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京都連続不審死事件と酷似!話題の小説『後妻業』はなぜ事件を予見できたか
『後妻業』(文藝春秋)
京都府向日市の連続不審死事件が大きな話題になっている。夫の殺害容疑で逮捕された67歳の筧千佐子容疑者の周辺には、多数の不審死男性の存在が浮かんでおり、マスコミ報道も加熱する一方だ。
そんな中、この事件をまるで“予言”したかのような小説が注目を浴びている。それが今年8月に刊行された『後妻業』(文藝春秋/黒川博行)だ。
筆者の黒川は今年、『破門』(角川書店)で第151回直木賞に輝いた作家歴30年という大阪在住のベテラン作家だが、たしかに本書を読むと、今回の連続不審死事件と非常に似通っている。
実際の不審死事件は、千佐子容疑者が京都や大阪の結婚相談所を介して男性と知り合い、結婚、または交際をしたが、短期間の間に相手の男性6人(またはそれ以上)が次々と死亡したとされる。その結果、千佐子容疑者が得た遺産などは8億円に上るといわれている。
一方、『後妻業』の舞台も大阪の結婚相談所だ。小説に登場する武内小夜子は、69歳という高齢女性。結婚相談所で91歳の中瀬耕造と知り合い、2年前から内縁関係にあった。その耕造が脳梗塞で倒れた。耕造が危篤状態なのに、葬式の費用を耕造の2人の娘たちに請求し、金庫を勝手に漁り預金をおろす小夜子。それからしばらくして耕造は亡くなった。しかも、この死は小夜子の犯行だった。
「(小夜子は)昨日の夜、注射器いっぱいの空気を十数回、耕造の体内に入れたという」
だが、この一件は明るみにでることなく耕造は病死とされた。そして耕造の死後、小夜子は耕造さんの遺産は、私が相続します」と告げる。娘の目の前に差し出されたのは、公正証書だ。
「小夜子はなにもかも計算ずくで耕造に近付き、公正証書遺言状を作成したのだ」
しかし、これは小夜子ひとりの“計画”ではなかった。彼女のバックには、結婚相談所の柏木という男の存在があった。
「柏木は金井の相談所で会員から金を吸いあげるノウハウを学んだ。ターゲットは女より男。それも妻に先立たれた老人だった」
しかし、耕造の娘たちが依頼した弁護士や探偵によって小夜子の過去が暴かれていく。
小夜子は同様の行為を繰り返していた。耕造の前に結婚していた男性はぜんそく発作のために車が崖から転落し死亡していた。さらに
「平成15年以降、名城小夜子、黒澤小夜子、津村小夜子、武内小夜子と名字が変わったが、夫であった名城善彦は和歌山の白浜海岸で突堤から転落して溺死、津村泰治は大阪市大正区の特別養護老人ホームで病死、武内宗治郎は徳島のつるぎ町で事故死(車で転落)していた」
現実の千佐子容疑者は青酸化合物で夫を殺害したと疑われるなど、その手法は違うし、結婚相談所所長の関与情報も出てきていない。
だが、短期間で次々と亡くなる交際相手や夫、そしてその財産を巻き上げる手法は、まるで今回の事件をなぞったような展開だ。その前の夫や恋人が交通事故で死亡しているところも共通している。
そして最大の類似点が、公正証書の存在である。作品中、小夜子は公正証書という最大の武器を使って莫大な遺産を手にしていくが、一方、現実の事件でも、千佐子容疑者は複数の交際相手や結婚相手から土地や預金等を贈与する公正証書を求めたとされている。
千佐子容疑者は逮捕前、複数のメディアの取材に応じているが、時事通信社の取材では、結婚・交際相手に公正証書を書かせていたことに切り込んだ記者の質問に、このように語っている。
「男性が私と婚姻届を出さないなら『せめて』と言ってくれた。それ(公正証書)は女性に対する唯一の信頼の証しですよ」
小説では、こうした犯罪が暴かれにくい構造に触れ、こう記されている。
「小夜子は入籍、転籍を繰り返している」
「戸籍は転籍するたび、それ以前の結婚についての記載は抹消される。こうして、いちいち本籍地の役所から謄本や抄本をとって履歴を辿らんことには、小夜子が何回、入籍、転籍したか分からんのや」
まさに現実で進行しつつある事件とそっくり──。あまりのそっくりぶりに、著者の黒川は事件のことを知っていたのではないか、という見方まで流布されている。京都連続不審死事件については、千佐子容疑者の前夫が死亡した昨年の12月以降、警察が捜査に動き、関西のマスコミもマークを続けていた。大阪在住で、これまでも「大阪府警シリーズ」などの作品を手がけるなど、警察情報に精通している黒川がなんらかの情報をつかみ、小説にしたのではないか、と。
だが、これはありえない。この小説は「別冊文芸春秋」2012年3月号~2013年11月号に連載されたもので、前夫の死亡より前に書かれたものだからだ。
今年10月に読売新聞に掲載された黒川のインタビューによると、小説のベースになっているのは、知人の実体験だという。
「実際には90代のお父さんが、70代後半の未入籍の後妻に遺言状を作らされていた。後妻が病院に見舞いに来ると点滴が外れ、誤嚥性肺炎を起こす。弁護士を立てて遺産の遺留分を争う過程で調べたら、過去9年間で前夫3人が事故死していた」
また、文藝春秋のリリースによると、黒川氏は全国で起きている同種の事件を取材していた。
ようするに、この小説は予言でも、スクープでもなく、似たような事件がさまざまな場所で起きているということではないのか。
実際、近年、木嶋佳苗事件や上田美由紀事件など、結婚や交際を媒介にした連続不審死事件が続発しているし、他にも、事件化されていないが、大阪、兵庫、島根などで連続不審死事件が取沙汰されている。
「資産を持っている老人を狙うて後妻に入る。その老人は死んだら遺産を相続できるやろ」
「寂しい男ほど騙しやすいものはない」
「相談所に来た会員の中で、これという年寄りに小夜子をあてがう。小夜子の手練手管は筋金入りだから、相手はころっと騙される。籍を入れるか入れないかは条件次第だ」
小説『後妻業』にはこんな記述があるが、殺人事件にならなくとも、妻に先立たれた老人に付け入り、再婚して金を巻き上げるという商売はほんとうにあるらしい。小説のタイトルにある「後妻業」とは、弁護士などが使う“業界用語”だという。
小説では被害者の娘に弁護士が、「後妻業」の“手口”をこう解説するくだりがある。
「後妻は入籍前に住民票を移して、狙った相手と同居しているという形を作ります。次に、ドレッサー、ベッド、洋服ダンスを家に持ち込みます。そうして、地域の老人会などに顔を出して、中瀬の妻です、とアピールします」
ちなみに、少し前、この『後妻業』を読んだといってテレビやツイッターで絶賛していたのが、百田尚樹センセイ。百田センセイもぜひご注意いただきたいものである。
(林グンマ)
最終更新:2014.11.22 06:01
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