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ノーベル賞受賞、カズオ・イシグロが評論家の“ネタバレ自粛”に疑義!「私の作品はミステリーではない」
「文學界」(文藝春秋)2017年12月号
明日10日はノーベル賞の授賞式だが、日本では文学賞を受賞したカズオ・イシグロがブームだ。書店では過去の作品の品切れが相次ぎ、さまざまなメディアでもカズオ・イシグロ特集が組まれている。
そんなカズオ・イシグロだが、「文學界」(文藝春秋)2017年12月号掲載のインタビュー(「文學界」06年8月号からの再録)で興味深いことを語っていた。
小説における「ネタバレ」に関する提言である。
2005年に出版され、10年にはアンドリュー・ガーフィールドやキーラ・ナイトレイらの出演で映画化、そして、昨年には綾瀬はるか主演によりTBSでドラマ化されている『わたしを離さないで』(早川書房)。
この作品は人間の臓器移植のために作られたクローン人間を描いた近未来SFだが、主人公たちがクローン人間であることは物語の途中まで明らかにされない構造となっている。
そういった物語の構成をもっているがゆえに、メディアではその「種明かし」が作品の肝であるかのように誤解されてしまった。実際、日本の書評やプロモーション記事では主人公たちがクローン人間であることなどは徹底して隠されていた。
また、ノーベル賞受賞の報を受けて、彼の代表作のひとつとして『わたしを離さないで』を紹介したニュース番組もいくつかあったのだが、そこで「クローン人間」という言葉を使った番組がネットで叩かれるといった事態も起きている。出版から10年以上の時が経っているのにも関わらず、である。
しかし、このような読まれ方はカズオ・イシグロの本意ではなかった。彼は「文學界」のインタビューで記者から『わたしを離さないで』の構成について、「途中で、読者に種明かしをしますが、いつそれをするかが、かなり重要だと思います。いつ種明かしするかについてどれほど熟考しましたか」と質問されると、このように答えた。
「私はそれほど意識的にそのことを考えませんでしたね。自分にとってはそれほど重要ではなかったからです。これは、慎重に隠さなければいけない決定的な情報がある、殺人ミステリーではありません。本を出版して初めて、多くの読者がミステリアスだと思ったことに気づいたのです。特に書評家が、書評を書くときに、どれだけ明かしたらいいのか、悩んだことに気づいたのです」
そして彼は「サスペンス性がそれほど大きな問題になることがわかっていたら、もっと最初の方で事実の部分を明かしていたかもしれません」とまで語る(実際、映画化された際は、映画の冒頭でクローン人間であることはあらかじめ明かされている)。
カズオ・イシグロはミステリー的な読み方で失われるものがある、と
なぜなら、そのような読まれ方をすることで読者は『わたしを離さないで』という問題の核心から離れていくからだ。読者は話の筋を追うことだけにまい進し、物語が描こうとしている世界の隅々に目を向けようとはしなくなる。それこそが、この作品の肝心な部分であるのにも関わらず。
「あまりにもミステリーの部分が大きすぎて、最初に読んだときは、出てくる人物はどんな種類の人間か、この世界はどのように動いているのか、という問題にはまってしまうでしょう。それで、読者は他の面にそれほど注意を払わなくなります」(前掲「文學界」)
カズオ・イシグロが敢えてそのような物語の構成をとったのは、主人公たちが悲しい運命を背負っているという絶望的な事実を、作中で彼らが知るのと同じタイミングで読者にも知ってほしい、との思いからだった。それは、クローン人間という特殊な事情そのものにポイントがあるのではなく、「外界で起きていることの多くのことが理解できない」というすべての人に共通する「子供時代」のメタファーであり、その「子供時代」の感覚を追体験してほしいという意図だったという。
この作品におけるクローン人間は「いずれ必ず死ぬことが決まっている生を生きる存在」であり、そういった「諦念のなかで生きる」ということを描くのがこの小説の主題だ。「いずれ必ず死ぬことが決まっている生を生きる存在」……つまりふつうの人間だって同じなのだ。諦念のなかで生きるということは、老執事を描いた『日の名残り』をはじめカズオ・イシグロが繰り返し描いてきたテーマでもある。
