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NHK大河『いだてん』がベルリン五輪の回で「韓国併合」の悲劇に言及 朝鮮出身マラソン選手が日本代表で表彰されたシーンで
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「韓国併合」の悲劇に言及した『いだてん』(HNK公式サイトより)
2つの東京オリンピックに関わった人たちを描くNHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』。低視聴率ばかりが話題になっている同作だが、先週(第35回「民族の祭典」)の放送で注目すべき展開があった。
この回はナチスドイツ下のベルリン五輪を描いたのだが、日本の帝国主義と韓国併合がオリンピックにもたらしたグロテスクな問題に触れたのだ。
まず、『いだてん』は当時の記録映像を交えながら、ベルリン五輪がヒトラーのファシズム、民族主義、ユダヤ差別に利用されていること、日本とナチスドイツとの同盟関係を批評的に描くシーンを端々に挿入し、当時の日本がそのグロテスクな思想に無批判だったことを示唆的に描く。
たとえば、日本選手の間で「ハイル・ヒトラー」が流行り、ユダヤ人スタッフもいる選手村で「ハイル・ヒトラー」と無自覚にふざけ合っているのを見て、主人公のひとり・田畑政治(阿部サダヲ)が怒るシーン。また、狂言回し役の志ん生(ビートたけし)がレニ・リーフェンシュタールの記録映画『オリンピア』に対して「そんないいもんじゃねえよ。みんな、騙されちゃってな。日本もドイツみたいに強くならなきゃいけないって」などと突っ込み、「プロパガンダ」「ナチスの大宣伝」であった事実を説明するくだりもあった。
さらに、もうひとつ『いだてん』がベルリン五輪の負の側面に踏み込んで描いたのが、朝鮮半島出身のマラソン選手・孫基禎と南昇竜をめぐるエピソードだ。当時、朝鮮半島は「韓国併合」で日本に植民地化されていたため、ベルリン五輪には7人の朝鮮選手が「日本代表選手」として出場。孫基禎は「五輪マラソン競技日本初」の金メダルを、南昇竜は銅メダルを獲得した。
今回この2人の朝鮮選手を役者が演じることはなかったが(前週34話ではともに東洋大陸上部出身の若手芸人と映像ディレクターが一瞬だけ演じていた)、当時の実際のニュース映像を引用しつつ、登場人物たちが2人の朝鮮選手のことを話す形で物語が展開していく。主人公である金栗四三(中村勘九郎)たちが、孫と南の競技用シューズを足袋屋の播磨屋が作ったことを誇らしく自慢する会話、マラソンのラジオ中継が途中で終わって、いてもたってもいられない金栗が弟子と一緒に走り出し、「孫さん、南さんにエールを送りましょう!」「孫さーん!南さーん!負けんなー!」と叫ぶシーン。そして、孫選手が金メダルを取ると、涙して店先に「祝孫選手世界一」の張り紙を飾る。
しかし、踏み込みを見せたのは、その後、表彰台のシーンだった。「1 SON JAPAN」「3 NAN JAPAN」という競技結果を表示する会場のボードが映し出され、君が代が流れるなか、日本国旗である日章旗が上がる。次に、孫選手と南選手が表彰台で俯いている様子が流れ、日章旗掲揚のシーンが挿入されると、神木隆之介によるこんなナレーションが入ったのだ。
「表彰式で優勝した選手の出身国の国旗が掲げられ、国家が演奏されることを孫選手と南選手は知らされていませんでした」
そう、孫選手と南選手が金メダルを取りながら、母国・朝鮮が日本の植民地にされてしまったため、表彰式では母国の国旗ではなく、日本の国旗が掲げられ、君が代が演奏された。この悲劇を『いだてん』は間接的ながら描いたのだ。
金栗ら播磨屋に集まってラジオを聴いている人々の会話にもその問題は盛り込まれていた。君が代とともに孫と南のメダル獲得を伝えるラジオを聴きながら「どんな気持ちだろうね」「ふたりとも朝鮮の人ですもんね」と話す。そこで、播磨屋店主の黒坂辛作(三宅弘城/ピエール瀧の代役)が「俺は嬉しいよ」と語り始めるのである。
