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大ヒットした『春画展』になぜ女性来場者が殺到したのか? 春画が女性を惹きつける理由を上野千鶴子と田中優子が分析
「ユリイカ」(青土社)2016年1月臨時増刊号
昨年、永青文庫で開かれ、20万人以上の来場者を記録した『春画展』。ロンドンの大英博物館で開かれた『春画展』(Shunga: Sex and Pleasure in Japanese Art)が9万人に迫る来場者を記録するなど、国際的にも評価の高い我が国の「春画」。その「春画」をテーマにした国内初の本格的な展覧会ということで、2015年の美術界最大のトピックとなった。
そして、この『春画展』を語る際に、とくに話題となったのがその「女性客の多さ」だ。テーマ的に女性は来場しにくそうな展覧会だが、日によっては男性よりも女性のほうが多い日もあったようで、その現象はメディアにも多く取り上げられた。実は、大英博物館の『春画展』も来場者の6割が女性であったというデータが報じられているのだが、「ポルノグラフィ」というイメージの強い「春画」がなぜ女性たちを惹き付けるのか? 「ユリイカ」(青土社)2016年1月臨時増刊号で、ジェンダー論・女性学などを専攻とする社会学者の上野千鶴子氏と、江戸文化研究者の田中優子氏が、女性が「春画」に魅せられる理由について語り合っている。
まず、二人は実際に永青文庫の『春画展』に行った時に感じた、男性の来場者と女性の来場者の様子の違いを指摘する。
田中「永青文庫の理事長である細川護煕さんがおっしゃっていましたが、細川さんはもちろん何度か会場に行ってよく様子をご覧になっているようですが、男性は解説をじっと見てときどき恥ずかしそうにちらちらと絵を見ているんだけれども、女性は堂々と見ているそうです(笑)。男の人は恥ずかしい気持ちがあるのですね。女性は何も思わないのではないでしょうか。私は何も思いません」
上野「たしかにカップルは別にして、女性同士の連れと男同士の連れを観察すると、女性はしゃべりながら見ているのに、男性は黙って食入るように見ていましたね(笑)。女性同士は感想を言い合っているような感じなのに、男性の声はほとんど聞こえませんでした」
シャイな男性たちよりも、むしろ女性たちのほうが『春画展』をより楽しんでいたようだ。もともと「春画」は「笑い絵」とも呼ばれ、みんなで笑いながら眺めるものである。ムッツリと黙って絵を見ている男性よりも、感想を言い合いながら鑑賞している女性たちのほうが、より「春画」本来の鑑賞の仕方ができているとも言える。
では、なぜ、女性たちはそのように楽しんで「春画」を見ることができるのか。それは、「春画」がきちんと「二人の関係性」を描いているからである。男が女のことを一方的に性の慰みものにするといったような構図ではなく、その絵のなかには、お互いが「性」を楽しむ「二人の関係性」が描かれている。
田中「私は「性関係の風景画」あるいは「二人のユートピアの風景画」という言い方をしたこともありますが、特に女性が見たときにそういう印象を持つものが品格がある、と思える。自分のなかにある対幻想のユートピア的なものが刺激されるということですね。性感覚を刺激されるという人もいるかもしれない。
春画はポルノグラフィと違いますから、必ず男女がいます。もちろん、男と男という場合もありますが。そこに描かれているのは二人の世界なんです。二人の世界の風景画として見たときに、それぞれの人が自分の経験のなかにある二人の世界を想い起す。描かれたものと個々人の経験とがきちんとつながったときに、いい絵だと思えると思うんですね」
「春画」を触媒にして、自分自身の経験や、それに基づいた想像を巡らせることができる。「春画」にはそのような力がある。田中氏はこんなことも語っている。
田中「喜多川歌麿の『歌まくら』に河童に犯されている女性の画があります。水面下に河童と女性、そのそばの石の上に女性が描かれている。あれは、二人の女性ではなくて、石の上の女性の想像や欲望が水面下に投影されている。こういう春画をみて楽しむというのは女性だけなのかもしれませんね。女性はこの春画を見て自分の快楽の一部を思い出す。そういう連想ができる。別にタコや河童だからというわけではなく、表情や身体の表現からそれを連想するわけです」
女性たちが絵を見ながら、こうして「性」をめぐる連想ができるのは、「春画」が女性の快楽を肯定しているからに他ならない。
上野「春画には女の快楽がきちんと描かれています。『喜能会之故真通』でも快楽はタコの側ではなく女の側に属している。もうすこし込み入った分析をしていくと、「快楽による支配」が究極の女の支配だと言うこともできますが、快楽が女に属するものであり、女が性行為から快楽を味わうということが少しも疑われていない。この少しも疑われていないということが他の海外のポルノと全然違うところなんです。能面のような顔をした、男の道具になっているとしか思えないようなインドや中国のポルノとは違う」