その狙いが外れてしまったのは、世間の読み手があまりにもストーリーラインを追うことだけに心を奪われ、それ以外に目を向けるような読み方を失ってしまったからである。
その結果生まれているのが、少しでも作品の内容に触れた瞬間、「ネタバレだ!」と鬼の首を取ったかのように炎上を焚き付けられる状況である。
最近でその象徴的な事件がM・ナイト・シャマラン監督最新作『スプリット』に関する映画評論家・町山智浩氏の解説が炎上した騒動だろう。
この『スプリット』という作品はラストで唐突な展開を見せるのだが、その伏線はこの映画のなかにはなく、監督の過去作品のなかにあるため、町山氏はこのようなツイートを投稿。ヒントとして監督の代表作三つを挙げ、それらを鑑賞前に予習しておくことを勧めていた。
〈シャマランの新作『スプリット』は彼のある過去作品を観ていないとまったく意味がわからない映画なんですが、その作品を特定するとネタバレになるので『シックス・センス』『アンブレイカブル』『サイン』のうちどれか、とまでしか言えないのです。〉
〈シャマランの『スプリット』は15年以上も前の彼の初期作品を観ていないとまるで意味不明な映画になっているので、現在25歳くらいより若い人たちが楽しむために、シャマランの初期作品を観ておいたほうがいいと薦めているのです。〉
町山智浩や春日太一も過剰なネタバレ糾弾の風潮に反論
ようは、『スプリット』の作中で突如、01年日本公開のシャマラン監督作品『アンブレイカブル』 に登場したデイヴィッド・ダン(ブルース・ウィルス)が現れ、この作品は『アンブレイカブル』と同じ世界線の物語であることが明らかになるということなのだが、表立って「続編」といったかたちでプロモーションしているわけではないため、『アンブレイカブル』を事前に見ていない観客も多くいるであろうことが予想され、そして、『アンブレイカブル』を見ていないとその展開が何のことなのかさっぱりわからないまま劇場を後にすることになる。
町山氏のツイートはそのことを踏まえてのものであり、また、上記のことをズバリ指摘したわけではなく、『シックス・センス』と『サイン』という囮も組み込んだ、かなり気を使った文言だった。ところが、それに対しネット上で大炎上したのである(余談だが、この話はシャマラン監督自身もツイッターで明かしており、『アンブレイカブル』と『スプリット』の続編となる『Glass(原題)』を19年に公開予定だということも自身のツイッターアカウントで書いている)。
以上挙げてきたようなことは、「ネタバレ」を人々がかまびすしく糾弾し、そして、「ネタバレ」炎上を過剰に恐れたメディアが戦々恐々としながら情報を出すようになったことから起きているわけだが、そもそも、小説でも映画でも「ネタバレ」というものはそこまで作品受容を損なうものなのだろうか?
「WOWOWオンライン」で公開されている『日本沈没』『新幹線大爆破』の解説トークショーを収録した動画『町山智浩×春日太一の映画塾!』の冒頭で、町山氏と映画史・時代劇研究の春日太一氏はこのように語っている。
春日「映画って、わかって見たって面白いですからね、本当に」
町山「昔は『太陽がいっぱい』とか『俺たちに明日はない』とか、全部結末はテレビ(のCM)で放送して、結末はわかったまんま、それをもう一回(映画館に)確認しに行きましたよ。いきなりラストシーンで蜂の巣になって死んだりするのを、テレビの予告編とかでやってましたよ」
春日「予告編でけっこう大事な場面流してましたよね」
町山「誰もネタバレなんて言わなかったですよ。なんなんだいったい、いまの世の中」
行き過ぎたネタバレ忌避は、メディア上で批評や作品紹介の場を奪うことにつながり、そしてそれは、読者の作品の読みを歪め、また、浅くすることにつながっていく。それは、作品を受け取る側にとっても、作者の側にとっても、なんの益にもならないことだろう。
(編集部)
最終更新:2017.12.09 10:30
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