東海テレビ・阿武野プロデューサーを直撃!

ヤクザの人権、犯罪弁護団、安保批判…萎縮状況の中でなぜ東海テレビだけが踏み込んだドキュメンタリーをつくれるのか

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abunokatsuhiko_01_160102.jpg東海テレビ・阿武野勝彦氏

 圧力、自主規制、政権を忖度、報道の萎縮……そんな言葉がしきりに聞かれているテレビ業界において、異彩を放つ刺激的なドキュメンタリーが放映されているのを知っているだろうか。名古屋を拠点とする、東海テレビの作品だ。

 光市母子殺害事件の弁護団に密着した『光と影』(2008)、戸塚ヨットスクールの今を描いた『平成ジレンマ』(2010)、ヤクザの人権問題に切り込んだ『ヤクザと憲法』(2015)など、ここ数年、東海テレビが放送したキュメンタリーの数々は物議をかもしてきた。

 しかし、東海テレビのドキュメンタリーは放送中止になることもなく、現在も定期的に地上波でチャレンジングな新作が公開されているばかりか、近年では映画版として再編集され、全国のミニシアターを中心に上映も行われている。

 大口のスポンサーもつかず、縮小していくテレビドキュメンタリーの世界で、フジテレビ系列の東海テレビがなぜ、多様な作品を制作し、放送し続けることができるのか。それ以前に、トラブルを避けたがるテレビマンがほとんどのなかで、なぜこういう作品をつくろうとするのか。

「たとえば、障害のある人を取材対象にして何だか観たことのあるような“いい話”の番組って、ありますよね。障害のある人を主人公にするのが悪いと言っているんじゃなくて、ステレオタイプに描くのは、安易なやり方で、むしろ失礼だと思うんですよ。あるいはタレントを海外に連れて行って、ありきたりな感想を述べるのをありがたがったりするような“ありがち”な番組。私はそれ、ドキュメンタリーじゃないんじゃないの?って思う。制作者の志はどこにあるのだろうと思っちゃいますね」

 そうサラリと業界批判をしてのけるのは、監督やプロデューサーとして一連のドキュメンタリーを支えてきた東海テレビの阿武野勝彦。1981年、アナウンサーとして同局に入社後、報道局記者、営業局業務部長などを経験しながら、『ガウディへの旅』(1990)、『村と戦争』(1995)、『黒いダイヤ』(2005)など多数のドキュメンタリーのディレクターを務めてきた。東海テレビのお家芸である「司法シリーズ」と呼ばれる一連の作品群でも、同局の齊藤潤一とのタッグで『裁判長のお弁当』(2007)や前述『光と影』、『死刑弁護人』(2012)などを手がけ、数々の賞を受賞。「異端」「型破り」ともいわれる放送人だ。

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『光と影 〜光市母子殺害事件 弁護団の300日〜』(c)東海テレビ放送


 まず、阿武野に聞きたいのは、普通の地上波が扱わないような“危険な”テーマに踏み込んで、これまで圧力や規制、クレームなどを受けたことがなかったのか、ということだった。しかし、阿武野はこんな拍子抜けするような返事をする。

「いや、私たちがやっていることは、ど真ん中の仕事。キワモノでもなければ、トンガっているわけでもなくて、ドキュメンタリーの真ん中、当たり前のことを当たり前にやっているという認識しかないので。クレームなんかもそんなにこないですよ。むしろテレビを観てくれたみなさんからは『よく撮って、知らせてくれた』というお褒めの声のほうが多いくらい」

 が、個別に聞いてみると、やはり局内外でのトラブルはないわけではない。たとえば、光市母子殺害事件を扱った『光と影』。この事件では、被害者遺族の訴えがメディアで盛んに取り上げられ、被告の元少年を「極刑にせよ」という世論が過熱。彼を弁護する弁護団もまた「鬼畜」とバッシングを受けた。その「鬼畜弁護団」側にカメラを入れた『光と影』の制作中、阿武野は東海テレビの当時の社長と番組を挟んで、直接相対したという。

