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代理出産、卵子提供、男女産み分け…広がる生殖ビジネスでトラブルも激増! 危険な舞台裏とは
『ルポ 生殖ビジネス 世界で「出産」はどう商品化されているか』(朝日新聞出版)
少し前、神戸市のNPO法人「卵子提供登録支援団体(OD-NET)」が、女性2人に卵子を提供したと発表した。日本国内では一部の医療機関で親族や知人による卵子提供が行われているが、仲介者を挟んでの匿名の第三者からの卵子提供は今回が初めてとなる。
日本では卵子提供や代理出産に関する法律が整っていないため、第三者からの卵子提供や代理出産は自主規制されていた。今回の卵子提供のニュースは、議論の対象にもなるだろうが、不妊に悩む人々にとっては朗報となるはずだ。
とはいえ、日本国内では代理出産や卵子提供はほぼ行われていないというのが現状であり、不妊に悩む人々は海外へと目を向けることとなる。
アジアのなかでも特に生殖ビジネスが盛んだったのがインドだ。02年に商業的代理出産が合法化されたことで、世界中から代理出産依頼者が殺到するようになったという。また「2005年にはインド医学研究審議会からガイドラインが公表され、代理母に親権はなく、依頼者の名前を出生証明書に記載することが認められた」(同書より)とのことで、依頼者にとっては代理出産で生まれた子であっても、法的に“実の親”になるというメリットがあった。
しかし、このルールが多くのトラブルを生むこととなる。
「インド側の出生証明書の発行手続きはいたって簡単なものだが、依頼者の母国で代理出産が禁止されているケースもあり、代理出産子が依頼者の実子として母国に入国するための手続きの段階で、トラブルが生じるケースが大半であった」(同書より、以下同)
インド国外からの代理出産依頼者によるトラブルの増加で12年に取り締まりが強化。依頼者は医療ビザを取得しなければインドに入国できなくなる。医療ビザを取得できるのは、「2年間法律婚をした異性愛カップルで、母国の代理出産許可証を提出できる者」に限られる。つまり、日本からインドに代理出産を目的として入国することは、事実上不可能となったのだ。また、同性愛者についても同様にインドでの代理出産は不可能となった。
気になるのが、代理出産にかかる費用だ。「代理出産プログラムのパッケージ料金は2万ドルから2万5千ドルくらい」で、日本円にすると250万~300万円程度。「体外受精、代理母の妊娠中の生活費、食事代、出産費用、報酬など」すべてが含まれており、アメリカで代理出産をする場合の数分の一程度だ。また、そのうち代理母への報酬は「トータルで25万~35万ルピー(約50万~70万円)ほどで、これは代理母家族の世帯収入の4~5年分にあたる」という。約9カ月の妊娠期間で、4~5年分の収入を手にできるということで、報酬としては決して悪いものではなさそうだ。
インドとともに生殖ビジネスの中心地となっているのがタイだ。もともと国際的にも医療技術・サービスが高いタイだが、その一方で規制の緩さが生殖ビジネス隆盛の大きな要因となっていた。
「タイでは生殖補助医療に関し、2015年2月に至るまで法規制が導入されることがなかった。タイの生殖ビジネスの膨張を結果として後押ししたのは、こうした“ルールの欠如”であった」
そんなルールの欠如ゆえ、卵子提供や代理出産だけでなく「男女産み分け」も盛んに行われるというのだ。
「子どもの性別を親の好みに合わせて選択することは、倫理的に問題があるだけでなく、性比や人口構成に歪みをもたらしかねないため、多くの国で禁止されている。このため、規制が緩いタイの着床前診断技術を目当てに、男児選好の考え方が強いインドや中国、ベトナムなどのから多くの顧客がやってくるようになっていた」
「着床前診断技術」とは、受精卵の段階で染色体や遺伝子を調べ、性別を判断するものであり、体外受精が不可欠となる。つまり、タイでは、男女産み分けのために不妊でないにもかかわらず、体外受精をするケースもあるというわけだ。
また、タイでは徳を積むという意味の「タンブン」という仏教の考え方が一般的だ。よい行いをすれば来世での豊かな生活が保証されるという教えなのだが、これが生殖ビジネスを肯定することにつながっている。
「タンブンの考え方はタイの人々の日常生活の隅々にまで浸透しており、卵子ドナーや代理母として協力すれば、不妊で困っている人を助ける善行になると認識されることにもなる。(中略)タイでは代理出産はタンブンにもつながるような道徳的によい行いだというイメージが存在している」
どうやらタイではかなり身近な存在だともいえそうな生殖ビジネス。インターネット上には代理母志願者がクライアントを探すための掲示板もあり、たとえば「年齢28歳。血液型B型。パートナー1人。50万バーツ(約150万円)で代理出産を請け負いたいと思っています」などの書き込みがあるというのだ。