「日本人だろうが朝鮮人だろうがアメリカ人だろうがドイツ人だろうが、俺の作った足袋履いて走った選手はちゃんと応援するし、買ったら嬉しい。それじゃダメかね、金栗さん」
『いだてん』が描けなかった朝鮮半島出身のマラソン金メダリスト・孫基禎の怒り
金栗が感極まって、「よかです。そってよかです。播磨屋の金メダルたい。ありがとうございます」と返したところで、このシーンは終わる。
それだけだが、しかし、これらのシーン、演出からは、クドカンと制作スタッフが、当時のナチスのファシズムや日本の韓国併合によってオリンピックが歪められていた事実を何とかギリギリのところで描こうとした、その思いは十分うかがえた。いや、それだけでなく登場人物に語らせた「日本人だろうが朝鮮人だろうが…」というセリフには、嫌韓一色に染まる現在の日本の状況への批評の意味合いもあったはずだ。
安倍政権の圧力や、ネット右翼の炎上攻撃でメディアが萎縮する中、『いだてん』がこうしたメッセージを届けようとした姿勢は評価すべきだろう。
しかし、その一方で、この描き方では、当時の韓国併合の現実や朝鮮出身選手をめぐる状況をきちんと伝えきれないこともまた事実だ。
『いだてん』のなかで「どんな気持ちだろうね」と言われていた孫は、実際、表彰台の上で何を感じていたのか。孫の自伝『ああ月桂冠に涙』(講談社)には、こう記されている。
〈金メダルが首にかけられ、勝利の栄光を象徴する月桂冠が頭にのせられた。スタンドの観衆が割れんばかりの拍手を送ってくれている。私に、私のために……。
「ああ、私は勝ったんだ」
青春のすべてを賭けて、空腹に耐えながら走り続けた甲斐があった。この日のために、なんとぼう大なエネルギーを費やしたことか。数時間前の、あの炎天下での死闘がウソのように、私の心は落ち着き、いま最大の栄誉を与えられて感激に浸っている。〉
当時のオリンピック記録で金メダルを勝ち取った孫基禎を、観客は大歓声で迎えた。だが次の瞬間、孫のなかで、大記録達成の感動はまったく別のものに変わってしまった。
〈やがて、国旗掲揚となった。メイン・ポールにスルスルと上がっていく日章旗。
「あっ、あれは……」
そう、あれは日本の国旗ではないか。
「オレはコリアの孫基禎なんだ。オレは日本人ではない……」
たったいま感激にうち震えていた胸は、一転して憤怒に変わっていた。
「どうして私の優勝に日章旗が掲揚されなければいけないのだ。どうして君が代がベルリンの空に響き渡っていなければならないのだ」
これが果たして、私の優勝の代償なのだろうか。亡国民の悲惨な烙印を消しきれない焦燥感にかられて、自分がのろわしくてならなかった。〉
孫基禎は、日韓併合から2年後の1912年、朝鮮半島北西部の新義州に生まれた。貧しい家に育ち、陸上選手となって以降も日本人から差別的な待遇を受けたという。栄光に浴するはずの表彰台の上で、孫の目に飛び込んだ「日の丸」の旗。それは、自分の祖国を奪った日本が称えられているという事実、つまり、自らのルーツを否定するものでしかなかったのだ。
孫の写真から日の丸のマークを消した東亜日報に日本が加えた言論弾圧
孫はこう続けている。
〈私は、これまでたった一度だって日本のために走ったことはない。自分自身と祖国コリアのために走っただけなのだ。それなのに、いま私の優勝は……。国を奪われた悲哀とみじめさが交錯していた。そして、避けられなかった自分の、絶望的な誕生の運命を確実に意識していた。
「もう二度と走るまい」
日章旗から受ける苦痛のイメージがなくならない限り、マラソンはもう捨てよう。私はそう心に誓っていた。
声を殺してのみこむ嗚咽が、胸底深く落下していった。苦渋にゆがむ私の顔を、観衆はなんと受けとめたか。おそらく感激のあまり、涙にむせんでいるととったに違いない——。〉
孫基禎の金メダルは大衆の熱狂を呼んだが、日本人の朝鮮人へ見方はまったく変わらなかったという。〈彼らが熱望していたマラソン優勝者は、日の丸を胸に抱いた日本選手であって、朝鮮人・孫基禎ではなかったのである〉と孫は振り返っている。〈私が優勝したからといって、朝鮮人に対する人間的蔑視には少しの変化も起こらなかった。優勝ムードが希薄になってくると、彼らはかえって私の一挙手一投足を監視し始めた。彼らにとって不利な発言をするかどうか、戦々兢々としていたのである〉。
