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水島宏明の「政治からテレビを守れ!」①
テレ朝とNHKの“失態”につけこむ安倍政権とほくそえむ籾井会長
籾井勝人NHK会長(NHK公式HP「NHKについて 会長あいさつ」より)
■政権批判を封じるのが狙いのテレビ局への事情聴取
自民党が17日にNHKとテレビ朝日の幹部を情報通信戦略調査会に呼んで、最近話題になっている報道番組について、直接、事情を聞くという。
これは14日夕方の日本テレビのニュースが伝えたものだが、どちらも「報道番組」に対する“牽制”であることは間違いない。やらせの疑いが濃厚になってきたり、あるいは、生番組でのコメンテーターの爆弾発言が波紋を広げたりした「報道番組」が相次いでいることは事実だが、それぞれの局内で独自の検証や責任者の処分などが検討されている。そうしたなかで、政治がわざわざ口を出し、制作した放送局の幹部を呼びつけ、詰問するのは、政権与党や彼らが進める政策への批判を封じ込めるのが本当の狙いだと考えた方がいい。
要は、テレビ局が犯した“失態”につけこんで、テレビ報道に介入し、報道の力を弱体化させることを目論んでいるのだろう。
■NHKへは「調査報道」への牽制
籾井勝人会長の下で起きたNHK『クローズアップ現代』の“やらせ”疑惑。昨年5月放送の「追跡“出家詐欺”~狙われる宗教法人~」で、ビルの一室を詐欺の「活動拠点」として報道したがその場所でそうした実態がなかったこと、この場所に相談に訪れたとして報道された「多重債務者」の男性が実は取材したNHK記者とは8、9年来の知人でこの場所での撮影を主導していたこと、「ブローカー」として放送された男性が、自分はブローカーではなく記者に演じるように依頼されたと主張していることなどが指摘されている。
筆者のように、長年、テレビ報道の一線でやってきた人間からすれば「やらせ」は明らかだ。「ブローカー」と「多重債務者」との相談風景を別のビルから隠し撮りするような撮影をしておきながら、実は相談が行なわれていた部屋にはNHK記者も身を潜ませ、二人の会話に注文をつけていた事実をNHK側も認めている。まだ調査委員会が調べている最中ではあるものの、国谷裕子キャスターも「取材が不十分だった」と謝罪している。
『クローズアップ現代』の「やらせ」や放送倫理違反はもはや揺るがないものになっているが、注意しなければならないのが、これによって『クローズアップ現代』が今後も続くのか、という問題だ。局内ではすでに「打ち切り」も検討されているという。
確かに、今回の「やらせ」はテレビ報道への信頼を揺るがせた行為だということができるが、他方で、『クロ現』はNHK、民放を含めて数少ない、良質な「調査報道」を行なってきた報道番組である。「無国籍児」、「女性の貧困」など、同番組の調査報道が発端で世間が注目するようになった社会問題は数多い。また、生放送であることから、国谷裕子キャスターが政治家などに鋭い質問を浴びせることでも定評がある。昨年7月に集団的自衛権の行使容認をめぐる閣議決定が行なわれた直後にも、菅義偉官房長官をスタジオに招いて質問攻めにし、不快な表情にさせた。放送を見た官邸スタッフがNHKに対して激怒したと伝えられている。
『クロ現』を始めとするNHKの調査報道番組は、たとえば、福島第一原発の事故発生のメカニズム、原発から出るゴミ(使用済み核燃料)や廃炉に向けた取り組みの困難さなどの問題でも、他の報道機関の追随を許さない圧倒的な取材力を発揮している。
こうした調査報道の報道番組に対して、安倍首相の周辺が「偏っている」などと批判してきた経緯がある。今回の『クロ現』やらせ問題は、NHKがこれまでの「踏み込む調査報道」から手を引くきっかけになりかねない。
『クロ現』のやらせ問題を伝える週刊誌記事などでは、この問題で籾井会長も「無傷ではすまされない」などと書いているが、筆者は実は他ならぬ籾井氏自身が、ほくそえんでいるのではないかと想像している。籾井氏も、これまで特に原発問題での局内の調査報道を苦々しく感じていたからである。籾井氏が調査報道に慎重になり、むしろ「局内のコンプライアンス」を徹底させる方向で報道番組の制作現場に手を突っ込んでくる可能性は高い。
NHKの「やらせ問題」を奇貨としたのは安倍自民党という構図が見える。
■テレビ朝日へは「政権批判」報道への威嚇
もう一つ、政府・自民党が問題視し、局幹部を自民党・情報通信戦略調査会に呼び出すことにしたのは、テレビ朝日だ。問いただす番組は『報道ステーション』で、3月27日のコメンテーター古賀茂明氏(元経産官僚)の爆弾コメントについてである。この夜の出演がレギュラーコメンテーターとしては最後の出演になった古賀氏は、「菅官房長官ら官邸からバッシングを受けている」「テレビ朝日会長や古舘プロジェクトの会長の意向で今日が最後」「番組プロデューサーも更迭された」などと制作サイドや古舘伊知郎キャスターが想定していなかった発言を繰り返し、「I am not ABE」という手作りフリップを掲げるなど、政権批判も展開した。
