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百田尚樹『海賊とよばれた男』は愛国ポルノ! 主人公のモデルは皇国史観丸出し、右翼殺人テロまで礼賛していた!
映画『海賊とよばれた男』公式サイトより
映画『海賊とよばれた男』が本日10日に全国公開された。しかし、原作者の百田尚樹センセイは「映画の宣伝に自分の名前がほとんど出てこない!」とご立腹。“引退するする詐欺”をまたぞろ繰り出し、胸焼けするほどの自己顕示欲をぶちまけているが、であれば、本サイトとしては、あらためてこの百田の代表作を、しっかりと批評しておく必要があるだろう。
ご存知のとおり、小説『海賊とよばれた男』は、2013年の本屋大賞を受賞し、ダブルミリオンを超える部数を売り上げた大ベストセラー作品だ。安倍晋三首相が愛読していることでも知られ、Facebookでは「日本が世界で一流国となるために努力をした人物の生涯が手に汗握るドラマとして読み易くスリリングに描かれています」と推薦までした。
巷間では「戦後日本人の逞しい生き様に涙」「働くことの本当の意味がわかった!」などと絶賛されている。とくに“私利私欲を捨てて日本のことを第一に考える”主人公・国岡鐡造の情熱的な姿に感動した人が多いらしい。
だが、この主人公のモデルとなった実在の人物は、「日本を誇りに思おう」とか、そういうレベルをはるかに超越した“バリバリの民族派右翼”だったことをご存知だろうか。
百田も公言しているが、その人物とは、出光興産の創業者・出光佐三(1885〜1981)だ。
出光興産といえば、現在も石油精製・元売り業界で国内2位に位置する大企業で、前近代的な社風で知られる。“定年なし、タイムカードなし、労働組合なし”や、佐三を「店主」と呼ばせ社員は「店員」になるという“家族的経営”は有名だろう。佐三はこうした社風を「民族資本」などと呼んで正当化したが、実のところは、カリスマ経営者が支配するブラック企業の典型例としか思えない。ところが『海賊〜』ではこれらがすべて美談仕立てで描かれているから不気味だ。
とにもかくにも、まずは『海賊〜』のあらすじを簡単に述べておこう。同作は、明治から昭和にかけて石油事業で財を築いた主人公・国岡鐵造(出光佐三)の半生を描いた〈ノンフィクション・ノベル〉(講談社BOOK倶楽部内容紹介より)。敗戦で資産を失った鐡造はGHQにより公職追放されながらも、再び田岡商店の店員とともに再び石油事業に乗り出す。そして1953年、イギリスを中心とする国際石油カルテルに反発したイランに、鐡造は密かにタンカー・日章丸を送り、石油の輸入を実行する──。
百田自身、同作を「戦後、焼け野原になった日本を立て直すために懸命に頑張った経営者の物語」(「WiLL」13年10月号/ワック)と語っているとおり、鐡造は作中で何度も「日本を立て直すのだ」「国のためだ」と連呼する情熱的な経営者で、社員もそんな鐡造の熱さや人情にほだされて尽力する。端的に言えば、『海賊〜』は“国を想う経済戦士たちの行動が、戦後の日本を復興に導いた”と誘導する物語だ。
だがしかし、先に触れたとおり、この「ノンフィクション小説」のモデル・出光佐三は、かなり偏った民族派右翼であった。皇国史観、日本の侵略戦争の否定、さらには右翼殺人テロの称揚……。ようするに、百田は主人公からこういう極端な右翼性をネグることで、大衆に受け入れやすくしていたのだ。
はなから決めつけてそう言っているわけではない。これは、百田も熟読したであろう佐三の著書をみても明らかだ。たとえば『永遠の日本』(平凡社、1975年)という本がある。国内外の大学教授、メディア人、経済人との対談集で、『海賊〜』の参考文献にもあげられている一冊だ。そのなかで佐三は、元寇から満州事変まで「日本はいかなる場合でも自衛の戦争ですよ」と言い切り、先の戦争についてこう述べている。
