なぜ? リベラルの星・池上彰が韓国特番でネトウヨ、嫌韓本そのままのヘイトデマ解説

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あの池上さんがどうして…(『知らないと恥をかく世界の大問題 (6)』角川新書)

 6月5日に放映された『池上彰緊急スペシャル! 知っているようで知らない韓国のナゾ』(フジ系)。戦後最悪といわれる日韓関係について様々な角度から池上彰が解説するというこの番組に、嫌韓ネトウヨたちが激怒して、一時、炎上状態となったことをご存知だろうか。

「韓国史観の垂れ流し」「池上は売国奴」「アホかこのハゲ売国野郎」「ゲストの顔が全員大陸顔にみえた」「ミエミエの嘘はやめろ、ハゲ!」「騙されるなよ、池上は日韓融和論者だからな」
 
 さすが池上さん、嫌韓批判でもしたのかと思って番組をチェックしてみたところ、しかし、どこまでいってもそんなくだりは出てこない。唯一は番組の最後に「東日本大震災の際、まっさきに駆けつけたのは韓国の救助隊と救助犬だったんですね。いつも反日といっていますが、いざという時にはお隣の国だからかけつけてくる。そういう関係でもあるんですね」といったくらいで(おそらく、ネトウヨはこの台詞に反応したと思われる)、番組の大半は韓国の反日がどう恣意的につくられていったかを追及する内容だった。

 しかも、驚いたことに、池上さんの解説の中には嫌韓本をネタ本にしたとしか思えない、ヘイトデマまでまじっていたのだ。

 そのひとつが「憲法前文に驚き記述 創られた反日建国神話」というコーナーだった。番組の中盤、池上はこう切り出した。

「韓国の人たちが、日本を嫌いっていうのを見てきたんですけど、実は、韓国の憲法前文に、その反日の原点ともいう部分が、書かれてるんですよ」

 そして、映し出されたのは、以下の韓国憲法前文の一節だった。

〈悠久の歴史と伝統に輝く我が大韓国民は、三・一運動により建立された大韓民国臨時政府の法統〉

 池上はここに書かれている三・一運動について、「日本は35年間にわたって朝鮮半島を支配してきた」「1919年の3月1日、朝鮮半島で、日本の支配に対する反対、独立運動が起きた」と紹介した後、「この『三・一運動』をきっかけに、日本の植民地統治に抵抗するための組織が、中国の上海にできた」と解説。

 そして、大韓民国臨時政府がおかれた上海が朝鮮半島と離れていることを強調する地図を出しつつ、「で、この臨時政府ってのは、日本と戦うためにつくられた政府。それを受け継いでますよ、っていうことは、反日の伝統に根ざして、この国ができたんですよ、と、憲法にはこう書かれているわけです」とまとめたのだ。

 番組では、スタジオの仕込み客の「えええ〜っ」という驚きの声をかぶせていたが、モニターのこっち側は別の意味で「えええ〜っ」である。

 たしかに、韓国憲法前文には池上のいうように「三・一運動」「大韓民国臨時政府」という単語が出てくる。しかし、それのどこが問題なのか。植民地支配されてきた国が憲法に独立運動について書くことはなんの不思議もないだろう。

 実際、韓国以外でも、植民地支配が長く続いてきた国では、憲法に独立運動のことを記述しているケースはいくつもある。たとえば、インドネシア憲法前文にはこんな記述が出てくる。

〈インドネシアの独立を目指す闘争は、インドネシア人民を、自由と主権と公正、そして繁栄あるインドネシア国家独立の扉前に平穏に導く、幸福な瞬間に到達した。〉

 それがなぜ、韓国の憲法だけは「反日のための憲法」などと批判されなければならないのか。

 そもそも、韓国憲法には実際に「反日」という言葉が出てくる訳ではない。さらに、憲法に出てくるその「三・一運動」も朝鮮半島を支配していた日本に対する独立、抵抗運動だったが、反日ではなかった。

