「アイドル共産党宣言」は搾取されるアイドルたちを救えるか?

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「週刊金曜日」(2014年6月6号/金曜日)

 先日、「アイドル共産党宣言」なるものが発布された。

 といわれても、ほとんどの人はいったい何のことだかわからないだろう。最近、「週刊金曜日」(金曜日)という普段は護憲や反原発、安倍内閣批判などに取り組んでいる地味な反権力雑誌がなぜかアイドル特集を組み(14年6月6日号)、こんなタイトルの文章を掲載したのだ。

「起草者」は情報環境研究者の濱野智史。『アーキテクチャの生態系──情報環境はいかに設計されてきたか』(NTT出版)などで知られる気鋭の批評家だが、ある時期からAKB48グループ(以下、AKB)にハマり、ガチヲタ化した事で有名だ。2012年末には『前田敦子はキリストを超えた』(ちくま新書)を上梓し、AKBを〈宗教〉として考察していくなかで、ついには世界平和の実現を確信するとまで記している。

 だが、この本の出版からわずか1ヶ月後、前田と同期のメンバー・峯岸みなみの“丸刈り謝罪”騒動が起きる。「お泊まりデート」を報じられたことに対する自発的かつ衝動的な行為という話だったが、異様な光景に多くの人が拒絶反応を示した。「総選挙」や「恋愛禁止条例」など、システムや運営方針に対して「夢を見させて過酷な労働を強いる“やりがい搾取”だ!」というような批判も噴出。いわば「前田敦子はキリストを超えた」代償として「峯岸みなみは坊主になった」との解釈も成り立つ状況が起きてしまったのである。

 こうした批判に対して、これまでAKBを絶賛してきた濱野の返答は「搾取されないアイドル」を自らプロデュースすることであった。そして、「週刊金曜日」14年6月6日号に、くだんの「アイドル共産党宣言」を寄稿したのである。もちろん、これはマルクスとエンゲルスによる共産主義の綱領「共産党宣言」のパロディ。「共産党宣言」といえば「今日までのあらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である」という書き出しが有名だが、そのアイドル版である本稿が意味するところは、アイドル(=労働者)と運営側(=資本家)との対立にとどまっていない。

 濱野は実際に「Platonics Idol Platform」(以下、PIP)なるプロジェクトを立ち上げている。そのコンセプトはずばり“アイドルをつくるアイドル”。メンバーの一部が「プロデューサー候補生」として運営にも携わり、将来的には新たなアイドルグループのプロデューサーとして独立させることを目指す。そのうえで自活できるだけの収入を保証する。こうすることで「運営本部による搾取」を解消し、アイドルの世界を持続可能なものにしたいのだという。

 PIP公式サイトによれば、目標として

・2020年にAKB48グループの「メンバー数」を超える。
・PIPから独立して生まれたアイドルグループは、「PIPグループ」のメンバーとしても帰属することで、メンバー数を拡大させる。
・いわゆる「会いにいけるアイドル」として適切な「小さな規模感」(メンバーとファンの距離感が遠くなりすぎない、ファンも現場に通いやすい、メンバーも仕事で忙しくなりすぎない等)を維持。

 などを挙げている。『前田敦子はキリストを超えた』でアイドルへの「近接性」がその宗教的体験の本質だと論じたぐらいだから、いまや国民的アイドルとなって久しいAKBに「遠さ」を感じ、内心不満に思っているのだろう。ちなみに、PIPプロジェクトはねずみ講的なシステムではないこともちゃんと明示してある。

 ところで、濱野が「新潮45」(新潮社)2013年8月号に寄せた「地下アイドル潜入記」で描かれるヲタの実態はなかなか興味深い。宗教的体験を求めて「毎日のように会いにいける」アイドルのいる「地下」に潜った濱野。地下アイドルヲタは「コスパ」という言葉を必ずといっていいほど使うという。AKBの場合、握手会は1000円のCD1枚につき10秒ほどの接触。対して地下アイドルの場合、1000円のブロマイドを買うと1分間会話ができて、サインもしてくれる。これがヲタにとって「コスパがいい」ということだ。さらに、ライブの帰りにヲタ仲間と一杯ひっかけるときには、徹底して安い居酒屋(生ビール1杯30円!)へ行くらしい。相当なデフレ現象である。

 なぜこれほどまでにコスパが重要なのか。濱野の周囲のドルヲタに関していえば、20〜30代のニートだからというのが理由のひとつ。ヲタを続けるには、アイドルグッズを転売して日銭を稼ぐ身軽なニートが一番「合理的」なのだという。

 そう考えると、共産党宣言はたんなるパロディではないのかもしれない。ためしに『共産党宣言』の「共産主義」を「ヲタ」に置き換えてみればいい。

 日本ではある種の幽霊がうろついている。「ヲタ」という幽霊である。古い価値観を持つ権力は幽霊を退治しようと、神聖な団結を行っている。その権力から「ヲタ」と罵られなかった者がどこにいるというのか。こうした事実から二つのことが自明となる。ひとつ、「ヲタ」はすでに、権力から力として認められている。ふたつ、「ヲタ」がその考え方、その目的、その傾向を社会に語り、「ヲタ」のおとぎ話を党として宣言して対峙させるのに今が絶好の時である――そう、「アイドル共産党宣言」とは「アイドルヲタ党宣言」なのである。

 ヲタは市場経済の地下水脈に潜行し、地下アイドル化した膨大な数の少女たちと近接的に触れ合うことで、宗教的体験(ドーパミンの分泌)を享受する。そこでは流動性の低い共同体が成立し、疎外から解き放たれる……。持続可能なアイドルを支えるのは持続可能なヲタであるはずだが大丈夫か?なんて無粋なことを思わなくもないが、極北までいけば、みんなアイドルでみんなプロデューサーでみんなヲタ。これはもしかしたら、いかなる革命家もなしえなかった共産主義革命の最終段階「国家の死滅」が実現するということではないか。

「社会的諸関係に対する国家権力の干渉は、一つの分野から他の分野へとつぎつぎによけいなものになり、それからひとりでに眠りこんでしまう。人に対する統治にかわって、物の管理と生産過程の指揮とが現れる。国家は『廃止される』のではない。それは死滅するのである。」(エンゲルス『空想から科学へ』)

 まあ、それは冗談だとしても、この試みが成功すれば、運営がアイドル(ファンも!)を一方的に搾取しがちな現状に、少しはカウンターを浴びせられるかもしれない。

 共産主義のアキレス腱である均一化やサービスの質の低下傾向など、いろいろと懸念はあるけれども、面白い試みであることは間違いない。PIPと濱野プロデューサーの動向に、要注目だ。
(HK・吉岡命)

最終更新:2017.12.07 07:27

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