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再使用待望論が上がる亀倉雄策の「1964東京五輪」エンブレムは5、6分でテキトーに作ったものだった!?
日本オリンピック委員会公式サイトより
9月1日に佐野研二郎のオリンピックエンブレム取り下げが正式に決まってから1カ月あまり。現在では、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の会合で、不透明だった前回の選考の反省を踏まえ、今回は過去の受賞歴などは問わず多くの人に参加してもらえるよう意見交換が交わされるなど、新たな選考のための仕組みづくりが急ピッチで進められている。
そんななか、サノケン問題が大炎上しているときから、ずっとネットで盛り上がり続けている意見がある。それは「1964年の東京五輪の、日の丸のエンブレムをそのまま使ってはどうか?」というものだ。
「1964年のは今見てもかっこいい」「これでよくね」「ほんとに100年残る仕事してるよなぁパッと見てわかる」「これがレジェンドよ、亀倉雄策大先生」
しかも、これらは日の丸大好きのネトウヨだけが言っているわけではない。情報番組やワイドショーのコメンテーターたちも、このエンブレムが素晴らしいと絶賛し、2020年に再使用してはどうかと口を揃えていた。
たとえば、漫画家・やくみつるは、9月2日付けの朝日新聞電子版で、こう主張した。
〈明快で荘厳。あれを超えるデザインはない。2度目の五輪開催都市として、先人への尊崇の念を持ち、理念を継承していくことが大切〉
また、ミュージシャンの椎名林檎はさらに直接的な表現で亀倉エンブレムの再利用について語っている。
〈斯くなる上は、亀倉雄策氏による1964年ロゴを再利用するのはいけないのでしょうか。年号は変更が必要ですけれど。『東京・二度目の余裕』を見せていただきたい、などと思ってしまいます〉
たしかに、我が国のグラフィックデザインを振り返るときに亀倉エンブレムは必ず登場し、デザイナーの間でも「戦後史に残るデザイン作品」との声もあるほど、高い評価を受けてきた。騒動の元になった佐野研二郎自身も、記者会見で「亀倉雄策の影響」「DNAを継ぐ」と語っていたが、今回のコンペに参加したデザイナーの多くは、亀倉のエンブレムを意識していたという。
そして、サノケン問題が勃発した後、この亀倉デザインは前述のようにさらに評価が高まり、今や、亀倉エンブレムを評価することが、デザインやアートをわかっていることの証明であるかのような空気になっている。
しかし、亀倉エンブレムを絶賛し、その再使用を主張する人たちは、このデザインがどういうふうにつくられたかを本当に知っているのだろうか。
〈亀倉さんは締め切りを忘れていて、直前に慌てて案を提出していたのをよく覚えています。ところがふたを開けてみたら、採用されたのは亀倉さんの案だった〉
こんな証言をするのは、2020年東京五輪エンブレムの審査委員長で、1964年の東京五輪では亀倉とともにエンブレムコンペに参加した永井一正。永井は亀倉とはともに日本デザインセンターを立ちあげた盟友で、ずっとそばで亀倉の仕事ぶりを見てきた人物だが、その永井が「宣伝会議」(宣伝会議)2013年11月号で、当時の亀倉の様子をこう振り返っているのだ。
事実、そのことは、亀倉本人も認めており、1983年に出版された彼の著書『曲線と直線の宇宙』(講談社)には、こんな文章が登場する。
〈ぼくは東京オリンピックのマークの五輪をくっ付けたポスターを作りましたが、ヨーロッパ人はどのくらいの時間をかけて、どういう分割で作ったかと必ず聞くんですよ。ぼくは5、6分で作ったというと、信じられないと言うけれども、事実なんです。〉
ようするに、あのエンブレムは締め切りを忘れていた亀倉が、慌てて5、6分でサクサクッとつくったものだったのだ。もちろん、時間をかけた仕事が良い仕事とは限らないが、いくらなんでも5、6分というのは……。