確かにこれは不体裁な放送であった。ニュース番組の中で、直接、ニュースとは関係ない話を展開したのは「電波ジャック」と批判されても仕方ない。だが、ことあるごとに首相官邸の幹部たちが『報道ステーション』の放送について、特に、古賀氏の発言などについて目くじらを立てていたのは事実であるし、筆者も官邸に詰めている記者から、官邸幹部が『報道ステーション』など特定の報道番組について不満を述べることは頻繁にあった、と聞いている。こうしたことを古賀氏は「バッシング」と表現したのだろう。
これに対して、官邸の責任者である菅官房長官は、記者会見で「全く事実無根であって、言論の自由、表現の自由は、これは極めて大事だという風に思っていますけれども、事実に全く反するコメントをですね、まさに公共の電波を使った行動として、極めて不適切だというふうに思っています」と述べた。
さらに今後の対応に関して質問されて次の通り述べた。
「放送法という法律がありますので、まず、テレビ局がどのような対応をされるかということを、しばらく見守っていきたい」
菅氏は第一次安倍政権当時の総務相。放送局を監督する総務省のトップとして、行政が放送局の放送内容をより強く行政指導できるようにする放送法改正を目論んだが、この時は果たせなかった。
この人が「放送法」に言及する時は、放送局の報道・制作姿勢への介入を意識した時である。
古賀氏の不規則発言騒動の後で、自民党がテレビ朝日に対して、個別の報道について批判する文書を送っていたことが判明した。昨年11月24日に放送された『報道ステーション』でのアベノミクスをめぐる報道が、「アベノミクスの効果が、大企業や富裕層のみに及び、それ以外の国民には及んでいないかのごとく、特定の富裕層のライフスタイルを強調して紹介する内容」だったと問題視し、「意見が対立している問題は、できるだけ多くの角度から論点を明らかにしなければならないとされている放送法4条4号の規定に照らし、特殊な事例をいたずらに強調した編集及び解説は十分な意を尽くしているとは言えない」と「公平中立な番組作成に取り組むよう、特段の配慮を」求めた。この番組の中身を見てみると、実は『報ステ』側も相当に配慮したのか、アベノミクスで効果があったとする人々の声ばかり紹介している。他方で、スタジオで朝日新聞の恵村順一郎論説委員が「一部の富裕層に恩恵は及んでいるが中小企業の中所得層、低所得層は恩恵を受けていない」とコメントした。自民党が問題視しているのはこの恵村氏のコメントが中心であるかのようだ。
■自民党の調査会での威しの効果は?
こうした流れを受けて、17日に自民党の情報通信戦略調査会にテレビ朝日の幹部が呼ばれる。おそらく「放送法違反」をちらつかせながら、テレビ朝日が第三者もくわえた検証委員会を立ち上げて検証することを求めるものと思われる。
それだけでも効果十分だ。テレビ朝日は萎縮し、ますます、政権の政策に対する報道姿勢は「慎重」なものになっていく可能性がある。再発防止の体制づくりや検証番組の放送まで求められるかもしれない。
特定秘密保護法や集団的自衛権、原発の再稼働問題などで政府自民党が進めようとする政策を疑問視する報道を繰り返してきたテレビ朝日。それが次第にできなくなっていく可能性が高い。
NHKも同様だ。政治の前で再発防止などを約束させられ、政府批判につながりかねない報道はまず局内でチェックされるような体制づくりが行なわれる可能性がある。その前に社会の闇を暴いていくような調査報道には慎重になっていくだろう。危ないものには手を出さないという事なかれ体質が広がる一方かもしれない。
そうなった時に、一番、不利益を被るのは誰か。いうまでもなく国民である。
調査報道の牙を抜かれ、報道機関が政権を批判できなくなったら、独裁国家と大差ない。「3歳で射撃」「5歳で戦車を操縦」などと自国に指導者の天才ぶりを報道するだけの北朝鮮のテレビを笑えなくなってしまうのだ。
(水島宏明)
■水島宏明プロフィール
1957年生まれ。ジャーナリスト。法政大学社会学部教授。札幌テレビで生活保護の矛盾を突くドキュメンタリー『母さんが死んだ』や准看護婦制度の問題点を問う『天使の矛盾』を制作。ロンドン、ベルリン特派員を歴任後、日本テレビに入社。『NNNドキュメント』ディレクターや同局解説委員などを務め、“ネットカフェ難民”の名づけ親として貧困問題や環境・原子力のドキュメンタリーを制作。近著に『内側から見たテレビ やらせ・捏造・情報操作の構造』(朝日新書)がある。
最終更新:2015.04.22 09:34
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