介護施設で相次ぐ虐待、入居者を監禁する“刑務所”高齢者住宅も…最大の問題は行政の不作為だ

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長岡美代『介護ビジネスの罠』(講談社現代新書)

 川崎市の有料老人ホームで入居者3人が相次いで転落死した連続不審死事件は社会に大きな衝撃を与えた。転落死の状況に多くの不審点があるだけでなく、同ホームでは入居者からの窃盗事件、そして職員による入居者の日常的虐待行為まで明らかになったからだ。

 近年、こうした老人ホームや介護施設での“事件”は多発しているといっていい。例えば2009年に起こった群馬県「静養ホームたまゆら」の火災事件、13年の大阪市のドクターズマンションの入居者放置発覚、また今年に入っても東京北区のシニアマンションでの入居者99人に対する虐待事件が明らかになっている。

 一体、老人ホームや介護ビジネスの内情はどうなっているのか。

『介護ビジネスの罠』(長岡美代/講談社現代新書)によると、その内情は想像以上に劣悪で、不正請求や悪徳業者が跋扈する世界だという。

 現在、介護ビジネスは介護保険だけでも10兆円という巨大規模となり、今後も高齢化が進むことで成長が期待される分野だ。だからこそ、そこには様々な弊害が存在するという。

「介護ビジネスには安易な事業者の参入も目立ち、昨今は法令順守の姿勢や介護の知識がほとんどない例まで見受けられる」
「現状は利益優先の事業者が跋扈している」

 具体的な事例を見ると、そこには虐待だけでなく不正の数々や入居者への人権侵害という絶望としかいいようのない現状があった。

 まずは虐待の温床となる入居者の「囲い込み」と不正な「手抜き介護」だ。

 三重県のサービス付き高齢者向け住宅に住む佳子さん(85歳)は、入居と同時にそれまでのホームヘルパーから高齢者向け住宅担当者が強く勧める自社ヘルパーへと変更を余儀なくされた。この住宅は敷金6万円、月額は食事込みで9万円とかなりの安価がウリだった(全国相場は月14万円ほど)。

 しかし家族が面会に行った際、ヘルパーの不審な行動を目撃する。

「その日はケアプラン上では一時間のサービスが提供されることになっていたのですが、わずか20分ほどでヘルパーが部屋から引き揚げるところに出くわしたのです。ほかにも着替えや洗顔などがされていない様子が見受けられた」

 決められたサービスを提供されていない疑いを持った家族は、以前のヘルパーへと再変更したという。

「ところが、これが思わぬ事態に発展していく。
 『お母さま(佳子さん)の行動に落ち着きがなくなって、その対応に職員は追われています。警察に何度も電話をかけようとするので困っています。なんとかしてください』
 サービス付き高齢者向け住宅の職員は、まるで非難するかのような口調で家族に訴えてきたという」

 これは自分たちのサービスを使わない露骨な報復行動であり、職員は家族が頼りにしているケアマネージやーの解任や、ホームからの撤去さえも口にしたという。母親を人質に取られた形の家族にすれば口をつぐみそれに従うしかなかった。今回の事例だけではなく弱みを握られた形の家族たちは、事業者の言うがままになるしかないケースが多いようだ。

 もちろん事業者が入居者を囲い込むのは“利益”のためだ。施設によっては併設または系列サービス利用を入居条件としているところさえあるが、しかしこれはサービスや介護の面でも大きな弊害を生むという。

「メディアで優良企業として経営者が紹介されたこともある関東のサービス付き高齢者向け住宅では、朝から夕方まで入居者を併設のデイサービスに送り込み、住居棟に鍵をかけて自由に行き来できないよう管理する。外出も家族による付き添い以外は認めず、訪問介護を使うこともできない。介護サービスの自由な選択や利用が妨げられるだけでなく。“籠の鳥”のような生活を強いられるケースもあるのだ」

 もう1人、茨城県の浩さん(78歳)が入居したサービス付き高齢者向け住宅は、人間の自由と尊厳を奪われるまさに“監禁場所”“刑務所”のような場所だったという。

「携帯電話の持ち込みが禁止されており、公衆電話もない。職員がいる事務室の電話を借りることはできるものの、話の内容が筒抜けになってしまうので親族と内緒話もできない。たまらなくなって逃げ出そうとまで考えたらしいが、所持金がないため諦めたという」

 外出は禁止され、毎日部屋からデイサービスのある1階に移動するだけ。風邪を引いても放置される。また本人宛の荷物も職員に中身を調べられる。冷蔵庫や飲食物、そして金銭の持ち込みもすべて禁止だ。

 外出も禁止され、連絡手段も断たれれば、事業者から虐待などを受けても外部や行政に苦情も言えない状況に追い込まれていく。これは直接的暴力ではないが心理的虐待であり、人権侵害だ。

「介護業界は慢性的な人手不足が続いているにもかかわらず、あまりに急激にサービス付き高齢者向け住宅が増えたために、介護職はまともに教育を受けないまま即戦力として現場に出ます。管理職も育ちにくい。(略)受け皿だけが増えて、教育が追い付いていないのが現状です」

 さらに絶望的なのは、しかしこうした介護ビジネスに“不正”に対し指導する立場の行政の対応だ。著者は複数の行政に取材しているのだが、しかしまともに取り合ってもらえないことが本書では描かれている。

 そのひとつが胃ろうを専門に受け入れる岐阜県の「胃ろうアパート」のケースだ。ここでは高齢者を1日中ベッドに寝かせきりにし、排泄はオムツに垂れ流し。ポータブルトイレも置かれていない、予定された時間になってもヘルパーや看護師が来ないなど架空請求の疑いがあった。関係者が相談や通報をするも、相手にさえされなかったという。そこで著者自身が取材を敢行するのだが、こんな対応が待ち受けていた。

「筆者の取材に対しても、岐阜県高齢福祉課の担当者は煮え切らない態度を見せるばかりで、挙げ句面倒になったのか、間もなく定年を迎える職員に途中で担当を交代。その担当者ものらりくらりとこちらの追求をかわすばかりで、不毛なやりとりが繰り返された」

 関係者が改善指導を要請しても、現地に出向かないばかりか何ら指導さえしていないことも多いという。まさに公務員の不作為の代表のようだが、これが介護ビジネスをめぐるひとつの現実だ。もちろん良心的事業者もあるだろうが、弱者を食い物にしようとする悪徳業者もまた数多く跋扈している。厚生労働省によると13年度の虐待に関する通報、相談は962件に上り、うち221件が虐待と認定されているのだ。

 介護が必要な社会的弱者を食い物にする悪徳業者と、それをまともに指導できない国と行政。介護の現場そして日本社会は、高齢者を敬い1人の人間として扱う気さえないのかと暗澹たる気持ちになるが、これは決して人ごとではない。高齢者の家族を持つ人はこれから増加するし、現在は健康で若くても誰しも年を重ねれば高齢者となる。病気を患うことだってあるだろう。高齢者問題は私たち全員の問題でもあるのだ。

 川崎の連続不審死事件など悲惨な“事件”を教訓とし、悪徳介護ビジネスを監視、チェックし根絶する。事業者や国、行政だけでなく私たち国民全体が自分たちの問題として高齢化問題に真剣に向き合うことこそが大切だ。
(伊勢崎馨)

最終更新:2015.11.26 11:55

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