「安保法制は非常に不安」発言も!『あしたのジョー』のマンガ家ちばてつやが語る壮絶な戦争体験と反戦への思い

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 印刷
chiba_151105_top.jpg
ちばてつや公式サイトより


 本サイトでもたびたび報じているが、安保法制が国民の大多数が反対するなか強行採決されてしまった後も、桂歌丸や瀬戸内寂聴など、多くの文化人が引き続き戦争へと向かいつつあるこの国を憂慮する声をあげつづけている。特に、実際に先の戦争を体験した方々は、自らのトラウマをえぐり出してでも、再び聞こえつつある軍靴の音に対し反対の声をあげている。

 そんななか、『あしたのジョー』などで知られる漫画界の重鎮・ちばてつやも安保法制に対し言葉を紡いだ。それは、10月24日にゲスト出演した『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』(TBSラジオ)での発言である。

〈非常に私は不安に感じてますね。そっちの方向に行っていいのかな? そっちの方向に行かない方がいいんじゃないのかな? 日本はもっと良い方向がある。戦争をしない国っていうふうにみんなが認め始めてるんでしょ。日本には憲法があるんだから、絶対戦争できないんだよあの国は。戦争をしない代わりに、色んなところでね、橋つくったり、井戸を掘ったり、そういうことで困った人に薬をつくってね、この間もノーベル賞でいい仕事しましたよね。そういうことで世界中の人に、みんなから尊敬される国になったらいいのに、怖がられる国になりたいのかな? もう少しくらい経済経済っていうけど、慎ましくていいから、あの国はみんなから愛されるいい国だよ、あの国は滅ぼしちゃいけないよって言われるような国になって欲しいなと私は思うんですよね。それは難しいんでしょうけど、今はそうなりつつあるのに、もったいないな、せっかくいい方向に行きかけてたのにということは、ちょっと私は感じますけれども〉

 ちばてつやがこのような発言をせずにはいられなかった背景には、彼の壮絶な戦争体験がある。

 ちばは、6歳のとき、満州の奉天で終戦を迎えた。ひどい空襲などにもさらされず、それまで、日本とアメリカが戦争をしていることすら知らなかったというほど牧歌的だったちば少年の生活は、終戦の時期を境に一変。父・母・3人の弟とともに1年にもおよぶ壮絶な引き揚げ体験を経験するのである。その時期のことを彼は『ちばてつやが語る「ちばてつや」』(集英社)のなかでこのように語っている。

〈六歳だった私は、終戦の意味もわからず、弟三人と一緒に、両親の決死の逃避行についていくばかりだった。幼いながら、一歩間違えば死んでしまう、殺されてしまうという危険な状況にいることだけは、本能で理解していたように思う。今思えば、家族が誰一人欠けることなく帰国できたのは、奇跡に近い〉

 そして、この満州からの引き揚げ体験は、ちばてつやの「漫画家」としての根幹をつくっているという。

〈この時生きて日本に帰れたからこそ私の漫画家人生もあるのだが、漫画家となった私の意識の底には、常にこの時の体験が潜んでいる〉(前掲書より)

 幼きちば少年がくぐり抜けた満州引き揚げ体験とはいかなるものだったのか? 前掲の『ちばてつやが語る「ちばてつや」』では、このように綴られている。

〈戦争とは無縁と思われた私たちの住環境は、終戦に近づくに連れ、次第に不穏な雰囲気に包まれていった。何より私たちを見る中国の人々の視線が、どんどん厳しくなっていった。それまでは「日本人のお子様」という感じで見ていたのが、「日本鬼子のガキ」という感じに変わっていた。「日本はいよいよ負けそうだ」という情報が中国人の間にも広まっていたので、「今に見ろよ」と自分たちを支配していた日本人への憎しみが一気に加速していたのだと思う。
 そして終戦の日の八月十五日を境に、日本人と中国人の立場は逆転した、中国人は日本人とわかると石をぶつけたり、見境なく襲撃しては物を盗ったりするようになった〉
〈このまま社宅にいては危険だというので、冬になってから私たち一家はそこから避難し、同じ印刷会社の社員どうし、家族で固まって各地を転々と逃げ回ることになる。そのころすでに蒋介石の国民党軍と毛沢東の八路軍の間で内戦が始まっていて、昼間の移動は危険だった。そのため昼は学校の校舎や工場の倉庫に隠れ、夜陰に乗じて移動した〉

 終戦後、ちば一家はこのような逃避行を続けるわけだが、冬の奉天は零下20℃ほどになる厳しい寒さに加え、ほとんど食べるものもない環境。一緒になって逃げ回った仲間のなかには、道半ばで倒れる者もたくさんおり、彼は子どもながらたくさんの「死」を見つめてきた。前述のラジオでちばてつやはこう語る。