「それ(引用者註:満州事変)から先は、それが動機となって中国の各地で日本人が危害を受けるようなことがあり、そのうちに世界戦争が起こって、日本もそれに巻き込まれたのであって、満州事変までは自衛の戦争である。いつ日本から攻め込んだか、どこまでいったって自衛の戦争だといって、みんながそうだといいましたがね。
ただこういうことはいえるんです。日本の軍隊は戦争になるとどういうわけかわからんが、強いでしょう。それで何か日本が好戦国のようにうけとられているんですね」
日本は戦争に巻き込まれただけで、中国や英米などの連合国が悪い……あからさまな侵略の否認である。これだけでもおったまげるが、佐三はまた前掲書でこのようにも語っている。
「私は昭和二十年の終戦のときに『日本は負けてない』といったのです。『敗戦という事実がなければ、本当の日本には帰らない。敗戦という事実があって本当の日本に帰るのだから、愚痴をいうな。そして三千年の皇室中心の日本の歴史を見直せ。そして今日から立ち上がれ』といって、世間から気違い扱いされた」
ようするに、敗戦により軍閥が解体されたのだから、かえって純粋な「日本」に立ち戻れる、というわけだ。これは戦争行為の責任のすべてを軍閥に丸投げするという暴論。なんの抵抗もできず戦争に協力させられた無辜の市民がそう言うのならばともかく、佐三は戦時中に貴族院の議員にまでなり、太平洋戦争では南方の石油配給を受けもっている。いわばエスタブリッシュメントだ。事実、佐三自身、当時を振り返ってこう述べている。
〈そのうちに日米戦争になったが、私のところのタンクにはガソリンが一ぱいはいっていた。それを軍の航空隊が使った。その油を売った金で軍票(引用者註:占領下等における疑似通貨)を回収したので、なんとかといった中将が私を玄関まで迎えたことがある。そのころの中将といえば、まるで殿様でわれわれ民間人を玄関まで出迎えるようなことは、ついぞ見も聞きもしないことであった。それは当時、軍票を乱発して無価値になっていたのを石油を売って軍票を回収する、回収すれば軍票の価値が出てくる。それを石油だけでもってやってくれているというので非常に感謝されたわけである〉(『私の履歴書 経済人1』日本経済新聞出版社、1980年)
これを“戦争協力”と言わずに何と言うのか。その一方で、自社のビルが戦禍を奇跡的に免れたのを「神のご加護」「神社の御神徳を受けた」(前掲書)などと言っているのだから、ほとほと呆れる。ちなみに、出光興産の入社式は明治神宮で行われ、そこで新たな「店員」は二礼二拍手を教えられていたという。
そんな佐三であるから、当然のように、日本国憲法についても敵意をむき出しにする。前掲した対談本『永遠の日本』のなかで、佐三は「現在は、憲法をタテにとって、つまらんことばかりをいっておる」としたうえで、「なんといったって、天皇中心の憲法ですよ」と改憲を主張。これに対し対談相手のひとり、高橋正雄・九州大学名誉教授が“奇跡と言われた戦後の経済発展は日本国憲法の下でなったのではないか?”と疑義を呈すのだが、対する佐三は少しも譲らず、ガチガチの皇国史観をさらけ出す。
「それは日本の民族性ですよ。(略)憲法がいくら悪くても、日本は崩れませんよ。日本の民族性が皇室を中心として一致団結しておる。そして自分を捨てて、国のために働く民族性が、いまの青年の血の中に流れておる。二千何百年かの伝統の血が、母親をとおして青年の中に流れています。母親の胎内で、われわれは教育を受けています」
いや、どう考えてもこれは矛盾するだろう。「皇室を中心として一致団結」するという考え方を利用することで「世界に無比の国体」が形成された。そして、この国体思想のもと、「八紘一宇」をスローガンに日本の侵略戦争を正当化していったのだ。ところが佐三は、日本の戦争は自衛戦争といって憚らず、皇室に連なる民族性こそが平和を生むのだと主張する。そして逆に、著書『日本人にかえれ』(ダイヤモンド社、1971年)のなかでは、〈終戦後、占領政策によって対立闘争の思想はうえつけられ、和をもって貴しとする国民性は完全に失われた〉と嘆いてすらみせるのだ。
