どころか、日本兵の姿もあまり映らないので(コンマ数秒単位でギリギリ確認できる程度)、何の予備知識もない人だと、対ドイツ軍の戦闘を描いているのか、対日本軍の戦闘を描いているのかすらもわからないだろう。

沖縄戦であることが巧妙に隠された『ハクソー・リッジ』の広告

 この作品はテレビCMも打って大々的に広告を行っているが、そこでも同様の宣伝が行われており、「ハクソー・リッジ」という言葉の意味を知っていない限り、これを沖縄戦の映画だと認識することは不可能に近い(ちなみに、映画の公式サイトや公式ツイッターアカウントといった閉じられた場ではさすがに沖縄戦の映画であることは明かされている)。

『ハクソー・リッジ』は完全に実話ベースの戦争映画であり、ここまで執拗に沖縄戦を描いた作品であることを隠すのには明らかに不自然だ。

 ウェブサイト『BuzzFeed』で、取材に応えているキノフィルムズの担当者は、公開前日の6月23日が沖縄戦の戦没者を悼む慰霊の日であったことを挙げ、「タイミング的にも、変に煽るようなイメージにはしたくなかった。全国的にうたうのは避けた」としたうえで、このように語っている。

「沖縄の表記を前面に出していないのは、沖縄の方への配慮。舞台が沖縄であることにフォーカスして宣伝することで、観た後に複雑な思いを抱く人もいるのではないかと考えた」
「いろいろなご意見があることは認識している。直接寄せられた中にも、沖縄をもっと前面に出すべきという声も、逆に、このような“反日的な”映画を公開するのかという声もあった」

 確かに、『ハクソー・リッジ』の沖縄の描き方には、問題を指摘される箇所がある。そのなかの筆頭が、沖縄市民の被害を一切描いていないということだろう。事実、前田高地のある浦添村では〈住民の44.6%にもおよぶ4,112人が死亡。一家全滅率も22.6%という状況〉(浦添市ホームページより)であったというが、この映画には沖縄の一般市民がまったく登場しない。

 2014年に公開された『野火』で、フィリピン戦線において日本兵が置かれた地獄のような状況を映画化した塚本晋也監督も、「映画秘宝」(洋泉社)17年8月号で『ハクソー・リッジ』についてこのように語っている。

「沖縄の戦争の悲惨さは、住民の人が圧倒的に亡くなったことですので、映画はそういうところには触れませんでしたから、沖縄戦を描いた、というよりは、実在の人が働いた場所が沖縄だった、というあくまで“アメリカのひとりの英雄の姿を描いた娯楽作品”と思うべきなのかも知れません。宣伝文句から「沖縄戦」が消えているのは、そんな理由があるのでしょうか」

『ハクソー・リッジ』が歪な広告となった背景にはネトウヨによる攻撃が

 しかし、配給会社が沖縄の名をひたすらに隠す本当の理由は〈沖縄の方への配慮〉なのだろうか。

 実は、この映画には前田高地のある沖縄・浦添市が協力している。松本哲治浦添市長は、この映画に対し〈観た人たちがこの映画を通して、これまでと違った視点から戦争の愚かさや平和の尊さ、命の意味について見つめ直して頂きたいと願います。〉と『ハクソー・リッジ』公式ツイッターアカウントにコメントを寄せており、加えて、浦添市のホームページでは、映画のシーンと現在の前田高地の写真などを比較しながら、戦闘の状況などを事細かに解説する記事までつくっている。

 では、何が原因なのか? 前掲のキノフィルムズ担当者が語った「このような“反日的な”映画を公開するのかという声もあった」という言葉にその理由があるのではないか。

 先の戦争をアメリカや中国、韓国側の視点で描いた表現に対しては、ことごとく、ネトウヨから「反日だ」との攻撃が加えられてきた。これは映画も例外ではなく、太平洋戦争中に日本軍の捕虜となった実在の人物を描いたアンジェリーナ・ジョリー監督作品『不屈の男 アンブロークン』(2014年アメリカ公開、日本公開は2016年)は、ネット上で公開中止を求める運動が起き、大手の東宝東和が公開を断念。独立系の配給会社が小規模で公開せざるを得なくなった。おそらく、そういう状況になることを懸念したのだろう。

 映画評論家の町山智浩氏は『ハクソー・リッジ』の宣伝文句が歪なものとなった理由を、この『不屈の男 アンブロークン』の例を挙げながら、こうツイートしている。

〈「アンブロークン」が反日的と騒がれたために公開が遅れたので、そのような事態を避けるために沖縄戦であることを隠すことにしたのです。明らかにしていたら、こうして公開できなかったかもしれません。〉

『ハクソー・リッジ』のようなケースは氷山の一角である

 沖縄の住民への配慮か、ネトウヨの攻撃を恐れたのか、いずれにしても、今回の『ハクソー・リッジ』の“沖縄隠し”は過剰な自主規制の典型といえるだろう。

 しかも、これは『ハクソー・リッジ』にかぎったことではない。実は、いま、メディアでは「とにかく沖縄を扱うと、面倒なことになる」という空気が広がっている。沖縄における戦闘の悲惨さや基地問題を伝えるだけで、ネトウヨから「反日」「売国」といった攻撃が殺到するのだという。

 その結果、テレビでは、沖縄の歴史をほとんど報じることがなくなってしまった。さらに、その空気はドラマや映画の世界にまで広がり、まさに沖縄の悲惨な歴史が消されようとしている。

 塚本晋也監督は前掲「映画秘宝」で『ハクソー・リッジ』での沖縄市民の描き方に問題提起した後、それでもなお、このように語っている。

「でも、真っ先に言っておきたいのは、いまの若い人にはぜひ観てもらいたい映画だということです。そもそも日本が昔どこと戦争したのかという知識もあいまいになってきている若い人には、実際こんなに悲惨な戦争があったという事実だけでも知っておかなければならないと思います」

 しかし、私たちはいままさに、その戦争の悲惨さを知る機会を失いつつあるのだ。それは想像以上に危機的なことなのではないか。

最終更新:2017.12.06 03:33

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