〈ああ、人間ってすぐ死ぬんだなってことは思いましたね。昨日まで一緒に遊んでた子が次の日にもう息してないんですよね、冷たくなってる。あんな元気だった子が、死んでる。それから一生懸命こう元気にこう、みんなを叱咤激励して引き連れてたおじいちゃんが冷たくなってる。簡単に人間は死ぬってことを、その時は刷り込まれたっていうか、だから私のキャラクターはすぐ死んでしまうっていうことが、私の感覚なんですよね。そう言いながらしぶといんですよ、私みたいに何日も食べない子供たちもいるのに、生き残って日本に帰ってきた人もいるし、あんなに元気だったのに、ころっと死んでる人も見たし、死んでる人たちを跨いで乗り越えて帰ってきたという現実もあったし、引き揚げの一年間の体験っていうのは、私の人間形成において、大事な色んなことが刷り込まれたのかなと感じますけどね〉

 しかし、そんな暗黒の引き揚げ生活のなかにも、ひとつだけ、ちばてつやの未来を明るく照らす灯火があった。

〈逃避行が続く中、私たち一家は中国人の徐集川さんと再会した。徐さんは父の会社の部下だった人で、父とも親しく、私たち兄弟のこともかわいがってくれていた。徐さんは見つかれば自らも危険なことを覚悟で、「ここにいたら凍え死んでしまう」と、私たち一家を、中国人街にある自宅の屋根裏にかくまってくれたのだった〉(前掲書より)

 こうして、ひとまず身の安全を確保した屋根裏生活は、冬が過ぎるまでの間数週間続く。そして、この屋根裏生活での体験が、後の漫画家・ちばてつやをつくる礎となったという。

〈その屋根裏では、寒かったですけども、母親が一生懸命本を読んでくれたり、それから、一生懸命つくり話をしたり、してくれたんですけども、尽きちゃったもんだから、私に今度絵を描いてあげなさいとか、弟たちは小さいですから、私が六歳ですから長男の。下が4歳の、2歳の、それから産まれて何ヵ月っていう。それがすぐに泣くんですよね、外へ出たがって。狭いところにいるから。そういうところで弟たちのために、まあ、昔は漫画は知らないから、ただ絵を描いているだけなんだけど、その絵の説明をすると、弟たちがもうワクワクするわけね、目を輝かして。この人はどこへ行くの、とか、この馬はどこへ行くのっていうようなことを聞くわけ。すると一生懸命考えて、そうなるんだろうってことを、ストーリーをつくっているようなものですよね、つくりながらお話して、そういうことがね、私が漫画家になるための原点、その時は気がつかなかったけど、とても大事な時間だったのかなというように思いますけども〉(前掲ラジオ番組より)

 この時の体験は、前掲の『ちばてつやが語る「ちばてつや」』でも、以下のように綴られている。

〈私がそれまでに読んだ童話や昔話を混ぜこぜにして考えただけの話なのだが、絵にして見せると弟たちがわっと喜ぶ。そのわくわくする様子を見て、子供ながらに「描いてよかった」と満足感を感じたのだ。思えば「自分が作った絵と話で人を喜ばせることができる」と読者を意識したのは、この時が最初だったように思う〉

 前述した通り、徐さんの力添えもあり、その後、ちば一家は誰ひとり欠けることなく、無事に日本に帰ってこられた。しかし、それはもう「死」と隣り合わせの、ギリギリの状態だったようだ。

〈引揚船に乗ったからといって、安心はできなかった。相変わらず乏しい食糧事情の中、私の弟たちはあばら骨が浮いてお腹が異常に膨らんでいるような栄養状態だった。遊び仲間の子はそこで力尽きて亡くなり、出航したその船から水葬に付された。昨日まで一緒に船の中を遊び回っていたのに、今日はもういない。「どうしていないの?」と母に尋ねると、「あの子は死んだのよ。かわいそうに……」と赤い目をして涙ぐんでいた〉(前掲書より)

 この時の壮絶な体験は後に『家路』という作品に描かれたり、同じく満州引き揚げ体験をもつ赤塚不二夫や森田拳次らとともに『ボクの満州』(亜紀書房)という一冊を上梓したりと、ちばは自らの心の傷をえぐり出してでも、日本人が絶対に忘れてはならない悲惨な戦争体験を伝え続けていくことになる。それは、戦争というものが本当に愚かなもので、人間が誰しも持つ「闇」「鬼」の面を否応なく引きずりだしてしまう醜いものだからだ。戦後70年、せっかく平和の時を築いてきたのにも関わらず、それをこんな簡単に壊してしまっていいものだろうか? 「戦争なんて怖くない」とのたまう人々は、実際に戦争で地獄を見たちばてつやの以下の言葉を読んで、それでも本当に戦争は愚かではないものなのか、怖くはないものなかのかどうか、もう一度よく考えてみてほしい。昨日まで仲の良かった隣人が、ある日を境に「鬼」になる。そんな状況をつくりだすのが「戦争」なのだ。

〈あんなに優しそうな人が、もうおなかがすいてしまう、もしくは自分の家族を守るためということになると鬼になってしまう、というようなことを何度か見てるんで。逆に鬼みたいな人も優しいところがあったりね。だから人間ってね、ちょっとしたことでね、がらっと(変わる)。だから色んな要素があるんですね、悪い部分、悪魔的な要素も、天使的な要素も、悪魔みたいなところも、みんな持ってる。でも、その人がどういう生き方をしてるか、環境によって神様みたいな人になったり、悪魔みたいになってしまったり、鬼になってしまったり、そういうようなことってよくある〉(前掲ラジオ番組より)
(新田 樹)

