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最高裁DNA判決は「“托卵”女性に甘い」は本当なのか?
『夫婦親子男女の法律知識』(自由国民社)
「托卵」というネットスラングがある。カッコウなどでよく見られる、自分の卵をほかの鳥に育てさせる行為だ。それを発展させていって人間にたとえると、ネットで言う「托卵」になる。
夫ではない男の人の子どもを、夫の子どもと偽って育てること。つまり、婚姻中の不貞でできた子どもを、そうとは告白せずに育てることだ。インターネット上では、托卵した側の話も、托卵された側の話もよく出てくる。女叩きが激しいネット上では、たいてい托卵された男性側が事実を知り激怒、女性と浮気相手の男性に制裁をし、子どもとも関係を断つ。
けれど、現実はそう簡単ではない。7月17日に最高裁で出された判決は、多くのメディアを騒がせた。
「DNA鑑定で血縁がないことが証明されていても、法律上の父子関係を認めるかどうか」──裁判官の意見は割れたが、3対2で「父子関係を認める」という結論が出されたのである。
よくこの手の問題で話題になるのは、「生みの親か、育ての親か」という論点だ。けれど今回出された3件の判決のうち、1件の北海道のケースはひじょうにややこしいものだった。
2009年、女性(元妻)は当時の夫以外の男性との子どもを出産。出産後に男性は事実を知らされた。10年、夫婦は離婚。女性はのちに子どもの本当の父と結婚。以後、元夫にあたる男性は子どもと約3年間会えていない。
訴訟を起こしたのは妻側。DNA鑑定をもとに、元夫と子どもとの法律上の父子関係を取り消すように訴えていた。
ここでポイントになるのは、夫婦は子どもが1歳半のときに離婚しているということ。約4年の年月、子どもは現在の父(血縁関係上の父)と一緒に生活し、親子関係を形成している。つまり現状、「生みの親」も「育ての親」も同じ、という状態なのだ。
けれど判決は、「法律上の父子関係は否定されない」というものになった。なんだか直感的に不思議な感じがする。これはどういうことなのだろうか?
このケースは複雑すぎるので、もっとわかりやすい例で説明したい。
さまざまなケースをあげ法律や判例を詳しく説明している『夫婦親子男女の法律知識』(自由国民社)では、このようなケースが紹介されている。
──海外出張に行っているあいだに、妻が妊娠していた。生まれてくる子どもとの父子関係を否定したい──
法律では、生まれてきた子どもの父親は「その当時結婚していた相手」になる(嫡出推定。離婚をしているともう少しややこしくなる)。そのため、どう考えても自分が父親ではない場合でも、結婚している妻が生んだ子どもであれば自分が父になってしまう。否認したいときには、2種類の方法がある。
【子どもが生まれたのを知ってから1年以内】
家庭裁判所に申し立てをし、それが正当であれば否認される(嫡出否認)。
【子どもが生まれたのを知ってから1年以上】
通常は、父子関係を否認することはできない。ただし、例外として、「親子関係不存在確認の訴え」が認められれば、父子関係を否認できるケースもある。親子関係不存在確認の訴えが認められるのは、「妻が夫の子どもを妊娠する可能性がないことが客観的に明白である場合」。たとえば、長期の海外出張や受刑、別居等で離れていると、この訴えが認められることがある。
本で紹介されていたケースでは、このどちらを用いても父子関係を否定することができそうだ。では、今回問題になった北海道の訴訟ではどうだったのだろう。
近年、親子関係不存在確認の訴えの根拠として、「DNA鑑定」が持ち出されることが増えてきた。確かに、「生物学的血縁関係がない」という結果は、客観的で説得力があるように見える。北海道の訴訟でも、妻側はDNA鑑定を根拠にして親子関係不存在確認の訴えをしていた。
一審・二審では、妻側の勝訴。DNA鑑定を根拠に、父子関係が存在していないと認められた。それが覆されたのが最高裁。DNA鑑定は親子関係不存在確認の根拠にはならないという結論が出たのである。なぜ、このような結論になったのか。
当たり前のことだが、法律ができたときにDNA鑑定なんてものは存在していないし、想定されてもいない。もし、最高裁で「親子関係不存在確認の訴えにおいて、DNA鑑定を根拠にしてもよい」という判例ができてしまうと、さまざまな問題が起きることが考えられる。個々の例外的なケースを考えるのではなく、法全体のことを考えたからこそ、今回の判決は出されたのだ。
『夫婦親子男女の法律知識』では、次のようなケースも紹介されている。
──夫とのあいだに子どもができず、第三者の男性の精子を使い、夫の同意のもとに人工授精を行い、出産した。けれど出産してから数年経って、夫が「この子は自分の子ではない。父子関係を否認したい」と言い出した。夫の訴えは認められてしまうのだろうか──
現行の法では、夫の訴えは認められない。ただし、DNA鑑定が根拠として認められてしまったら、夫の訴えが通る可能性がある。
ほかにも、性同一性障害で女性から男性に性別を変更した夫と妻のケースもある。妻は第三者の男性の精子による人工授精で出産。しかし、子が夫婦のあいだの子と認められなかったため、訴えを起こした。
この裁判も最高裁までもつれこみ、13年に判決が出された。結果は「父と認める」。妻が夫の子どもを妊娠する可能性がないことは客観的に明白だが、法律上の父子関係が成立したのである。もしDNA鑑定を重視するのであれば、このケースは完全に否定されることになる。
ほかにも、「精子バンクを使用した場合は?」「強姦被害にあって生まれた子どもの場合は?」などなど、さまざまなケースは思い浮かぶ。妻はまだいい。子どもが何も知らなかった場合、「DNAが違うから、お前は俺の子どもではない」とある日いきなり言われたとしたら、その子の生活はどうなってしまうのだろう。
北海道の判決では、もしかすると父子関係を取り消されたほうが、その子にとっては幸せだったかもしれない。けれどその子1人の幸せのために、ほかの多くの子どもの利益が損なわれるのであれば、法律はそれを認めることはできない。
今回の判決を受けて、インターネット上では「女性に甘すぎる」という声が大きいようだ。確かに、もし自分が「托卵」されていたとして、その子どもをどうしたって子どもでなくすことができないのは、心情的に納得がいかないかもしれない。
しかし、DNA鑑定を全面的に認めるのには大きな問題があるのも事実だ。法律は女に甘いのではない。今まで生まれてきた、そしてこれから生まれてくる多くの子どものために作られ、運用されている。
(青柳美帆子)
最終更新:2014.07.30 01:45
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