ローラが熊本で炊き出しボランティア! 背景にある信念とは? かつて語っていた、社会的弱者への思いと貧困体験

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「ローラ Official Blog Powered by Ameba」より


 高良健吾や中居正広らに続いて、タレントのローラも昨日27日に熊本県益城町の避難所をお忍びで訪問し、炊き出しのボランティアに参加していたことが明らかになり話題となっている。

 ローラは「どうしても熊本に行きたい」と強い希望でアメリカの仕事から帰国後すぐ駆けつけ、「(これからも)ドンドン発信したい。また戻ってきます」と今後の支援活動も誓っていたという。

 天真爛漫でタメ口キャラのローラが、いまだ余震もおさまっていないなか被災地にボランティアに行くとは、普段バラエティ番組で見るイメージとのギャップに意外と感じた人もいるかもしれない。しかし実は、今回の行動の背景には、ローラの社会貢献への強い信念がある。

 本サイトでは以前、ローラが女性誌のインタビューで、ある「夢」について語ったことをお伝えしたことがある。

「事務所に入った時に社長さんに話した夢というか、最終的な目標があって――。お金がなくて勉強できない子供たちってまだ世界にたくさんいて、その気持ちは私もすごくよくわかる。自分が苦労してきた部分でもあって、私にとってはすごく現実的なことだから。そういう人たちの役に立ちたいの。ずっとその想いは変わってなくて、これからはもっと積極的にやっていきたい」

 貧しさのために勉強や進学の機会を奪われている子どもたちの役に立ちたい。ローラがそう願うようになったのは、「自分も苦労してきた」と語っているように、彼女自身の生い立ちが深く関わっている。日本語がまったく分からない状態で日本に来て、さらにはその後、両親の離婚と再婚により複雑な家庭環境、そして経済的に厳しい生活……。

 そんな厳しい環境のなかで道を切り拓いてきたローラは、前述のインタビューでこんなふうにも語っている。

「今こうして私がここに居られるのは、差し伸べてくれる手があったり、諦めないでいてくれた人たちがいたから――。私も誰かのそういう手になりたい」

「どうしても熊本に行きたい」とわざわざアメリカから駆けつけたローラ。その彼女の行動には、こうした思いがあったからこそだろう。

「困っている人の役に立ちたい」という彼女の強い意志と、それを生んだ彼女の生い立ちについて報じた記事を、以下に再録するのであらためてご一読いただきたい。 

(編集部)

********************

 来年公開予定の大ヒットシリーズ映画『バイオハザードVI』でハリウッドデビューを果たすタレントのローラ。しかも重要な役どころでの出演とあり、「ローラがミラ・ジョヴォヴィッチと肩を並べる日が来るとは!」といまから注目が集まっている。

 それもそのはずだろう。ローラといえば、タモリや黒柳徹子といった大物相手でも怯まずタメ口をきく、どこまでもマイペース、あるいは礼儀知らずな人というのが世間一般のイメージだったからだ。しかし、それは一面的な評価に過ぎない。そのことがよくわかるのが、「ViVi」(講談社)1月号に掲載されたロングインタビュー(公式ウェブサイトでも公開中)だ。

 じつは、このインタビューのなかでローラは、こんな「夢」を語っている。

「事務所に入った時に社長さんに話した夢というか、最終的な目標があって――。お金がなくて勉強できない子供たちってまだ世界にたくさんいて、その気持ちは私もすごくよくわかる。自分が苦労してきた部分でもあって、私にとってはすごく現実的なことだから。そういう人たちの役に立ちたいの。ずっとその想いは変わってなくて、これからはもっと積極的にやっていきたい」

 貧しさのために勉強や進学の機会を絶たれる子どもたちの役に立ちたい──。もちろんローラは、ハリウッドのセレブ女優を気取って慈善事業を口にしはじめたわけではない。それは彼女自身が語っているように、生い立ちにかかわる問題でもある。

