同期が売れていく中、苛酷な建築現場に…「プロレタリア芸人」の怨嗟の声を聞け!

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『プロレタリア芸人』(扶桑社)

 一時期のお笑いブームが過ぎ去ってから数年。テレビからはネタ番組が消え、お笑い芸人たちにとっては厳しい時代となっている。売れているのはテレビで見かける一握りの芸人のみで、ほとんどが仕事もなく食べていけない状況なのは言うまでもない。

 そんな厳しいお笑い界のなかで、まったく仕事がない中堅芸人の現実を、アルバイトという側面から浮き彫りにするのが、お笑いコンビ「ソラシド」のボケ担当・本坊元児の著書『プロレタリア芸人』(扶桑社)だ。

 本坊元児は、1978年生まれの愛媛県出身、よしもとクリエイティブ・エージェンシーの養成所・NSC大阪の20期生。麒麟やアジアンが同期で、1期後輩にはロバートや森三中(ともにNSC東京)、2期後輩にはキングコングやウーマンラッシュアワー村本大輔などがいる。

 2001年に同期の水口靖一郎とソラシドを結成し、大阪を拠点に活動していたが、同期や後輩たちが次々とブレイクするなか、売れないままの生活が続く。

 当時、「baseよしもと」という若手芸人が出演する劇場のレギュラーメンバーだったソラシド。劇場内では芸人内での“貧富の差”が如実に出ていたという。

「昼時のbaseの楽屋は出前を取る富裕層の芸人と、社員の井口(いのぐち)さんが持ってきてくれる、実家の商店で賞味期限切れになったパン、通称イノグチパンを食べる貧民層の芸人に分かれていました。夜は富裕層の同期に毎晩飲み食いさせてもらう僕は、この上なく惨めな生き方をしていました」

 売れない芸人としてもがいていた本坊は、仲の良かった麒麟やネゴシックス、中山功太らを追う形で相方・水口とともに2010年に上京する。この時、吉本興業の社員に「東京に行ったって仕事はないぞ」と言われたが、ビッグチャンスを求めて東京へ向かったのだ。

 しかし、ここからが本当の地獄だった。大阪時代は定期的にライブにも出演していたため、それだけで生活できるほどではないものの芸人としての収入はあった。ところが、上京したことですべてがリセット。ライブに出るためのオーディションから始めなければならなくなり、芸人としての収入がなくなってしまったのだ。

 そして、本坊は本格的にアルバイトを始める。芸人の仕事もないので、いつしかアルバイトこそが本業のような状態になっていく。

 本坊は「洋和ワークス」(作中の仮名)という建設関連の人材派遣会社に登録し、いろいろな現場で作業員として働くこととなるのだが、『プロレタリア芸人』ではその過酷な労働の実態が詳らかにされている。

 たとえば、建築物の解体工事の現場。本坊のような派遣作業員は、解体工が天井からどんどん建物を崩していくなか、その残骸を拾い集めていくのだが、作業員を悩ませるのが石膏ボードや断熱材だ。

「石膏ボードの粉塵や断熱材が宙を舞います。断熱材にはガラスの粒子があり、これが体に突き刺さり、痒くて痒くて発狂しそうになります」
「解体の翌日には目から涙と石膏が出てきます。自分の体が心配です」

 明らかに人体に悪影響があるとしか思えない状況にさらされる作業員。ちなみに、突き刺さったガラスを取り除くには「熱い風呂に浸かり毛穴が開くのを待つのが一番」だという。

 また「壁に埋め込まれた鉄枠を取り外す」という解体現場では、シャレにならないようなことも起きている。暗い部屋のなかで大きなハンマーで壁を崩した本坊は、壊したコンクリ片を抱えて、部屋の外に出た。すると、別の職人が「レベル1! レベル1!」と叫んで、本坊にビニールシートをかけたのだ。

 一体何があったのか? 実は本坊が崩したコンクリ片はアスベストを含んでおり、しかもその危険性は、発塵性がもっとも高い「レベル1」だったのだ。

 かつては建設資材として広く使われていたアスベストだが、石綿繊維を吸入することで肺がんや中皮腫を引き起こすということで、現在は全面的に使用が禁止されている。

 そんなアスベストにさらされる危険性があることを知らされずに現場に出向いた本坊は、「労災病院で調べてもらって、場合によっては大手ゼネコンにひと泡ふかせてやる」と騒ぎ立てようとするも、現場にいた3人の作業員は諦めムード。上司も「一日くらいなら大丈夫」と話し、レベル1のアスベストに少しさらされたくらいで文句を言うなという態度だった。そのうえ、作業員の1人は、

