ブラ弁は見た!ブラック企業トンデモ事件簿100 第30号

深夜手当も早出残業代も支払われず、労働組合に相談したら会社が訴えてきた!? 前代未聞の裁判の結果は…

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深夜手当も早出残業代も支払われず、労働組合に相談したら会社が訴えてきた!? 前代未聞の裁判の結果は…の画像1


 労働者が会社に未払残業代を求めて裁判を起こすことは良くあることだ。では、会社から「未払の残業代は存在しない」という裁判を起こされることはどうだろうか。今回ご紹介するのはそのような事件である。

 Xさんは、警備会社Yで働くアルバイト従業員(警備員)だ。Xさんの警備業務は、シフト制だが、深夜(午後10時~午前5時)の時間帯にわたるシフトもあった。また、決められた時間に警備業務を始める前に、引き継ぎノートを確認したり、制服に着替えなければならず、それらの作業には15分程度必要であった。アルバイト警備員の賃金は日当制なのだが、その時給に深夜労働に対する割増手当(労働基準法第37条4項)が含まれているか判然としなかった。また、警備業務開始前に行う作業については、賃金は支払われていなかった。

Xさんは、そのような取扱いに疑問を持ち、誰でも加入できる労働組合Zに加入し、仲間とともにY社に未払賃金を支払うことなどを要求していた。

 ある職場で残業代の未払が横行することは、(残念ながら)よくある。その際、泣き寝入りする例も多いが、その不正を正すべく声をあげる労働者もいる。会社(使用者)と交渉し、交渉で解決しなければ裁判を起こすこともある。では、労働者がその権利を実現する方法は、個人で交渉したり裁判するしかないのだろうか。そうではない。強力な存在がある。労働組合だ。

 憲法は、労働者が労働組合をつくり、使用者と団体交渉をすることを保障している(憲法28条)。使用者が労働組合をつぶそうとしたり、組合員を不利益に取り扱うことは禁止されているし、労働組合からの団体交渉の要求を正当な理由なく拒否することも禁止されている(労働組合法7条)。労働者個人で会社と対等に交渉することは難しくても、労働組合に加入したり、労働組合を結成して会社と交渉するという強力な手段があるのだ。

 Xさん達は、そのような労働組合の力で問題を解決しようとした。団体交渉も開き、問題点を追及した。

 しかし、Y社は、団体交渉を1度開いただけで、「未払の残業代は存在しない」との訴訟を起こしてきたのだ。XさんやZ組合は労使での話し合いでの解決を求めていたが、Y社は団体交渉での解決を追及せず、訴訟を提起したのである(なお、訴訟が継続していることは団体交渉を拒否する正当な理由とはならない)。Z組合の顧問である私を含めた弁護士は、Xさんの代理人となり、反訴を提起することにした。

 裁判の争点は、①日当に深夜労働手当が含まれているのか、②警備業務前の着替え時間などは労働時間か、という2点である。

②については、それらの作業が、Y社の指揮監督のもとで行われていたということになれば、Y社は賃金を支払わなければならない。そのためには、どのような会社の指示があったのか、着替え等の作業に実際どれほどの時間がかかるのか、という点を示す必要がある。Z組合主導のもと、Xさん達からの聴き取りや会社資料をもとに具体的に示すことができた。

①については、労働者に支払われている賃金が深夜労働手当を含めるものであることが明らかであるか否かが判断の目安とされている。Xさんたちのように深夜労働が想定される労働者について、その支払われる日当に深夜労働手当を含めることが明らかといえるだろうか。Y社においては、アルバイト警備員と労働契約書を締結せず、賃金規程やその他の規程にも日当に深夜労働手当が含まれていることは記載されていなかった。これでは、日当に深夜労働手当が含まれているということはできない。私たちはそのように主張した。

