抗うつ剤大量投与、嘘の診断書…精神科と製薬会社が”総うつ病化”を作り出す

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『精神科のヒミツ クスリ、報酬、診断書』(中公新書ラクレ)

「プチうつ」「冬うつ」「受験うつ」「職場うつ」──。雑誌やネットの記事を見ると、そんなキャッチーな文言が並ぶ。

 どうも”うつ”のカジュアル化が年々進んでいるようだが、そもそものはじまりは2000年頃であった。「うつは心の風邪」。そんなキャッチコピーが製薬会社から流されたこの時期、精神科のクリニックが次々に増設され、精神疾患に対しての受診の敷居が低くなり、患者の数が急増。厚生労働省患者調査によるうつ病患者数は1999年には約44万人だったのが2011年には約95万人(宮城の一部と福島を除く)に倍増した。

 しかし、これについては、安易な診断による”総うつ病化”が起きているとの見方がある。精神科医の藤本修氏も著書『精神科のヒミツ』(中央公論新社)で、昨今の傾向として「診断する基準も低くなっている」ことがうつ病増加の原因となっていることを指摘している。

「DSM(精神障害の診断と統計マニュアル)により操作的診断を行うようになり、一見診断の手順が簡略化されましたが、それによる、”総うつ病化”が起こってきています」
「『憂鬱』『うっとおしい』『ヤル気がわかない』などの言葉が、ごく自然に使われるようになり、その現象が操作的診断によって評価され、うつ病と診断されることが増えているのです」

 中には、「失恋や仕事の失敗で落ち込んだという人も受診するように」なり、同時に気軽に”診断書”の作成を求められることも。

 診断書……サラリーマンなら一度は思い浮かべたことがあるはずだ。心身がだるすぎてどうしても会社に行くのが辛く、でもうつ病ってほどでもないけど正当に休みたいから、いっちょ診断書でも貰ってこようかな、と。

 藤本氏によると、そういった自ら休みたいと決めて来院するパターンの他に、上司が部下を休ませる際に診断書を貰うよう指示したり、離婚裁判中の妻が、婚姻時に夫のモラハラで精神的苦痛を受けたことを証明するため、診断書を貰いにくることもあるという。このような「一方的な要望」がなされる現状に、藤本氏は怒りを露わにする。

「私はこのような要請がさも当然であるかのごとく精神科医になされることが、不思議でなりませんし、不品位で腹ただしいという気持ちもあります」
「上司が部下に休めという内容の業務命令を出せばいい」
「『南の島で何もかも忘れ、1ヶ月間ゆっくりする時間をとりたい』のであれば、自らが事業所と相談して対応すべき」
「診断書を記載することで、離婚裁判が円滑に進むとは思えない。夫婦のどちらかが悪いと判断するのが精神科の業務とは思えないです」

 さらに、診断書が犯罪目的で使用されることもあるという。通常、会社員が怪我などで勤務できなくなった場合には傷病手当金が支払われるが、「うつ病等の精神疾患で就労出来ない時でも、事業所の健康保険組合から傷病手当金が支払われる」ことに目をつけた輩がいるのだ。

 実際に、2009年1月に、19人もの社員にうつ病を装わせ、総額5500万円を詐取していた札幌の貴金属販売会社の代表が逮捕されるという事件が発生。うつ病偽装のマニュアル本がネット上で販売されていたり、うつ病を装う演技指導を行う人間の存在も発覚した。外傷と違い症状が目に見えないうつ病等は、悪用されやすいということが露呈してしまった結果だ。

 しかし改善策は、現時点でほぼないに等しいという。

「医師が正確に診断し、演技の意図を見抜くことが第一でしょうが、客観的データでうつ病ではないということを証明することが不可能なため、なかなか難しいところもあります。仮に疑ってもその指摘をすることは難しいですし、それを告げることで、偽装患者の居直り、トラブルや暴力事件につながる可能性も(中略)傷病手当支給の診断書の記載を医師が拒むことはできません」

 そういった事情から、「長期間の休業を認めてしまう」精神科医が増えているといい、「安易な休業診断書の記載が”一億総うつ病化”に拍車をかけている」と言っても過言ではない。

 さて、患者増加と共に広がり続けているのが、抗うつ薬の製造・販売を行う製薬会社の市場だ。前述の「うつ病は心の風邪」も、製薬会社の市場戦略とも言われており、藤本氏も、「SSRI、SNRAといった新しい抗うつ薬の臨床開発、販売とともに、うつ病は増えていった」と指摘する。

 つまり、うつの流行には、「精神医学の一部の研究者や、巨大製薬会社の影響、メディアの作用」などの力が関わっている可能性が高いというのだ。

 しかし近年は、抗うつ薬の副作用についての問題も噴出、中でも「かつては副作用が少なく、安全と宣伝された魔法のような抗うつ薬SSRIの副作用(賦活作用[不穏、興奮を引き起こすこと]と自殺)が問題視されるように」なっているといい、そうした実態が、”精神科はヤク漬けにされる場所”といった批判を生んでいる。

 しかしそれについては誤解であると、藤本氏は言う。通常の精神科医は、「最低の投与量で最大の効果を上げるように」しており、中には「多剤(何種類もの薬を服用すること)しなければ効果が認められない症例も少なくありません」という。

 そこで精神科医が避けなければならないのが、「患者さんが症状を訴えるからという理由だけで、無目的に大量の薬物を処方する」ことだと、藤本氏は念を押す。

 さらに、近年では、新型うつ病が増加。藤本氏も「精神科臨床に関わっている私たちも、その増加を実感しています」といい、「誰が名づけたのか、学問的な病名ではない新型うつは、抗うつ薬の効果があまり認められないということ」が指摘されるようになっているという。

 また、近年では、今までうつ病と診断され、治療されてきた患者さんの何割かは、「実は双極II型障害と診断すべきものであり、その疾患の治療には抗うつ剤ではなく、気分調整薬を使用すべきであるという学説も」あるということから、いまだ精神科の現場でも、いかにうつ病を取り巻く現状が混乱しているかが見て取れる。

 うつのカジュアル化やヤク漬けが進む一方で、まともな精神科医たちが四苦八苦していることも頭にとどめておきたい。
(羽屋川ふみ)

最終更新:2017.12.09 05:00

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