そこには、この回の『いだてん』が触れなかった事件も関係してくる。日本統治下の朝鮮紙「東亜日報」が、孫の胸部分の日の丸のマークを消すように塗りつぶした写真を掲載したことで、当局から無期限刊行停止の処分を受けた、いわゆる「日章旗抹消事件」である。
ルポルタージュ『日章旗とマラソン』(鎌田忠良/潮出版社)によれば、この写真修正の事実をいち早くキャッチしたのは軍司令部だったという。東亜日報の部長や記者らが次々に署に連行され、拷問を受けた。主要容疑者とされた5名は、総督府側に言論界からの永久追放を約束することで、ようやく長期勾留から釈放されたのである。
事件の背景には、朝鮮民族主義と独立運動の芽を潰したい当局の目論見があった。実際、事件は他紙にも波及しており、たとえば朝鮮中央日報も、東亜日報関係者の逮捕・連行を受けて表面的には社告のかたちで「一週間の休刊」を決めた。その後、朝鮮中央日報は経営難から再起できず、最終的に総督府から発行権を取り消されている。「日章旗抹消事件」は、繰り返し行われてきた朝鮮半島での言論弾圧の実例のひとつなのだ。
金メダル後も差別され続けた孫は「同じメダリストの前畑にもこんな態度で臨むのか」と
孫がこの事件を初めて知ったのは、帰国のためにシンガポールに寄港した際のことだった。前掲の自伝によれば、日本商船に乗っていた朝鮮人が小さなメモ書きを孫に渡した。そこには「注意しろ! 日本人が監視しているぞ! 本国で事件が発生、君たちを監視するようにとの電文が選手団に入っている」と書かれていた。
実際、選手団を乗せた船が日本の長崎に到着した時、孫は警察に呼ばれ「銃とかナイフのようなものは持っていないだろうね」「帰国途中、誰に会い、どのような話をしたのだ」などと尋問を受けた。
〈刑事の一人が、あたかも犯罪人を取り調べるような態度で横柄に聞いてきた。思わず激しい怒りがこみ上げてきた。これが、そもそも彼らが四半世紀もの間念願していたオリンピック・マラソン金メダリストに対する態度なのか。同じ金メダリストの前畑、田島にも、このような不遜な態度で臨むのだろうか……。〉
身辺ではいつも日本と朝鮮から2名ずつの刑事から交代で監視されていたという。朝鮮選手と親交が深い日本の有力者が訪ねてきたときも、孫は「優勝を返上したい気持ちです」と吐露している。
ベルリン五輪の翌1937年、日本は中国本土への侵略を本格化、1939年にはドイツがポーランドを侵攻し、第二次世界大戦に突入した。アジア初の開催となるはずだった1940年東京五輪は「まぼろし」となった。孫が選手として五輪の舞台に立ち、表彰台から太極旗の掲揚を目にすることはなかった。2002年、「日本初のマラソン五輪金メダリスト」は90歳でこの世を去った。現在も、日本オリンピック委員会は孫基禎の金メダルを「日本代表選手の入賞」として扱っている。
もっとも、『いだてん』ではこれから先、おそらくこれ以上、孫基禎のことが深掘りされることはないだろうし、「日章旗抹消事件」などにも触れられることはないだろう。今夜22日放送の『いだてん』第36回のタイトルは「前畑がんばれ」。一転して、前畑秀子の金メダルでピークに達した日本国内のベルリン五輪への熱狂が描かれるはずだ。
しかし、『いだてん』がこれから描くのはさらに、日本の軍国主義がエスカレートし、戦争の暗雲が広がっていく時代だ。そして、幻に終わる1940年の東京オリンピック。35話でも日本がヒトラーの協力により招致に成功したことを描いていたが、このあと『いだてん』はいったいどう描くのか。安易な「オリンピック・ナショナリズム」に一石を投じることを期待しながら、今後の『いだてん』に注目したい。
(編集部)
最終更新:2019.09.22 04:59
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