宮崎駿版『長くつ下のピッピ』がお蔵入り!?  途中まで作ったのに!

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『幻の「長くつ下のピッピ」』(岩波書店)

「鉛筆と紙とフィルムの最後の時代に立ち会えたことは幸せだった」

 アニメーション監督の宮崎駿が、アメリカ・アカデミー賞名誉賞を受賞した。この賞に輝いた1990年の黒澤明以来、2人目の快挙。「映画界への長年の貢献」が認められた格好だが、当の宮崎は会見で、「賞では何も変わらない。終わった仕事について結果をいちばんよく知っているのは自分だ」と、権威におもねらない宮崎らしい感想を述べている。

 そんな宮崎に、じつはアニメ化に向けて動きながらも、泣く泣く断念してしまった作品があるという。それは、世界に知られる児童文学の定番『長くつ下のピッピ』だ。

 先日、発売された『幻の「長くつ下のピッピ」』(岩波書店)によれば、『長くつ下のピッピ』(以下、『ピッピ』)のアニメ化にかかわっていたのは、宮崎のほか、宮崎の先輩であり長年のライバルでもある高畑勲、そして戦後の日本アニメ文化を支えてきたキャラクターデザイナーである小田部羊一の3人。当時、彼らは『ピッピ』を、所属していた東映動画を辞めて事務所を移ってでもつくりたい、と切望したのだという。

『長くつ下のピッピ』は、1945年にスウェーデンで刊行された、アストリッド・リンドグレーンによる童話。日本でも、岩波書店から『長くつ下のピッピ』『ピッピ船に乗る』『ピッピ南の島へ』という3部作で刊行されており、子どもたちを魅了してきた。主人公のピッピといえば、赤毛のツインテールにそばかすだらけの顔、そして、そのタイトル通り、長い靴下を穿いているのが特徴の女の子。彼女は、サルのニルソン氏を連れて1人暮らしをしており、隣の家に住むアンニカやトミーといった友人たちと一緒に冒険物語を繰り広げる。トランクいっぱいの金貨を持っていて、馬を持ち上げるほどの力もあるピッピは、子どもたちの願いや憧れが詰まった存在だった。

 そんな『ピッピ』をアニメ化しようという話は、1971年に持ち上がる。東京ムービーの当時の社長・藤岡豊の企画で、スタッフとして白羽の矢が立った高畑が、宮崎と小田部を説得し、3人で東京ムービーのメインスタッフ会社・Aプロダクションに移って制作に取り掛かった。制作時間も限られていたため、3人でとことん議論し合うということはなかったが、それでも3人が作品をつくる上で共通認識として決めていたことがあったという。それは、靴を脱いだりはいたりといった日常の些末な動作や立ち居振る舞い、家事の表現といったことにこだわる、ということだ。

「行動自体が楽しさや面白さをよびおこすように表現」したい。──そのため、ピッピの歩き方ひとつをとっても、「だぶだぶの大きな靴を履いているから、片っぽは脱げそうに歩いたらどうか」「ピッピのことだから、まともに歩かないで、わざと歩道と車道の境目を歩くんじゃないか」と3人は思いを巡らせた。実際、本書にはアニメオリジナルとして構想が練られていた「ジュース屋をひらく」という話の、樽にぶどうを入れ、デッキブラシの柄でぶどうの汁が飛ぶのもかまわずに潰すピッピと、笑いながらその汁をよけつつ手伝うトミーとアンニカのイメージボードを収録。ほかにも、湖へ行ってザリガニ密漁者を見つけたり、郵便機が木の上に不時着して大騒ぎをしたり、ピッピの住むゴタゴタ荘で地下室を見つけたりといった、何気ない日常の中で起こる事件や出来事にスポットを当てたものが描き溜められていた。

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