「『光と影』は少々揉めましたね。制作が7、8割方進んでいるところで突然、先代の社長ですが、私を呼び出し『鬼畜を弁護する鬼畜弁護団。それを番組にするお前は鬼畜だ!』『お前は狂ってる!』というようなことを言われましたね。社長に狂人扱いされるなんて中々ないですよね。でも、これは私が辞表出して済む話ではないんですよって。東海テレビの名前を出して、私たちは弁護団と取材をする、されるという関係になっている。その途中で社長の鶴の一声というか、圧力というか、で番組をやめるわけにはいかない。『社長が制作を止めるんですよ、よろしいんですね? 相手は腕っこきの弁護団ですよ? 訴えられるのは、社長ですよ』とお話しましたね。当時の報道局長と編成局長も、どういう形であってもいいから番組にしようと言ってくれて、放送することが出来ましたね」

 キー局のフジテレビともいろいろあったようだ。もともとフジテレビ系列では、地方局制作のドキュメンタリーが全国ネットで放送される機会はほとんどない。例外は「FNSドキュメンタリー大賞」に応募し、ノミネート作として深夜に放送されるぐらいだ。いわば地方局にとって唯一、全国の視聴者を獲得できる“出口”。しかし、阿武野たちは、数年前から「FNSドキュメンタリー大賞」についてはノミネート枠を、他の部署に譲った。なぜか。

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『平成ジレンマ』(c)東海テレビ放送


 きっかけは、『ホームレス理事長 退学球児再生計画』(2013)を巡っての、東海テレビ社内の対応とフジテレビからの放送謝絶だった。ドロップアウトした高校球児たちに「再び野球と勉強の場を」と謳うNPOを取材した本作には、金策に奔走する理事長が取材スタッフに土下座して借金を懇願したり、闇金にまで手をだすなど、かなり“危うい”場面がある。なかでも作中で監督が球児にビンタを連発するシーンは、名古屋での放送時に物議を醸した。フジテレビはこの番組について放送しない決定をした。

「終わったことですし、話すと長くなるんですけど(笑)。まあ、あのビンタのシーンでもめたんですよ。フジテレビは番組考査にかける、という話しになった。ようは、番組を事前にチェックしてウチで放送できるかどうか検討します、というわけですね。でも、これまでそういうことはしてこなかったはずですし、各局で放送した内容をそのまま放送するのが前提だったはず。何でそうなったのか説明もなく、これからどうするかも伝えられず、その対応が理解できなかった。信頼関係が崩れたと思いましたね。だから、私たちはこの仕組みには乗れないと。喧嘩した訳ではなく、番組、ドキュメンタリー、放送についての考え方が違う以上、仕方がない、ご遠慮申し上げることにしたんですね」

 こうした姿勢は時として、暴走に映ることもある。たとえば『平成ジレンマ』は“体罰の代名詞”と化している戸塚ヨットスクールの今に密着した作品だが、激しい批判が起きた。本サイトから見ても、体罰肯定論の宣伝につながるような危うさを感じざるをえなかった。

 しかし、阿武野はこうした批判も、ドキュメンタリーには付きものだと思っている。それは彼が求めているものが、右か左か、正義か悪かという二元論的な価値観を超えたもっと深いところにあるからだろう。その深い場所に光をあてるためならば、ときに世間の流れの逆側に立って物事を切り取ることもいとわない。そういう覚悟に裏打ちされているような気がする。

「ありがちなドキュメンタリーは、誰も求めていないと思うんです。決まり切った美談のようなものを求めているという風に制作者が思っているとしたら、大きな勘違い。そんな時代じゃないよって思うんです」
「今、みんなどうやってリスクを回避するかにとても繊細ですよね。そういう教育を受けているから仕方がないと思います。でも、私たちのところには、リスクだらけのところに突っ込んでいって、何かとんでもないドブの中から宝物を引っ張りだすぐらいの力を持っている人間が、いるんです」

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特集上映「東海テレビドキュメンタリーの世界」(c)東海テレビ放送

 たしかに、この姿勢がなければ、この息苦しいテレビの世界で、あんな作品をつくり続けるのは不可能だろう。

 しかし、同時に彼は、ただ猛進するだけでもない。たとえば、物議をかもすような題材を扱うにあたり、阿武野は必ずクレームを担当する部署に、事前に想定される問答集をつくって手渡しているという。また、作品についても、たんに撮ったものをすべて出すということではなく、ギリギリのところでバランスをとっているようだ。

 戦後70年にあたる昨年、8月、東海テレビは『戦後70年 樹木希林 ドキュメンタリーの旅』という全6回のシリーズを行った。これは、女優・樹木希林が番組に関連する場所や人を旅し、更に、毎回ゲストを訪ね、過去に全国の地方局が制作してきた戦争の記憶を紡ぐドキュメンタリーについて語り合うという内容だ。