労働組合が裁判になっても全面的にサポートした結果、会社は…

Z組合の全面的なバックアップがあり、Xさんが優位に裁判を進めることができた。結果、裁判所による積極的な介入もあり、Y社が和解に応じることになった。その和解には、Z組合も利害関係人として参加することになった。和解の内容は、概要、以下のとおりである。

1 Y社は、警備業に就く労働者と労働契約において、通常の労働時間分の賃金と、時間外や深夜などの割増賃金とを明確に区分けし、今後警備業に就く労働者を募集する際にはこの内容を明示する。
2 Y社は、Xを含む警備業労働者との間で、上記1の内容の労働契約を締結する。Y社は、労働契約に関しては雇用契約書を作成して労働者に渡し、変更する場合も雇用契約書を変更したものを作成して労働者に渡す。
3 Y社は、Xを含めた警備業に就く労働者に、シフトで取り決めた労働時間前に出社する義務のないことを確認する。
4 Y社は、厚生労働省のガイドラインが定める労働時間管理を実施し、警備業に就く労働者の労働時間管理を徹底する。
5 Y社は、年次有給休暇の取得日数、残日数を、Xを含めた警備業に就く労働者に対して個別に説明してその取得を全社的に促進する。
6 Y社は、Xと利害関係人組合に対して、解決金○万円を支払う。
7 Y社は、Z組合から団体交渉申し入れがあった場合、これに誠実に応じる。

この和解は評価できるものだった。

第一に、早出残業の問題と深夜手当の問題については、解決金の支払という形でXさんやZ組合の主張が認められ、さらに、今後、警備員は労働時間前に出社する早出残業をする義務のないことが明確にされた。

第二に、裁判当事者であるXさんにとどまらず、職場全体の賃金、労働時間、年次有給休暇に関わる合意を形成できた。労働組合は、会社の違法な取扱いを是正させるだけでなく、より良い労働環境を求めることも大事な仕事である。今回は、Z組合の頑張りもあり、裁判の和解でそれを獲得できた。裁判で問題になっているのは当該労働者だけであるということで、裁判上の和解において職場全体に関する取り決めが行われることはあまり例がない。その意味でこの和解は、職場の労働者全体に対する波及効果が明確に定められたという点に意義がある。

第三に、会社が、労働法遵守路線を明確に打ち出したことである。当たり前のことからもしれないが、Y社のこの姿勢は評価できる。

第四に、Z組合との誠実協議条項を入れることで、労働組合軽視があってはならないことを明確にしたことである。この事件は、団体交渉が行われているさなかに、Y社から「未払の残業代が存在しないこと」の確認を求めるという形で裁判が始まった。こうした団体交渉中に裁判提起するような労働組合軽視を許すことはできないが、和解でその点を確認できたことも大きい。

労働組合は団結の力で職場の問題を解決できる大きな力を持っている。今回の事件は、会社がその力を恐れて(団体交渉を嫌がり)、裁判を起こしてきたのかもしれない。しかし、労働組合は、裁判になっても当事者となった労働者を全面的にサポートし、解決のためにともに闘ってくれる。そのことを証明することができた事件だ。
(弁護士 竹村和也/東京南部法律事務所 http://nanbu-law.gr.jp

【関連条文】
団結権・団体交渉権・争議権について 憲法24条
団体交渉拒否の禁止について(不当労働行為) 労働組合法7条2号
労働時間について 労働基準法32条
残業代の支払いについて 労働基準法37条

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ブラック企業被害対策弁護団
http://black-taisaku-bengodan.jp

長時間労働、残業代不払い、パワハラなど違法行為で、労働者を苦しめるブラック企業。ブラック企業被害対策弁護団(通称ブラ弁)は、こうしたブラック企業による被害者を救済し、ブラック企業により働く者が遣い潰されることのない社会を目指し、ブラック企業の被害調査、対応策の研究、問題提起、被害者の法的権利実現に取り組んでいる。
この連載は、ブラック企業被害対策弁護団に所属する全国の弁護士が交代で執筆します。

最終更新:2019.04.10 12:29

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