最終更新:2018.10.18 04:43

「いいね!」「フォロー」をクリックすると、SNSのタイムラインで最新記事が確認できます。

この記事に関する本・雑誌

ちばてつやが語る「ちばてつや」 (集英社新書)

新着 芸能・エンタメ スキャンダル ビジネス 社会 カルチャー くらし

「安保法制は非常に不安」発言も!『あしたのジョー』のマンガ家ちばてつやが語る壮絶な戦争体験と反戦への思いのページです。LITERA政治マスコミジャーナリズムオピニオン社会問題芸能(エンタメ)スキャンダルカルチャーなど社会で話題のニュースを本や雑誌から掘り起こすサイトです。新田 樹漫画家の記事ならリテラへ。

人気記事ランキング

総合
ツイート数
1 玉川徹が「嫌韓本じゃない」とお詫びした本はやっぱり嫌韓本
2 マンガ『スシローと不愉快な仲間たち』第5話
3 安倍首相がプーチンに贈った“失笑ポエム”
4 橋本聖子も東京五輪で「旭日旗」持ち込み許可の愚行を追認
5 葵つかさが「松潤とは終わった」と
6 池上彰が朝日叩きとネトウヨを大批判
7 上田晋也の番組で東国原英夫と千原せいじが日韓問題への無知晒す
8 自民党がネトサポに他党叩きを指南
9 旭日旗問題で國村隼の発言は正論だ! 
10 好感度モンスター・小泉進次郎の“すべて他人事”な本性
11 橋下徹に恫喝された女子高生が告白!
12 安倍首相側に寝返った小泉進次郎の裏 今後は改憲スポークスマンに
13 史上最悪の極右内閣が誕生!日本会議のガチメンバーも入閣
14 「家政婦」の名目で24時間労働の介護で日当1万円、残業代なし
15 杉村太蔵はこずるいヤツだった!
16 安倍が文科相に抜擢した萩生田光一こそ問題だらけのタマネギ男だ
17 安倍改造内閣はタマネギだらけ! マルチ広告塔、セクハラ、パワハラ…
18 J・ビーバーが靖国参拝は確信犯!?
19 川崎殺傷事件「不良品」発言こそ松本人志の本質だ!
20 日韓対立で『ワシントンポスト』が日本の歴史修正主義が原因と指摘!
1 久米宏が「テレビが反韓国キャンペーンをやってる」と真っ向批判
2 安倍政権・厚労政務官が外国人在留申請で口利き「100人で200万円」
3 玉川徹がGSOMIA破棄で加熱するテレビの嫌韓煽動を批判
4 明石家さんまが吉本上層部と安倍首相の癒着に痛烈皮肉!
5 『ゴゴスマ』で今度は東国原英夫がヘイト丸出し、金慶珠を攻撃!
6 『報ステ』の“安倍忖度”チーフPがアナやスタッフへの“セクハラ”で更迭
7 『ゴゴスマ』で「日本男子も韓国女性が来たら暴行しなけりゃいかん」
8 文在寅側近の不正に大はしゃぎの一方、安倍政権が厚労政務官の口利きに無視
9 埼玉知事選で警察が柴山文科相への抗議を排除!柴山も表現の自由否定
10 安倍首相がトランプからトウモロコシ爆買い
11 菅官房長官「トウモロコシ大量購入は害虫被害対策」は嘘
12 GSOMIA破棄は安倍のせい 慰安婦合意から始まった韓国ヘイト政策
13 安倍が後に先送り財政検証の酷い中身
14 GSOMIA破棄で日本マスコミの「困るのは韓国だけ」の嘘
15 松本人志や吉本上層部批判の友近、近藤春菜にバッシング、報復か
16 『週刊ポスト』の下劣ヘイト記事は「小学館幹部の方針」の内部情報
17 GSOMIA破棄!八代・有本ら安倍応援団は「嫌なら来るな」
18 『モーニングショー』で「暑さに耐えるのが教育」元高校野球監督は右派論客
19 古市憲寿の芥川賞候補作「参考文献問題」に選考委員が猛批判
20 『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』のデマとトリックを暴く

人気連載

アベを倒したい!

アベを倒したい!

室井佑月

ブラ弁は見た!

ブラ弁は見た!

ブラック企業被害対策弁護団

ニッポン抑圧と腐敗の現場

ニッポン抑圧と腐敗の現場

横田 一

メディア定点観測

メディア定点観測

編集部

ネット右翼の15年

ネット右翼の15年

野間易通

左巻き書店の「いまこそ左翼入門」

左巻き書店の「いまこそ左翼入門」

赤井 歪

政治からテレビを守れ!

政治からテレビを守れ!

水島宏明

「売れてる本」の取扱説明書

「売れてる本」の取扱説明書

武田砂鉄