 今、開催されている特集上映「東海テレビドキュメンタリーの世界」にも、このシリーズから同局制作の『村と戦争』(第4回)と『いくさのかけら』(第5回/2005)が組み込まれているが、第1回であった『父の国 母の国』(関西テレビ制作/2009)では、ゲストに笑福亭鶴瓶が登場し、政治についてきちっとした主張をした。当時、国会での強行成立が間近に迫っていた新安全保障関連法、そして安倍政権による憲法9条の空文化に対して、こう強い言葉で批判した。

「いま、法律を変えようとしているあの法律もそうでしょうけど、それも含めて、いまの政府がああいう方向に行ってしまうっていうね、これ、止めないと絶対いけないでしょうね」
「こんだけね、憲法をね、変えようとしていることに、違憲や言うてる人がこんなに多いのにもかかわらず、お前なにをしとんねん!っていう」

 この鶴瓶の痛烈な安保・安倍批判は、スポーツ紙などにも取り上げられ、大きな反響を呼んだ。テレビ地上波で、それも人気商売の芸能人がここまで踏み込んだ政治的発言をするのは、昨今、異例中の異例と言っていい。プロデューサーとして同シリーズを統括した阿武野は、反響は織り込み済みだったのかという質問に対し、静かに頷く。だが実は、その編集には細心の注意が払われていた。

「放送前に、鶴瓶さんのプロダクションの社長と話をしました。そのままでいいですというのが姿勢でした。ここまで大きく育ててくれたのは落語であり、テレビの世界でしっかり根を張ることもできた。社会にお返ししなくちゃという根底を鶴瓶さんは持っていらっしゃる。その上での発言だったんです。しかし、個人を激しく批判しているようなところは割愛したんです。ダマってやってしまえばそれは芸能人の、命をとる可能性がある。だから取材対象はしっかり守るという原則は堅持したんです。収録の場で鶴瓶さんは“全部使ってくれええで”って言って帰りましたけど、全部託してくれたという信頼感に、私たちがどうお返えしするか、丸めるだけでもなく、そのままが最高という単純なものでもなく、つまり、大胆であり、なおかつ繊細でないといけないんです、この仕事は」

 影の部分に光をあてる。ただ、それを誠実に為すことが、どれだけ困難か。しかし、それでも阿武野たちはあきらめずにそのための方法を模索し続けている。

「いま、ドキュメンタリーを観るひとは決して多くない。視聴率はとれない。スポンサーが付きにくい。しかも問題は起こりやすい(笑)。他局の人間と話すと『東海テレビのようにはウチはできません』なんてよく聞きますよ。でも、組織や上司や他人のせいにして『できません』と言った瞬間に、もうやれなくなるんです。自分で自分にダメ出ししているんじゃないですか?」

 注目を集めている映画公開も、テレビドキュメンタリーが直面する困難を克服するために始めたものだった。

「映画化を始めたのは2011年です。単館を繋ぐ形だから収容できるお客さんの数は、大層なものじゃないけど、実際に観ている人の息遣いを感じられて、何よりスタッフが生き返った。それに、映画なら制作年を打つことで繰り返し放送することもできます。希望しても叶えることのできない全国ネットへのこだわりがなくなったのも、映画で公開しているから、ということが大きかった」

 映画を観た人がテレビに帰ってきてくれる、そんな構図もあるのではないかと阿武野は言う。だからDVD化も今のところするつもりはないという。

 2017年1月2日には、その映画化第10作にあたる『人生フルーツ』(監督・伏原健之)が公開する。これに先立ち、10月29日(土)から11月18日(金)までの期間、東京・ポレポレ東中野で「東海テレビドキュメンタリーの世界」と題して、劇場初公開を含む全22作品の特集上映が開催される(公式サイト)。

 こうした作品は、自主規制や制約、あるいは上司の一言にとらわれ、がんじがらめになっているマスコミ関係者にこそぜひ観てもらいたい。

(インタビュー・構成 編集部)


■特集上映「東海テレビドキュメンタリーの世界」
10月29日(土)〜11月18日(金)まで、東京・ポレポレ東中野にて公開、ほか全国順次。各作品の上映スケジュールなど、詳しくは公式ホームページ(http://tokaidoc.com/)にて。また、書籍『ヤクザと憲法――「暴排条例」は何を守るのか』(東海テレビ取材班/岩波書店)も10月29日に発売。

最終更新:2017.11.24 06:30

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