キャリア官僚と結婚した綿矢りさ、数年前には大失恋で作家生命の危機も

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「綿矢りさ『かわいそうだね?』文藝春秋特設サイト」より


 昨年、年の瀬の30日に、まるで芸能人のように結婚発表を行った作家の綿矢りさ。お相手は2歳年下の霞が関勤務のキャリア官僚で、「週刊文春」(文藝春秋)1月15日号の記事によれば、〈四年半前、小説の設定のため取材先を探していた際に出版社から紹介され、大学院生だった彼と知り合った〉そうだ。

 この文春の取材では、記者から結婚の実感について訊かれた綿矢は、「うーん、まだしたばかりなので、感想が生まれてくるのはもう少し後なんでしょうね。(中略)いずれ小説にするほうがつるっと出て来る気がします」と返答。しかし、じつは結婚発表から約1か月前に発売された文芸誌に、自身の結婚について匂わせる小説を発表していたのだ。

 それは、「文學界」(文藝春秋)1月号に掲載された掌編小説「履歴の無い女」。結婚して名前が変わったばかりの主人公である女性と、その妹が登場する作品なのだが、主人公は〈名前は約十年前にも、変わったことがあって、それは騙りで、私は名乗りたい名前を勝手に名乗りだした。まるで他人ごとのようなふりをして、本も出した〉と書いているように、綿矢自身を想起させる設定だ。この私小説ふうの作品のなかで、主人公は結婚への違和感のようなものを吐露する。

〈あまりにも新しい環境へスムーズに、まるで当然のように移ってゆく自分のありかたが気になった。一人暮らしの、仕事を終えて自宅に帰ってくれば、作っておいたものであれ、買ってきたものであれ、自由に食べて、それが豪華でも質素でもあんまり気にせず、眠くなったらソファでも寝てしまう、猫のような気ままな暮らしを、もう思い出せなくなっていた〉

 主人公は、違和感の正体を〈女の順応性〉と呼び、妹にこう語る。

「なんていうかさ、さっきまで独身だったくせに、結婚した途端、夫の職場の近くに買った家とかに住みだして、スーパーで片頬に手を当てながら“今日のお夕飯どうしようかしら”とか思案しだすわけでしょ。私もそれ、自然にできそうな気がするんだよね。まるで何年も前からこなしてた、当然のことのように」

 しかし、主人公より先に結婚し、出産・育児を経験している妹は、姉に共感を示す。そして、娘が重篤な病気に罹った際、ふと独身時代の感覚が戻った体験を話し、「自分は健康で良かったな」と利己的な考えが浮かんだことを打ち明けるのだ。

「いつの間にか妻として、母として、完全に演じていることさえ忘れていたけど、私の昔からの部分はずっとこうなんだな、って思い知った」
「娘とか妻とか母とか肩書きが変わっても、消せない本質って、多分だれにでもあるよ。お姉ちゃんも、いまはぜんぶ見失っているように感じているかもしれないけど、嫌でも出てくるよ」

 結婚を通して、自分の過去の履歴が無くなるような気がしていた主人公に対し、それは無くならない、消えないと言う妹。──結婚によって憂鬱が押し寄せる、いわゆるマリッジブルーを描いた作品だが、仮にこれが綿矢自身の心情だったとすれば、物語を読む限り、すでにそれは克服されているようだ。

 ひとまずは幸せそうで何よりではあるが、だが、この結婚前、綿矢には大きな失恋経験があったらしい。その失恋について赤裸々に告白しているのは、2012年1月に発売された「G2」Vol.9(講談社)に掲載された綿矢への密着取材「私、隠すのやめました」。ここでは、小学生時代のいじめ体験や、早稲田大学在学中に芥川賞を受賞したときに精神状態が不安定になったことなどを綿矢がつぶさに語っているのだが、取材をしたノンフィクションライターの河合香織は地の文章で、〈数年前に生々しいほどの失恋をした。体調を壊し、東京から京都に引っ越しもした〉と綴っている。

 “アイドル級のビジュアル”とも賞されたルックスや、インタビューから垣間見える思慮深さを考えると、外野としては「りさたんにうまくいかない恋愛なんてあるの?」などと思ってしまうが、どうやら現実はそうでもないらしい。綿矢も自身の恋愛を、「私はこの人だと思うとばーっと好きになっちゃって、だから男性から好意を向けられてから好きになるようなことはない」「私はどこまでも相手を追い詰めてしまい、その好きすぎる気持ちのせいでうまくいかなくなる」と語っているように、わりと暴走タイプであるようす。そして、先の失恋では、かなり打ちのめされたことが本人の発言からひしひしと伝わってくる。

「(失恋によって)根気と努力と希望を失いました。人を好きでいる根気、相手に振り向いてもらう努力、そして願えば叶うという希望。それまでは努力すれば何事だって叶う、人と人はわかり合えると思ってきたんです。やっぱりこんな年まで夢見がちだったんでしょう。(中略)でも、全く別の人間同士はわかり合えないということが残酷なくらいはっきりわかった。27歳になってようやく人にはわかり合えない部分があることに気づくなんて、人はとっくに知ってるのに」

 このダメージは相当大きかったようで、仕事にまで波及。失恋後は小説を書いても編集者からダメ出しの連続で、実際、大ヒットした『インストール』『蹴りたい背中』につづく3作目『夢を与える』(河出書房新社)以降は長く作品が発表されることがなかった。この間、小説を書けない葛藤から逃れるために、なんと綿矢は時給800円で洋服の販売員をしたり、結婚式場や料亭などでバイトをしていたという。華々しくデビューを飾り、史上最年少で芥川賞を受賞したスター街道から一転、失恋によって作家生命にかかわる危機を迎えていたのだ。

『夢を与える』から第4作目『勝手にふるえてろ』(文藝春秋)が発売されるまで、じつに3年。ふたたび書けるようになった理由を、綿矢は「自分だけが好きで、どうしても恋が実らない」という“愛に対する怒り”だったと話す。だが、現在の夫と出会ったのが4年半前ということは、ちょうど『勝手にふるえてろ』を発表する直前。そう考えると、新たな恋が再出発の大きなきっかけになっているようにも思える。実際、その後はコンスタントに作品を生み出し、さらには表現の幅もぐんと広がっているが、彼女には恋の充実が作家としての原動力になっているのかもしれない。

 前述の新作「履歴の無い女」の最後では、綿矢は主人公に「臆病になっちゃいけないね。大切なものを守りながらも、いろんな景色が見たい」と語らせている。結婚によって、綿矢の作品にどんな変化が出てくるのか。どんな景色が作品を通して見ることができるのか、これからも楽しみである。
(田岡 尼)

最終更新:2017.12.09 05:02

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