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村上春樹はノーベル文学賞にふさわしいのか? 地域差別問題も論議に
つまり「ドライブ・マイ・カー」のなかで、みさきは「未知なる国から来た野性の娘」、中頓別町は「未知なる野性の国」、という虚構として描かれているのだ。
この描かれ方について、中頓別町の住民が“中頓別はそんなに野蛮な町ではないぞ”“こいつ、全然わかってないな”と感じたとしても、そう不思議はないだろう。
春樹のこうした表現は地名に限ったことではない。『ダンス・ダンス・ダンス』に登場する「文化的雪かき」という有名な表現を斎藤は挙げる。
〈それはある女性誌のために函館の美味い食べ物屋を紹介するという企画だった(略)誰かがそういう記事を書かなくてはならない。ごみ集めとか雪かきとかと同じことだ。誰かがやらなくてはならないのだ〉
物語の語り手はこの仕事を「文化的雪かき」と呼んでいる。斎藤はこの記述について「この人は飲食店の取材も雪かきもしたことがないんだな、と。両方の経験がたんまりある私からすれば、店舗紹介の記事も雪かきも傍目で考えるほど単純な作業ではない」「ここの部分は雪かきにも雑誌ライターにも、そして「ごみ集め」に対しても、じつは失礼な(もっといえば差別的な)書き方なのだ」と指摘する。
中頓別町の町議らが不快感を感じたのもまた、中頓別町に対する一種のオリエンタリズムとでもいうべき「南洋幻想ならぬ北国幻想」「幻想と差別と思い込みが一体化した視線」なのではないか。そして、「中頓別は思いつきで選ばれた代替可能なアクセサリー程度の地名だった」のではないか。夏目漱石の『坊ちゃん』や志賀直哉の『城崎にて』もたしかに松山や城崎をマイナスに書いてる部分もあるが、それでも「これらは少なくともその町を舞台にし、地名を飾りとして利用した今回のケースとは事情が異なる」。春樹自身もそれを自覚しているからこそ、単行本では地名を変更するという対応をとったのだろう。
そもそも村上春樹の小説は、日本を舞台にしていながらどこか外国の小説のような雰囲気がそれまでの日本の小説とは一線を画し、人気を獲得した。その土地固有の土着的なものは意図して排されている。『羊をめぐる冒険』の札幌、『海辺のカフカ』の高松、『色彩をもたない多崎つくると、彼の巡礼の年』の名古屋……特定の地名が使われる場合も、方言をはじめとする土着性は消され、異世界への扉として描かれているケースが多い。土着性の脱臭。だからこそ、春樹作品は日本だけでなく世界でもポピュラリティを獲得した。
しかし世界的に人気があるからといって、村上春樹がノーベル文学賞を受賞するに値する作家といえるのだろうか。トルコのオルハン・パムク、中国の獏言、ペルーのバルガス・リョサ、ドイツのヘルタ・ミュラー、そして日本の大江健三郎……作品外でも積極的に政治的発言をしている作家が多く並ぶ。作品じたいも既存の社会制度に対して異議を申し立てるような作品が多く、とくにその国のその土地固有の土着性に立脚しながら文学に昇華した作品が多い(あるいはル・クレジオ、クッツェーのような高度な言語実験的な作品)。
その意味で、この“中頓別町問題”に象徴される、春樹の地名感覚はむしろノーベル文学賞の傾向とは真逆の方向性のようにも思えるのだ。
もっとも多くの先進諸国では、かつての近代国家成立期の国民文学的な機能とは別のフェイズの文学作品が多く生まれていることもまた事実ではあるだろう。春樹が受賞すれば、ノーベル文学賞も新しいフェイズに入ったということになるのかもしれないが……。はたして、結果はどうなるだろうか。
(酒井まど)
最終更新:2015.01.19 05:07
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