 この運動で発布された独立宣言書では〈われわれはここにわが朝鮮国が独立国であること、朝鮮人が自主の民であることを宣言する。〉としながら、〈今日われわれの任務はただ自己の建設があるのみで、決して他を破壊することではない。〉と非暴力を宣言。

 支配国の日本に対しても憎悪を前面に出して打倒を叫ぶのでなく、〈果敢に過去の過ちを糺し、真の理解と共感にもとづく友好的な関係を切り開くことが、おたがいに禍いを遠ざけ、幸福を招く近道であることを知るべきではないか。〉と友好的な関係の構築を呼びかけている。

 この理念は当時、世界各国の民主運動家から高い評価を受け、日本でも、吉野作造、石橋湛山や柳宗悦ら多くの知識人から支持された。池上はこういう事実を一切ネグり、ただ日本からの独立運動だったという一事をもって「反日の原点」などと決めつけているのだ。これは、当然の権利主張を「反日」「在日特権」と叫ぶネトウヨと同じやり口ではないか。 

 しかも、池上のヘイトデマはこれだけで終わらなかった。続いて、憲法前文に書かれている「大韓民国臨時政府」に実体がないとして、それが「日本と戦ったという伝統に基づいて今の国ができている、という建国神話」だと攻撃し始めたのだ。

「問題はですね、『大韓民国臨時政府』が、本当に臨時政府だったのかどうか、ということ。これに関しては、多くの歴史学者が、疑問を投げかけているんですね。『大韓民国臨時政府』っていうのはあくまで自称。自分たちで言っただけという部分がある、ということなんですね」

 ここでナレーションがこう補足する。

「中国の上海で設立された『大韓民国臨時政府』。その活動資金は中国から提供されていました。しかし、朝鮮半島からは遠く離れ、統治する国民すら持たなかったため、アメリカをはじめ、連合国のどの国も、政府として認めていなかったのです」

 番組は、まるで「大韓民国臨時政府」が韓国とは無関係に上海で勝手につくられたもののように説明しているが、けっしてそうではない。先述した三・一運動で2カ月にわたって朝鮮半島各地でデモ、暴動が巻き起こったが、朝鮮総督府が武力で弾圧に乗り出し、多数の死者が出る事態となった。運動家も次々に摘発されていった。

 そのため、独立運動家が海外に逃亡し、世界各地で亡命政府をつくった。それが統合されたのが「大韓民国臨時政府」だった。資金も蒋介石と協力関係を結んでからは中国に提供されていたが、それまでは朝鮮半島各地からの寄付で運営されていた。また、この臨時政府の初代大統領は後の韓国の初代大統領・李承晩であり、後に李承晩がやったことの評価は別にして、両者の間には明らかに継続性がある。

 そういう意味では、「大韓民国臨時政府」は第二次世界大戦中、ドイツによるフランス占領に反対して、シャルル・ド・ゴール元大統領ら亡命フランス人がイギリスで作った亡命政府「自由フランス」「フランス共和国臨時政府」とほとんど変わりはない。

 池上氏は連合国に認められなかったというが、正式な政府として認められるかどうかは国際情勢にもよる。実際、政府として認められなかった抵抗組織が第二次大戦後、独立の中心となって政府を樹立したケースはいくつもあるし、先述の自由フランス、フランス共和国臨時政府にしても、アメリカとの対立で終戦の少し前まで正式な政府として認められなかった。

 また、「大韓民国臨時政府」は日中戦争が始まった後の1941年12月9日、対日宣戦布告をし、アメリカ戦略事務局と協約を結んで特務工作訓練も受けるなど、連合国と共同歩調をとっていた。

 ところが、池上はこれらの事実をすべて無視。こんな論理で、「大韓民国臨時政府」を記述している憲法が「建国神話」だと攻撃するのだ。

「(韓国は)自ら戦って国を創ったのではなくて、日本が戦争に負けて、朝鮮半島から引き揚げた後に、国が創られたわけでしょ。ある種、棚からぼた餅式に国ができちゃった。自ら戦って国を創ったという歴史がないところに引け目を感じているんではないか」
「たとえばどこかの国と戦って独立を果たした、ということであれば、プライドもありますし、誇っているわけですよね。わざわざどこかの国を悪く言う必要がないですよね。それがないもんですから、『反日』というところに、国の基準を置いている部分がある」

