オードリー若林正恭が訴えた新自由主義的な日本社会への違和感「休みなく働くことが褒められる社会はおかしい…」

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『社会人大学人見知り学部 卒業見込』(KADOKAWA)

 オードリーの若林正恭がラジオ番組で発した、「仕事」と「休み」に関する考え方がいま喝采を浴びている。

 それは、今月11日に放送された『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)でのこと。番組のオープニングトークで若林は、相方の春日俊彰に向かい、このように語りかけたのであった。

「日本人って、メチャクチャ忙しい人のことをすごく偉いと思ってるじゃない? 『なんか頑張ってるね〜』みたいな。何が偉いんだろうな、あれな。なんで偉いの? 頑張ってたら。合理的に考えたら、休んで一個一個の仕事のパフォーマンスを上げる人が偉いだろ? 休まないで一個一個の仕事のクオリティー落ちたら偉くないだろ、別に。じゃあ、なんで休みなく働いている人が偉いの?」

 労働を過剰に尊び、また、それを強制する日本社会に対して若林が異議申し立てをし始めたのには理由がある。かつて彼ら自身が過重労働に心と身体を壊されそうになった過去があったからだ。

 いまでこそ彼らは自分たちに合った無理のない仕事のペースを確立しているが、テレビに出たての時期のオードリーの仕事量はすさまじく、2010年には年間で507本の番組に出演し、その年のテレビ番組最多出演タレントにもなった。過去の『オールナイトニッポン』では、当時1日に3本〜4本の収録をこなし、朝から日付が変わるまでスケジュールは真っ黒、人にお願いして掃除や洗濯をしてもらわなければ時間的にも体力的にも生活が回らない過酷な状況だったとも語っていた。

 芸人として花開いたのはいいが、その一方で二人の心はズタボロになった。当時、ほとんど睡眠時間もなく、若林は東京・笹塚に住んでいたお笑いコンビ・ダブルネームのジョーの家で仮眠をとらせてもらうこともしばしばだったという。若林はこのように当時を振り返っていた。

「あれなんだったんだろうな、一番忙しいとき。ジョーと、また2時間したらすぐ(家を)出なきゃいけないみたいな深夜、『ドン・キホーテだけ一緒に行こう』って言って、あいつのビッグスクーターの後ろに乗って行ったとき、帰りになんか涙を流しちゃってさ。(中略)お前も言ってなかった? すっごい忙しくて、なんかで実家帰れて、それでまた実家から阿佐ヶ谷の家に戻るとき、原付で。なんか涙流しながら原付運転してたって。言ってなかった? 一番忙しいとき」(前掲『オードリーのオールナイトニッポン』6月11日放送回)

競争社会以外で生きる術を見つけるため若林正恭はキューバに向かう

 2013年に出版された若林のエッセイ集『社会人大学人見知り学部 卒業見込』(KADOKAWA)でも、当時のつらさを物語る、こんなエピソードが綴られていた。

〈ようやく仕事が増えて良かったね。八年間耐えた甲斐があったね。なんてムードだったので口が裂けても「休みたい」なんて言える空気じゃなかった。「仕事増えて良かったねー」「でも、今が今後生き残れるかどうかの大事な時期だよ!」と応援してもらっていた。
 そんな中少し変わった面白い人たちもいた。とあるグループアイドルでかつて一世を風靡しまくった方と、ひょんな流れで大阪で偶然タクシーに一緒に乗ることになった。ぼくらは緊張して黙っていると「今、全然楽しくないでしょ?」とその人は聞いてきた。「いえ、そ、そんなことないです」と言うと、「真面目だなー。わたしは全然楽しくなかったなー」と投げ捨てるように言う。それから一番忙しかった頃の話をしてくれて、宿泊先のホテルのロビーに着くと「大人にいいようにされちゃダメだよ。がんばって」と言って自分の部屋に向かうエレベーターに乗り込んで行った。「ぼくらもだいぶ大人なんだけど」と思いつつ、そういうふうに応援してくれる人もいるんだな。と嬉しかった〉

 若林は来月『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(KADOKAWA)という本を出版する予定だ。この本は、過剰な競争を強いられて消耗していく人が後を絶たない日本社会に疑問をもった彼がキューバを訪れ、改めて自分や自分たちの社会について見つめ直すという内容だという。

 若林がそのように、過重労働、拝金主義、厳格な縦社会といった日本社会の理不尽な慣例に対して疑問を抱く背景には、20代のほとんどを風呂なしアパートで過ごした長い下積み期間を経て、ブレイクしたらしたで今度は過重労働で心を壊しかけ、テレビで欠くことのできない中堅芸人となったいまでも厳しい競争にさらされているという、芸人としての彼の人生が関係しているのは間違いないだろう。