もっとも、「出光は明治生まれであるから『万邦無比の国体』という意識を刷り込まれていたがゆえにこう考えるのも仕方があるまい」と思う読者もいるかもしれない。だが、先に示したような佐三の民族主義は、そういう受動的なものではない。むしろ、かなり積極的、能動的な思想であったことを示す証言がある。
出光佐三の四女で映像作家の出光真子が、自伝『ホワット・ア・うーまんめいど』(岩波書店)で語っている。出光家の強い家父長制のなか、つねに佐三からの叱責に怯え、学生時代の60年安保のときもデモに参加したことを言えなかったという真子は、当時の父の横顏をこう伝える。
「一方、同じ年に起こった社会党委員長の浅沼稲次郎が、論壇で右翼の一少年山口二矢に刺殺された事件について、父は犯人の山口二矢をほめたたえた。そのときも、父と私はふたりきりでダイニング・ルームにいた。テーブルの向こうで、父は、私が女なのが残念でしょうがないといった様子で、男だったら彼を見習え、日本にも未だこういう若者がいたのだと、声を震わせている。父がこれほど激して人をほめるのを見るのは、私には珍しかった。
どんな理由があっても、人を殺すのはよくないとこころの中で思ったが、私は黙っていた」
つまり出光佐三は、日本の侵略戦争を否定しているだけでなく、なんと、右翼テロによる殺人すら肯定、大絶賛していたというのだ。さすがにこれはただの右巻き経済人などではなく、完全に……であろう。なお、どうしてだか『海賊〜』の参考文献のなかに同書は挙げられていない。
繰り返すが、百田尚樹の『海賊〜』は、こうした“侵略戦争の否定”“ド直球の皇国史観”“右翼テロの賞賛”という佐三の素顔をスッパリと除外し、“身を粉にしてお国のために動く熱血経済人”に偽装している。そして、そうすることで、無防備な読者に、作中で何度も繰り返される以下のようなアジテーションを浸透させるのだ。
「日本人がいるかぎり、日本が亡ぶはずはない。この焦土となった国を今一度立て直すのだ」
「日本には三千年の歴史がある。戦争に負けたからといって、大国民の誇りを失ってはならない」
「日本は必ずや立ち上がる。世界は再び驚倒するであろう」
「その(引用者註:特攻の)航空兵の後ろ姿を見ながら、彼らのような若者たちが日本のために戦ってくれているのだと思うと、胸が熱くなった。自分もまた日本のために頑張らねばならない、と心に誓った」
「戦争となれば勝てるかどうかではなくて、勝たねばならない」
「日本人が日本に誇りと自身を持っているかぎり、いま以上に素晴らしい国になっておる」
「日本、万歳!」(『海賊とよばれた男』より)
同作を「右傾エンタメ」と端的に評したのは作家の石田衣良で、「先の大戦への恨みを晴らすリベンジ小説」「『強い父の物語』はもう歴史の中にしか存在しない。国威発揚の物語も楽じゃないのだ」と鋭く分析したのは文芸評論家の斎藤美奈子だが、まったくもって言い得て妙。そして、これを『永遠の0』に続いて山崎貴監督が映画化し、おそらくはそれなりのヒットを記録するのだろうから、つくづく嫌気がさしてくる。
出光佐三は、生前も死後も、毀誉褒貶のある人物だった。たしかに日本経済に与えた功績は計り知れないかもしれないが、これを「今、日本人が必要としている物語はこれや!」(百田)なるメルヘンに仕立て上げるのは、「ノンフィクション小説」として誠実さを欠いているというだけでなく、現実を“プロパガンダ作品”という表現芸術のもっとも堕落した形態に加工せしめることである。
「昔の日本はスゴかった!」「日本人はエラかった!」──その種の自家発電装置を“愛国ポルノ”という。読者諸賢は、くれぐれも騙されないでいてほしい。
(小杉みすず)
最終更新:2016.12.10 11:04
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