 ローラはバングラデシュ人の父と、日本人とロシア人のハーフである母親とのあいだに日本で生まれた。ご存じの通り、父は13年に詐欺容疑で国際指名手配され、翌年、警視庁に出頭し逮捕されたが、ローラにとって父は優しく、大好きな存在だったようだ。そしてローラは1歳でバングラデシュへ渡り、6歳で帰国するが、当時のことを前述のインタビューでこう述べている。

「6歳の時にベンガル語しか話せない状態で初めて日本に来て、言葉が何も分からないまま小学2年生として学校に入ったの。だから、会話はジェスチャーで乗り切る。そんな感じだったのを覚えてるけど、不思議なことにまったく嫌な思い出はなくて、コミュニケーションを取れなくてすごく大変だったという記憶がひとつもないの。楽しかった!という記憶だけ。毎日ザリガニを取ったり、ドジョウすくいをしたり、神社に行って遊んだとか、たまごっちやリカちゃん人形で遊んでたなとか――」

 ローラはこのインタビューでは語っていないが、じつはこの間に父と母が離婚、その後、父は中国人の女性を妻に迎えている。「女性自身」(光文社)の記事によれば、ローラと双子の弟、継母と父のあいだに生まれた双子、継母の両親という家族8人でアパートに暮らしていた時期もあった。ローラは働く父と継母に代わって、小さな双子のきょうだいにごはんを食べさせたり、オムツを変えたりとよく面倒を見ていたという。

 突然、言葉が通じない教室に放り込まれ、一方で家族関係も複雑に。だが、そんな苦労を自らは語らない。きっと彼女にとっては「楽しかった!という記憶だけ」なのかもしれない。ただひとつ、彼女はこんなことを話している。

「中学2年の時に、友達にすごく一生懸命説明したのに『ちょっと何を言ってるのか分からなかった』って言われたのがすごくショックで、そこからかなり頑張って中3の頃には普通に会話も出来てたと思う」(前述インタビュー、以下同)

 そして、彼女が「転機」と語るのが、高校時代のアルバイトだ。

「高校生になって、家のことも支えなきゃと思ってアルバイトを始めたんだけど、それはひとつの転機だった気がする。人と接することがさらに好きになったの。老若男女、いろんな人がお店に来て、そういう人たちとかかわれることが楽しくて、そこから一気に大人になっていったのかな~って」

 このときのアルバイトとは、地元のホームセンターのことだろう。実際、ローラは13年のブログでホームセンターへ変装して出向き、同僚と再会したことを報告。「うれしくて、なみだがとまらなかった。みんなだいすき」と綴っている。

 そうして渋谷でスカウトされモデルの世界に飛び込み、一躍“タメ口キャラ”でブレイクしたのは周知の通りだが、いまもローラには“もっと勉強をしたかった”という思いが強いのかもしれない。事実、ローラは地道に英語の勉強をつづけてハリウッドデビューを射止めたが、学ぶことが自分の可能性を広げるということを、彼女は身をもって知っているのだろう。

 家庭が貧しいために勉強ができない、進学できないという子どもたちの存在は、なにも発展途上国だけの話ではない。日本では6人に1人が貧困といわれているにもかかわらず、国立大は今後40万円も授業料を大幅値上げするといい、奨学金返済の金利は異常に高いままだ。だが、社会では「貧しいことを理由に進学できないと言うのは努力が足りないから」「貧乏でも努力をすればのし上がれる」などと自己責任論をぶつ人は相変わらず多い。

 しかし、子どものころから苦労を背負い、努力によって道を切り拓いてきたローラは、そんなことは言わない。

「今こうして私がここに居られるのは、差し伸べてくれる手があったり、諦めないでいてくれた人たちがいたから――。私も誰かのそういう手になりたいし、そのことを諦めたりもしたくない」(同前)

 貧困は社会全体の、わたしたち一人ひとりにかかわる問題だ。ローラの「貧しい子どもの役に立ちたい」という強い意志。この思いがもっと広く共有される社会になることを願わずにいられない。
(大方 草)

最終更新:2016.04.28 01:23

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