では、コンセプトはどうだったのだろうか。亀倉のつくった東京五輪のエンブレムはしばしば日の丸デザインといわれるが、亀倉自身は日の丸ではないと主張している。
〈私は日の丸の旗そのものを、このシンボルにとり込むという考えは最初からしなかった。それは日の丸の旗は、白地と赤い丸とのバランスはあまりいいとは思わなかったからである。白い面積に対して赤い丸が少し小さいという感じがした〉
〈そのことで、デザインとしては弱く古い感じがしたからである。そして、どこか淋しい形を持っているのはそれが原因していると思ったからである〉
〈赤い丸が画面いっぱいにどかーんと出せば、それ自身新しい感覚の造形となりうるし、その丸い形にくっつけて金色の五輪のマークを配置すると、丸と丸とが接触して回転造形を生むと計算したからである〉
〈計算はうまく図にあたって、単純な何の変哲もない形態が相乗効果を生んで、力強い現代的な造形に変貌してくれた〉(『曲線と直線の宇宙』より)
たしかに、バウハウスをはじめとする西洋的なデザインの信奉者で、若いデザイナーが日本的エキゾチシズムに走るのを非常に嫌っていたという亀倉が、単純に日の丸を使うというのは考えにくい。前掲の『曲線と直線の宇宙』では、日の丸のデザインについてこう批判的に語ったこともある。
〈私の子供の頃から戦争の最中まで、日の丸の旗は祭日には町中をかざった。白地に丸い赤は、少し淋しいような、あるいは爽やかなような感じに見えたものだ。例えば、イギリス、フランス、アメリカ、イタリアの旗と比べたら、日の丸はまことに単純で、決してにぎにぎしい、浮き浮きしたものではない。むしろすがすがしい淋しさをもったものだと思う。悪く言えば、少し物足りない、食い足りないもどかしさがどこかにある〉
だが、一方で、前出の盟友・永井は「考える人」(新潮社)2006年2月号で、亀倉の東京五輪のデザインについて、こんな証言をしているのだ。
〈それはまさしく目からウロコが落ちるほどのものでした。60年のシンボルマークの指名コンペで指名されていたのは亀倉さんのほか、河野鷹思、稲垣行一郎、田中一光、杉浦康平、そして私の6名でした。日本で初めて行われるオリンピックだから、そのシンボルマークに日の丸をというのは、私の心に浮かばなかったわけではなかったのですが、あまりにも当たり前すぎて避けてしまったのです。指名されたほかのデザイナーも同じだったのでしょう、日の丸を使ったのは亀倉さんだけでした〉
そう、やっぱりあれは「日の丸」だったのである。おそらく、締め切りを忘れていた亀倉が短時間でデザインを仕上げなくてはならないため、「えーい、いっそ日の丸を使ってしまえ」と、あのデザインをつくったのではないだろうか。赤い丸は「太陽」などと説明されているが、それも後付けだった可能性が高い。
亀倉雄策というデザイナーは、デザインをする際に、必ずクライアントに綿密な取材をし、非常に丁寧な仕事をすることで知られていた。少なくとも東京五輪のエンブレムはその亀倉のデザイン作品のなかで、かなり例外的にテキトーにつくられたものだったと言っていいだろう。
実は、本人もこの東京五輪エンブレムを代表作のように扱われるのは、嫌だったようで、「中央公論」(中央公論新社)94年3月号のインタビューでは、こう語っている。
「もういいかげんにして欲しいね。他にも作品はたくさんあるんだから。反核キャンペーンとか万博のポスターとか」
今、ネットやテレビのコメンテーターが絶賛しているデザインも、実体は結局、この程度のものなのだ。亀倉デザインの再使用論待望はしょせん、「懐古趣味」「リバイバル」にすぎないのではないだろうか。
(井川健二)
最終更新:2015.10.04 08:34
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