百田尚樹が朝日新聞に「『日本国紀』の近現代史は批判されてない」 ならば百田が書いた近現代史の嘘と陰謀論を徹底批判!

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百田はGHQの検閲を問題にするが、戦前戦中日本のもっとひどい検閲には触れず

 実際、WGIPが「洗脳」とかけ離れたものであったことは、その穏当なやり方を見ても明らかだ。WGIPの代表的施策として語られるのが、新聞紙上への連載コラム「太平洋戦争史」(1945年12月8日から同17日)掲載強制と、NHK ラジオ『真相はこうだ』(1945年12月9日から1946年2月10日)の放送強制。たとえば、右派界隈ではGHQが「太平洋戦争史」を「強制的」に新聞に掲載させたことを根拠に「マインドコントロール」などの主張を展開しているのだが、実際は、各紙の元となるCIE作成の文書(共同通信が翻訳していたとされる)を自由に編集しており、見出しまでもがバラバラだった。

 研究者の三井愛子氏(同志社大学社会学部・嘱託講師)が、各新聞の記事と、GHQの指示で出版された冊子『太平洋戦争史』(便宜上、オリジナル版と呼ぼう)を比較したところ、原文と一致したのは、朝日新聞が82.68%、毎日新聞が88.28%、読売報知が81.05%だった(「新聞連載「太平洋戦争史」の比較調査」)。しかも、これらの新聞が作字した多くは、日本政府・軍の犯罪性に関する記述だった。

 仮に、GHQ(CIE)が「マインドコントロール」のため「太平洋戦争史」の掲載を各紙に強制したのだとしたら、これら各社独自の編集を認めるというのはありえないだろう。これをとってみても、GHQは日本国民を「強制的」に「洗脳」するのではなく、民主化の戦略の一環として「隠蔽されていた戦争の事実」を周知させるよう務めたと考えるべきだろう。

 また、言うまでもなく「一億層玉砕」まで煽られた戦争によって国民は、家族を兵隊にとられ、空襲の被害にあい、生活の困窮や自由の制限を嫌というほど味わった。さらに、戦地から引き上げてきた日本兵たちは自らが体験した戦場の惨状と軍隊の残虐性を証言し始めた。WGIPによる「刷り込み」などでなはなく、敗戦によって、国民もまた「戦争の真実」を語ることができるようになっていたのである。

 ところが、こうした実態をまったく伝えず、すべてをWGIP陰謀論に収斂させているのが、極右論壇の論法であり、それに乗っかった『日本国紀』の記述なのだ。

 しかも、『日本国紀』が悪質なのは、戦前・戦中日本の言論統制や思想弾圧には一切触れないことだ。そのかわり、これまたWGIPの具体例として〈GHQは思想や言論を管理し、出版物の検閲を行い、意に沿わぬ新聞や書物を発行した新聞社や出版社を厳しく処罰した〉〈戦前に出版されていた書物を七千点以上も焚書した〉などとやり玉にあげる。

〈GHQの検閲は個人の手紙や電話にまで及んだ。進駐軍の残虐行為を手紙に書いたことで、逮捕されたものもいる。スターリン時代のソ連ほどではなかったが、戦後の日本に言論の自由はまったくなかった。〉
〈さらにGHQは戦前に出版されていた書物を七千点以上も焚書した。
 焚書とは、支配者や政府が自分たちの意に沿わぬ、あるいは都合の悪い書物を焼却することで、これは最悪の文化破壊の一つである。秦の始皇帝とナチスが行った焚書が知られているが、GHQの焚書も悪質さにおいてそれに勝るとも劣らないものであった。驚くべきは、これに抵抗する者には、警察力の行使が認められていたし、違反者には十年以下の懲役もしくは罰金という重罰が科せられていたことだ。〉(『日本国紀』)

 たしかに、GHQが検閲をしていたことや、文学者や思想家の本などを焚書の対象にしたことは事実だ。しかし、その一面だけを切り取って〈戦後の日本に言論の自由はまったくなかった〉(百田)と強く結論づけるのは、完全に飛躍であり誇張である。

 そもそも、戦前・戦中の日本では「言論の自由」はどういう状況におかれていたのか。数々の証言にあるように、軍部の意に沿わない言説は弾圧の対象となり、書籍は発禁処分にされ、個人の手紙にも検閲がはいり、特高警察は共産主義者だけでなく平和主義者までもが“思想犯”として取り締まりの対象になった。

 たとえば、日本政府が発禁した書籍のリストについては『昭和書籍新聞雑誌発禁年表』(小田切秀雄、福岡井吉・編/明治文献社)に詳しい。編者の小田切は大正生まれの評論家。同上巻で当時の体験を振り返っている。少し長くなるが引用したい。

〈昭和八年ごろには、体制批判的な進歩的雑誌はほとんど非合法的ないし非合法となり、買うことができても所持していることじたいが検挙の危険を伴うことになった。外国の文献の翻訳も、読みたいものは出版されなくなり、外国の新聞雑誌のうちでは、それを注文し購買しているというだけで警察からねらわれるという事態がきた。
 日中戦争がはじまってからは、発売禁止がますます多くなったばかりでなく、石川達三の小説『生きてゐる兵隊』が禁止となり、作者と掲載した『中央公論』の責任者が起訴されたことは、いわば文学者とジャーナリストにたいする見せしめ、予防措置として機能し、作家は書く事じたいにいっそうの自己検閲をよぎなくされ、ジャーナリストは発売禁止による営業上の莫大な損失を考えれば万事ひかえめにならざるをえなかった。〉

 文学作品を含む多数の書籍が発禁とされ、警察の検挙に怯えながら、言論人が自ら「ペンを折る」ことを強いられた時代、それが戦中の日本だった。また周知の通り、日本軍は敗戦に際して大量の公文書を焼却処分にしている。「最悪の文化破壊」(百田)をしたのは日本政府だったのである。その事実をネグってGHQの情報計画だけを「洗脳」とがなり立てたとしても説得力は皆無。こういう見え見えのペテンに騙されてはいけない。

 だいたい、仮に日本軍の戦争犯罪や政府の情報隠蔽を暴露する事が「洗脳」だというのなら、人間である天皇を「現人神」と教えることはなんと呼べばよいのか。たしかに戦中と戦後で「日本人の価値観」は変わった。しかし、それは第一に日本が敗戦したという事実に基づき、第二に戦争の非人道性という事実に基づいたものだった。そして、事実を周知することを「洗脳」とは呼ばないのである。

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