「体に害がないのなら、下手に騒ぐのは感心しない。僕だったらひとつでも恩を売っといて、楽な現場を回してもらう方がいい」

 と、この状況を完全に受け入れていたという。本坊は「染み付いた奴隷の論理をここに見た」と記しているが、もはや、日本の建設現場では作業員の奴隷化が当たり前の状況なのか? ちなみにこのとき、本坊は結局病院には行かなかったという。

 現場できついのは肉体的なことだけでない。コワモテの職人、気難しい職人も多く、その威圧感に負けてしまうこともしばしばだ。

 あるベテランの作業員から「無理なことは無理と言いなさい」「分からないことは必ず聞きなさい」と指導されていた本坊。しかし、現場の職人が怖いがゆえに何も言えなくなったり、見栄を張って知っているふりをしたりする作業員も多いのだ。

 本坊は、分からないことはなるべく聞くようにしているというが、「怖い職人がゴニョゴニョと小さい声で指示をしてきたときには、聞き返すのが怖くて一か八かで作業してしまうこともありました」と告白している。もしかしたら、やり方を間違えて欠陥建築を生み出しているってことじゃ……。

 また、本坊が「オラオラ現場」と呼ぶコワモテの作業員が集まる現場は、いろいろな意味で恐怖と隣り合わせだ。

 オラオラ現場に1人で行った本坊は、別の作業員から「今日はいいけどな、山ダムの現場はひとりで行くな」と言われたという。どうして山やダムの現場に1人で行ってはいけないのか? その理由はこういうものだった。

「ダム現場で喧嘩なんかすると、すぐにコンクリートで埋めてしまうらしい。ひとりぼっちだと行方不明になっても『仕事が嫌になって帰った』で済まされてしまうから」

 この話を聞いた本坊は現場で初めて会ったおじさんといっしょに昼食を食べたという。殺されないためには、常に誰かとコミュニケーションを取っておかないといけない。その日限りの作業だとしても、どれだけ周りの作業員が怖かったとしても、一人ぼっちは厳禁なのだ。

 ……とまあ、同書ではとにかく、こうした苛酷な建築現場の現実がこれでもかとばかりに描かれているのだ。てっきり売れない芸人のほのぼの貧乏ネタがテーマかと思って読み進めていたら、内容は現代の『蟹工船』。まさにタイトル通り、プロレタリア階級による格差社会告発本になっているのである。

 実際、本坊は政治に対してもこう怒りをぶつける。

「不在者投票にしろ当日にしろ、僕らのような派遣労働者は休みを取って投票に行くしかないのです」
「『選挙に行こう!』とよく言うけれど、一日休んだらマイナス八千五百円なのです。途中で責任を投げ出し、選挙という形で国民の手を煩わせておいて、『選挙に行こう!』じゃねーんだよ、先生」

 もはや政策がどうとかいう以前に、政治に参加する気すらおきない状況におかれているということらしい。 

 そんな本坊だが、一瞬だけプチブレイクしそうになったことがあるという。後輩芸人のとろサーモン・村田秀亮がアルバイトに明け暮れていた本坊に約2年間密着し、その様子を撮影。映像をトークライブで流したところ、それが大受け。ちょっとした話題になったのだ。

『BS吉テレ イベンジャーズ』(BS日テレ)という番組で取り上げられたのを皮切りに、『ナマイキ!あらびき団』『芸人報道』『アメトーーク!』『ざっくりハイタッチ』などの番組に苛酷なアルバイトネタで出演。さらに、このとろサーモン村田が撮影した映像が短編ドキュメンタリー映画として新たに再編集され、吉本興業が主催する沖縄国際映画祭へ出品されたのだ。

 映画も大好評で本坊は「このままいい感じに売れて、バイトも辞められるのではないか」と思ったという。しかし、現実は厳しかった。

 準レギュラーという形で出演していた前出の『イベンジャーズ』をはじめ、『あらびき団』『芸人報道』が相次いで終了。一気にメディアへの露出が減ってしまう。

「よくよく考えると当たり前のことでした。アルバイトをしている芸人なんて山ほどいるし、貧乏、アルバイトのテレビ企画なんてそうそう何回もない」と語る本坊。いや、それ以前にアルバイトネタでテレビに出るということは、アルバイトを辞められないということでもある。そんな悲しい矛盾に気づいてしまった本坊は、今までどおり、生きていくためのアルバイト漬けの日々に戻っていくのだった……。

“格差社会の厳しい現実”を知ることもできる『プロレタリア芸人』。東京五輪に向けて、日本の建築業界が活性化するであろうこの時期にこそ、国会議員の皆様には、是非ともこの本を読んでいただき、建設現場の苛酷な現実を知ってもらいたいところだ。
(田中ヒロナ)

最終更新:2017.12.13 09:32

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