ノーベル賞受賞、カズオ・イシグロが評論家の“ネタバレ自粛”に疑義!「私の作品はミステリーではない」

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カズオ・イシグロはミステリー的な読み方で失われるものがある、と

 なぜなら、そのような読まれ方をすることで読者は『わたしを離さないで』という問題の核心から離れていくからだ。読者は話の筋を追うことだけにまい進し、物語が描こうとしている世界の隅々に目を向けようとはしなくなる。それこそが、この作品の肝心な部分であるのにも関わらず。

「あまりにもミステリーの部分が大きすぎて、最初に読んだときは、出てくる人物はどんな種類の人間か、この世界はどのように動いているのか、という問題にはまってしまうでしょう。それで、読者は他の面にそれほど注意を払わなくなります」(前掲「文學界」)

 カズオ・イシグロが敢えてそのような物語の構成をとったのは、主人公たちが悲しい運命を背負っているという絶望的な事実を、作中で彼らが知るのと同じタイミングで読者にも知ってほしい、との思いからだった。それは、クローン人間という特殊な事情そのものにポイントがあるのではなく、「外界で起きていることの多くのことが理解できない」というすべての人に共通する「子供時代」のメタファーであり、その「子供時代」の感覚を追体験してほしいという意図だったという。

 この作品におけるクローン人間は「いずれ必ず死ぬことが決まっている生を生きる存在」であり、そういった「諦念のなかで生きる」ということを描くのがこの小説の主題だ。「いずれ必ず死ぬことが決まっている生を生きる存在」……つまりふつうの人間だって同じなのだ。諦念のなかで生きるということは、老執事を描いた『日の名残り』をはじめカズオ・イシグロが繰り返し描いてきたテーマでもある。

 その狙いが外れてしまったのは、世間の読み手があまりにもストーリーラインを追うことだけに心を奪われ、それ以外に目を向けるような読み方を失ってしまったからである。

 その結果生まれているのが、少しでも作品の内容に触れた瞬間、「ネタバレだ!」と鬼の首を取ったかのように炎上を焚き付けられる状況である。

 最近でその象徴的な事件がM・ナイト・シャマラン監督最新作『スプリット』に関する映画評論家・町山智浩氏の解説が炎上した騒動だろう。

 この『スプリット』という作品はラストで唐突な展開を見せるのだが、その伏線はこの映画のなかにはなく、監督の過去作品のなかにあるため、町山氏はこのようなツイートを投稿。ヒントとして監督の代表作三つを挙げ、それらを鑑賞前に予習しておくことを勧めていた。

〈シャマランの新作『スプリット』は彼のある過去作品を観ていないとまったく意味がわからない映画なんですが、その作品を特定するとネタバレになるので『シックス・センス』『アンブレイカブル』『サイン』のうちどれか、とまでしか言えないのです。〉
〈シャマランの『スプリット』は15年以上も前の彼の初期作品を観ていないとまるで意味不明な映画になっているので、現在25歳くらいより若い人たちが楽しむために、シャマランの初期作品を観ておいたほうがいいと薦めているのです。〉

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