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アリスの棘でも東京女子医大事件でもキーマン 麻酔科医の世界
『麻酔科医ハナ』(双葉社)
東京女子医大病院で、麻酔科医らが禁止麻酔を63人の小児に投与し、そのうちの12人が死亡していたことが明らかになった。問題の麻酔科医は病院側の調査で「子どもに使ってはいけない禁忌薬と知っていて使った」と述べるなど大きな問題に発展している。
こうした悲惨な事件だけでなく、ドラマ『アリスの棘』や『チーム・バチスタの栄光』でも麻酔科医が重要人物として登場し、「麻酔科医」という存在がクローズアップされている。麻酔科医とはその名の通り、手術の間、麻酔の管理をする医師のことだが、内情は相当に激務らしい。その象徴的出来事が5年ほど前に既に起こっていた。
大阪府泉佐野市の市立病院で、激務のため麻酔科の医師が一斉に退職した。そこで苦肉の策として年俸3500万円の報酬で麻酔科医を急募したが、しかしそれでもなり手がなかなか見つからなかったというものだ。麻酔科医とはそれほどまでにきついお仕事なのか──。実際、東京女子医科大学で准講師を務めた経験も持つ麻酔科医・松本克平が監修したマンガ『麻酔科医ハナ』(なかお白亜/双葉社)から、その知られざる日常を紹介したい。
主人公の華岡ハナコ(ハナ)は大学病院の駆け出し女性麻酔科医だが、作品はハナが居酒屋で上司に辞表を出すところから始まる。
「やってられるか こんな病院!!」「早朝から深夜まで働きづめで1日15時間労働 しかも休みは月に2日」「給料を時給に換算したらたったの550円! 最低賃金かるーく下回ってますよォ!!」「連日連夜狭くて寒い手術室にひとり押し込まれて 外科医のいいように使われても文句一つ言えない…」「その上 アブナくて すぐ訴えられる仕事なんて誰だって逃げたくなるのがあたりまえ…」
麻酔科医の仕事はハードである。チーム医療が一般的となる中、「麻酔を行い 手術開始から終了までたえまなくその生命活動を管理」し、「その生命活動を維持管理する」のが仕事なのだ。だから、麻酔科医の仕事は麻酔を打てば終わりという訳ではない。手術中もモニターを見るだけでなく患者に何が起きているのかを見守り、たった一人ですばやく冷静に判断しなくてはいけない。麻酔で呼吸が止まった患者のノドに管をいれる「挿管」や、バイタルチェックも麻酔科医のお仕事だ。患者が出血すれば輸血もするし、点滴のための“ライン”も確保する。「ハデに出血したときは『パンピング』といって とにかくでかい注射器で血液を患者の血管にひたすら押し込む!!」といったように、神経だけでなく体力も使う重労働だ。
手術がない時はどうだろう。ハナの場合、片隅の医師控え室で食事を摂ることがほとんどだ。いつなんどき緊急手術が行われるかわからないから待機しなくてはならない。きちんとした食事を摂ることなど不可能で、もっぱらカップラーメンをすする。患者にもほとんど接せず、ひたすら手術室と病院の片隅で長時間を過ごす麻酔科医。特殊な環境ゆえに精神的に異常をきたすこともあるらしい。
手術室は完全空調で窓もない。そんな環境に長時間いると、季節感や時間の感覚さえなくなるという。自分が少し「おかしい」と感じているハナがこうつぶやいた。
「…このままじゃ私…ガンゼル症候群になっちゃうかも…」
ガンゼル症候群とは監禁された人が認知症的な症状に陥るものだが、そこまで追いつめられるのが麻酔科医だという。
しかも麻酔科医は「劇薬や麻薬をつかって患者の意識・呼吸 時には心臓まで止める」ため、「長くやっていれば事故やミスではなくともそれに似たものの一つや二つは抱えて生きている」のだという。
麻酔科医による事故は統計が取られていないため正確な件数は不明だが、年間200万件の手術に対し200人以上が麻酔事故による被害にあっているというデータもある。ある医療過誤セミナーでは「笑気と酸素を間違え手術5分後に心停止」「酸素が空になっていて40代の患者者が死亡」「気管内挿管で間違えて食道に挿管し20代患者が死亡」などの例も報告されている。
自分の手で患者を殺してしまって、医師生命はおしまいとなりかねない、転落と隣り合わせのお仕事。それゆえか、麻酔科医ならではの知られざる“闇”も存在する。
「薬に走る麻酔科医なんて珍しくないし自殺者だってどの科よりも多い…」「麻酔科医と麻薬は切り離せない関係にある(中略)それゆえ麻酔科医の薬物依存の問題は深刻で 様々な対策や要請がなされている」「孤独で多忙な勤務体系の中 薬物に溺れ 職を追われて消えていく麻酔科医が後を絶たないのもまた現実なのだ」と。
肉体的、そして精神にも激務であり、かつ薬物が身近にある。そんな麻酔科医の衝撃エピソードといえよう。
人の命を預かる重要な役割を担う麻酔科医。だからこそ、万全の知識と体制で望んでもらいたいと誰しもが考えるだろう。そして冒頭の東京女子医大病院の事件では禁止麻酔を使用した理由を明確にはしていないが、問題の麻酔科医は禁止麻酔を投与した理由についてこう語っているという。
「(禁止麻酔は)麻酔が効きやすく、効果が抜けるのも早いため管理がしやすかった」
つまり、疲れきった麻酔科医が早く処置して休みたくて犯した不正ではないなのか。激務の裏でのこんな悲劇が繰り返されないことを祈るばかりだ。
(伊勢崎馨)
最終更新:2018.10.18 04:47
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