「春画」のなかでは、女性にとっての性の快楽がきちんと描かれている。これは西洋の人々にとって衝撃的であったようだ。前掲「ユリイカ」のなかで、浮世絵に詳しい美術史学者の小林忠氏は、『春画展』を開いた大英博物館の学芸員であるティモシー・クラーク氏より受けた指摘からこんなことを語っている。
「ティモシー・クラークさんが、たいへん多くの批評家が取り上げてくれたのだけれど、そのなかで辛口で有名な女性の批評家が日本の春画はよろしいと言ったというんですね。女性が性に喜びを得ているところがなかなかいい、男性が一方的に支配するような西洋のポルノグラフィとは異なるところがある、という批評を書いてくれたそうなんです。たしかに女性の恍惚とした表情が印象的です」
なぜ「春画」はこのような女性側からの性の眼差しを獲得することができたのか。日本文学を研究するロバート・キャンベル氏は、前掲誌のなかでその背景をこう分析している。
「絵師は男性が多いですが、春画は商品として本屋さんが営利目的でつくるものが多かったわけですから、どういう需要があるのかというのは十分に考えられてつくられているわけです。そう考えると、十八世紀や十九世紀のヨーロッパの性的な芸術がたくさんありますが、それと春画は異質なものだと思います。そこには大きな消費者として女性の存在があらかじめ意識されているからです。女性の目線というものが画の構図から読み取れることや、実際の消費者に女性が多かった。ですから、女性が春画を所持することの目的が男性を喜ばせるためということばかりではなくて、むしろ自分や女性同士で見て楽しむことこそが目的だった。叔母さんからや母から娘や女中仲間の間などで受け継がれたり貸し借りされたりしています。男性的なまなざしだけで女性が客体的に描かれているということは、実際にものに即して見ていくとありません」
「春画」のなかに女性蔑視的イデオロギーがないのは、ロバート・キャンベル氏が言うようなビジネス的な側面も確かにあるだろう。しかし、それ以上に重要なのは、江戸時代において、性にまつわることはタブー視して隠すようなものではなく、むしろ大っぴらにして祝うべきものとして捉えられていたということである。
例えば、開国直後、日本を訪れた外国人は日本人が混浴で風呂に入っていることに大変驚いたという有名なエピソードがあるが、こういった風習をはじめとして、日本には男女問わず、「性」を肯定する風土があった。前述の上野千鶴子氏と田中優子氏の対談ではこんなことが語られている。
田中「お風呂の混浴もそうですし、行水もそうですし。裸でいることが気にならない社会や時代だった。そうしたことは文化に大きな影響を与えていると思います。私がよく例として挙げるのが井原西鶴の『好色一代男』です。はじめのころ主人公の世之介が六歳なのにラブレターを書いて家の女中を誘惑しようとする場面があります。次の日に、その女中は世之介の母親と父親にその話しをするとものすごく喜んでみんなで笑うというシーンがあるんですね。これは江戸時代の空気のなかで自然なことで、性に興味を持つことはいいことだという考え方です。性に対するこうした肯定感というのは春画にもありますね」
しかし、明治以降に西洋的価値観の影響を受けて、日本においても「女性に性欲はあるのか?」といった議論がなされるなど、どんどん女性にとっての「性」の快楽の存在を否定するような考えが出てきた。こうして、江戸期にあったような「性」を言祝ぐ感性は日本人から失われてしまったのである。だからこそ、いま「春画」を見る女性にとって「春画」は新鮮、かつ、魅力的に捉えられるのであろう。田中優子氏はこう語る。
田中「春画を見ることの価値とか意味とかがあるならば、女の快楽の風景画というものが実在したということの確認だと思います。だからこそ、快楽は肯定できる。人間にとって快楽はいいものなのだ、存在して構わないのだ、ということですね」
以上ここまで、江戸期にピークに達した「春画」が、なぜ今を生きる女性たちを魅了したのかをご説明してきたが、先日当サイトで取り上げた古典エッセイストの大塚ひかり氏のように、西鶴など江戸期の文学についてはむしろミソジニーに溢れているものだったと評する見方もある。
いずれにせよ、まだ「春画」に触れたことがないという方がいたら、一度「春画」に触れてみてほしい。現代を生きる我々とはまったく異なる「性」をめぐる表現を見て、新たな「性」の世界へ通じる扉を開く貴重な体験ができるかもしれない。
(田中 教)
最終更新:2016.08.05 06:49
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