若林正恭「60歳まで残る芸人は俺ら世代で3人くらいしかいない」

 事実、テレビ・ラジオで多くのレギュラーをもついまでも、将来への不安は消えることがないと語っている。

「(売れなかった時期の感覚は)金ないとマジで病院も行けねえし、家賃も払えねえし、っていう感じ。それがなくなんないから、絶対お金使いたくないっすもん、いまも。もうすぐ稼げなくなる日が来るだろうなってずっと思ってるし」(17年6月20日放送『セブンルール』フジテレビ系)

 彼がそこまで将来に対して不安をもつのに、(生来のネガティブ思考というのもあると思うが)芸能界、特に、お笑い芸人という、競争がひときわ苛烈な場所にいるからという要素は確実にある。14年9月14日放送『オードリーのオールナイトニッポン』では、オードリーの今後の見通しを語りながら、お笑い芸人として中年以降も第一線に立ち続けることの難しさと絶望をこのように語っている。

「よく考えたら60歳まで残る芸人なんて3人ぐらいだよ、俺らの世代から。(中略)40歳までは頑張って残んなきゃって目標はちょっと立つんだけど、45歳となると急に考えられなくなるし、ここから何人残るかっていうところだよなって『爆笑レッドカーペット』のときから言われてたけど、ここからごっそり40歳までしぼられて、45歳でもっとしぼられて。で、50代の芸人って、あげてみたら全然想像つかないのよ。(明石家)さんまさん、関根(勤)さんとか、あと、高田純次さんは還暦になったのか。50代で残ってて、なんてもうレジェンドじゃん。だからもうほとんど残んないですからいまの世代。(中略)どっかでいつか必ず風呂なしのアパートに戻るんだなって思ってんのよ。(中略)この仕事できたとして40歳。45歳まで残ってたら大したもんじゃん。いまから10年残れるなんてありえない」

 いまの日本社会は、新自由主義的な価値観が世間に蔓延り、競争にふり落とされまいと長時間労働、成果至上主義、終わらない競争に自分を過剰適応させ身も心もボロボロになるまで競争させられ続ける。そして競争に負けた者は自己責任で切り捨てられる。弱者切り捨ての政策は年を追うごとにひどくなり、利潤を追い求める富める者の声はなぜか聞き入れられ、本当に助けを求めている貧しい者の声こそが国によって潰されるという、嘆かわしい傾向には歯止めがかからない。

 そんな状況下でできる抵抗とは何か。前掲『社会人大学人見知り学部 卒業見込』のなかで若林は、過剰な競争社会のなかで当たり前のように信じられている価値基準について、こう疑義を呈している。

生きるため、若林正恭は「結果」ではなく「過程」を追い求めることにした

〈結果は値がすぐに変わる。いや、下がるんだ。毎日のように現場で一緒だった芸人仲間が数ヵ月すると会わなくなる。そんなことを何度も体験した。
 ぼくは、そんなことを体験するうちに「結果」というものを唯一の社会への参加資格としていたならば、値の変動に終止一喜一憂したまま人生を送っていかなければならない。と感じた。そして、「結果」というものが楽しく生きることにおいて自分にはあまり有効なものではないように感じ始めた。
 使えない。
 ぼくは「結果」以外の基準を探そうと思った。
「結果が全てだ」という考え方が世の中には蔓延している。プロなら過程は問題ではない。「結果を出せ」という考え方だ。しかし、ぼくの胸には「結果」自体は強くは残らなかった。それは実感だった。自分の胸を探ると、掴めるのはいつも過程だった。あれをあれだけやって、めんどくさかったし、大変だったけど、楽しかったな。完璧にはできなかったけど、自分なりにやったな。そんな単純な想いだけはいつも値が下がることなく胸に残っているのだ。「結果」はいつもそういうものの後にあとだしのじゃんけんのようにやってきた。〉

 新自由主義がはびこる日本のなかでも、とくにお笑いや芸能界の激しい競争のなかを生き残ってきた売れっ子芸能人やお笑い芸人たちは、競争や成果主義を是とする者が少なくない。そして、それをつらいと感じるのは、その人が弱いせい、と。そうした弱肉強食芸能人たちの発言は、一般社会での新自由主義的価値観を強化もしている。そんななか、新自由主義を疑い相対化する若林の視点は、我々一般人にとっても非常に貴重なものだ。

最終更新:2017.12.06 03:32

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