 ここまでくると、もうイチャモンとしか思えない。何度も言うが、韓国の憲法前文には「反日」に基準を置いていると受け取れる記述はない。終戦後、朝鮮では独立、建国をめざして、さまざまな団体、勢力が立ち上がったが、「大韓民国臨時政府」はむしろ、呂運亨らの「朝鮮建国準備委員会」や右派の金九らの勢力などよりもずっと反日色が薄かった。そして、「大韓民国臨時政府」が前面に出てきたのは、反日が理由なのでなく、もっとも反日色の薄い李承晩が権力を握ったからにすぎない。

 池上はこんな初歩的な大韓民国建国前夜の事情もすっとばして、「韓国は反日」「韓国は嘘つき」という勝手なストーリーをつくっていくのだ。

 韓国憲法前文に反日の記述(ほんとうはそんな記述はない)⇒臨時政府は実体がない(ほんとうは実体があった)⇒韓国は自分で日本と戦ってないから引け目がある(ほんとうは抵抗運動をやっていたし、宣戦布告もしていた)⇒臨時政府の名前を使って反日の建国神話をでっちあげた(ほんとうは臨時政府が一番反日色が弱い)

 なんだろう。この最初から最後まで確証バイアス丸出しの、ネトウヨっぽい陰謀史観は……と思っていたら、実はこれ、ネトウヨたちがネット上で韓国ヘイトのために書き込んでいる論理そのままなのだ。

 でも、一応、何か彼らにも根拠があるのかもしれないと思って調べてみたのだが、こういう論理や史実を主張している権威ある歴史学者はついぞ見つけることができなかった。

 見つけることができたのは、シンシアリーとあの小室直樹センセイくらい。シンシアリーは数年前から、自分の著書やブログ等で「韓国が反日なのは憲法に定められている」「臨時政府を正統性のある政府と認めているせいで、大韓民国の正統性そのものが危ない」「(韓国は)併合時代の必要性など認めません。受け継ぐは3.1運動であり、認めるは抗日闘争の精神です」などと主張していたし、小室センセイは1985年に出した『韓国の悲劇』や『韓国の呪い』(ともにカッパブックス)で、独立を自らの手で勝ち取れなかったことが韓国のルサンチマンになっているという論を展開していた。

 しかし、シンシアリーは匿名の韓国人というフレコミで、嫌韓本を多数出版している人物だし、小室センセイはファナティックな右派思想で鳴らした学者だが、専門は法社会学で韓国の歴史や国際政治はまったく専門外だ。しかも、これを出しているのはあのカッパブックスである。

 もしかしたら、池上はこんなものを参考に、「大韓民国の憲法は反日の建国神話だ」などと攻撃していたのだろうか。もちろん韓国のことを批判することも必要だし、実際、財閥支配や格差など、韓国社会には様々な問題がある。しかし、ネトウヨや嫌韓本と同じレベルでこんなずさんなヘイトデマを拡散するとは……。

 このところ、安倍政権に対して歯に衣着せぬ批判を展開する等、リベラルな姿勢を強めていたあの池上さんがなぜ、こんな番組に出て、デマだらけの韓国攻撃を展開したのか? 朝日問題の時は「売国奴」「反日」というレッテル貼りを徹底批判していたのわざわざそれを煽るような「反日」決めつけをやったのか。

 右派のフジテレビにひきずられたか。あるいはお得意のバランス感覚というヤツで、これまでのリベラルな姿勢を引き戻そうとしたのか。
 
 いずれにしても、池上さんのことは唯一、拡散力をもったリベラルだと思って期待していたので、ホントがっかりである。あ、それから、そんな池上さんに「反日」だと炎上攻撃を仕掛けているネトウヨの読解力のなさにもびっくりである。
(エンジョウトオル)

最終更新:2015.06.13 12:56

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