こういった掲示板を利用するのは、依頼者も志願者もタイ人がほとんどだが、様々なトラブルもあるようだ。10年にバンコクで開かれた代理出産の法制化のための有識者会議では依頼者の女性がこんな証言をしたという。
「受精卵が着床したことがわかったとたん、代理母があれこれと要求するようになった。子どもを人質に取られ、彼女の機嫌を損ねないように大変気をつかった。代理母が要求するとおりに美味しい食事や妊婦服などを与えなければならず、約束のお金よりも高くついた」
生殖ビジネスが盛んとはいえ、法整備がなされていないため、トラブルとなるリスクも高いのだ。
また、一方では代理母が酷い目にあうこともある。『ルポ 生殖ビジネス』では28歳の代理母の友人の証言を紹介している。
「彼女は、勤め先のホテルのオーナーであった夫婦から代理母を依頼された。上司なので断りにくかったし、借金が20万バーツ(約60万円)あったこともあって引き受けた。(中略)双子を産んだので約束通りなら60万バーツ(約180万円)をもらえるはずだったが、何か気にいらないことがあったのか、30万バーツしかもらえなかった。子どもを出産する日は占いで決められ、その日以外に生まれないようさまざまな処置をされ、帝王切開で産んだ。上司ということもあり信頼していたので契約書を交わしたのは出産後だった」
部下に代理出産を依頼し、帝王切開を強制するなどという行為は、まさにパワハラそのものだが、タイにおける生殖ビジネスの混沌とした状況が伺える。
そんなタイでの生殖ビジネスを大きく動かすこととなる2つの事件が14年に発生する。ひとつは、代理出産を依頼したオーストラリア人カップルが、誕生した双子のうちダウン症の男児の引き取りを拒否したという事件。もうひとつは、日本人の独身男性が代理出産で十数人の子どもをもうけていた事件だ。そして、この2つのケースで代理出産を請け負っていたのが「オールIVFクリニック」という診療所だった。
「オールIVFクリニックでは、不妊カップルだけではなく、『子どもが欲しい』という願望を持つあらゆる人々、独身者や同性愛者らにも広く門戸を開いた。言い換えればオールIVFクリニックでは、『施術料を支払える依頼者』のすべてに対し、代理出産サービスを提供していた」
ルールが欠如しているタイの生殖ビジネスのなかにおいても、金さえ払えばなんでもOKという「オールIVFクリニック」は、代理出産を利用したい外国人にとっては有り難い存在だったようだ。
このようにタイにおける生殖ビジネスのハードルが極端に低くなった背景には、インドが代理出産に関する取り締まりを強化したことがある。
「インドでの代理出産の道を完全にシャットアウトされた男性同性愛者らが、渡航先を変え、タイで代理出産を依頼するようになっていった(中略)タイではあらゆる生殖サービスへのアクセスが容易であることや、医療水準が高いことが、このシフトをいっそう促進した」
その結果が、「オールIVFクリニック」のような商業主義に走る医療機関の登場であり、外国人依頼者による2つのトラブルだったのだろう。
結局、これらの事件を受けて、「オールIVFクリニック」は廃業に追い込まれてしまう。さらに、15年2月には商業的代理出産を禁止する法律が成立。タイは、インドの後を追うようにして、代理出産の中心地ではなくなりつつある。
インドとタイが生殖ビジネスの中心地となったのは、アメリカよりも費用が格段に安く、そして合法であったからだ。その2つの市場が消失したことで、外国人による代理出産を目的とした「子づくりツアー」が激減してしまうのだろうか。しかし、『ルポ 生殖ビジネス』において著者・日比野氏はこう予測する。
「インド、タイなど市場の膨張と収縮を背景として、商業的代理出産のグローバルなネットワークがより一層精緻化されてきている。このようなネットワークを利用することにより、今や依頼者、代理母、卵子ドナー、受精卵、配偶子などが国境を超えてさまざまに移動している。(中略)商業的代理出産というスキームは、世界のどこかの場所で生き続けていくのだろう」
すでに世界中には代理出産のネットワークが構築されている。子どもが欲しいという依頼者はまだまだいるわけであり、生殖ビジネスが消滅することなど考えにくい、というわけだ。
とはいえ、インドやタイでの手頃な代理出産がむつかしくなった今、不妊に悩む人々は非合法の危険な生殖ビジネスに手を出さざるをえなくなり、以前よりトラブルの可能性はむしろ高まっている。
法的な問題や倫理的な問題を解決する必要があるのは確かだが、晩婚化や少子化、不妊の問題などを考えると、日本も代理出産についてもう少し本格的に法整備を進めるべきなのかもしれない。
(田中ヒロナ)
最終更新:2015.08.18 07:39
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