娘のばななに「おまえまで共産党か!」吉本隆明の晩年のボケぶりが明らかに

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「現代思想」(青土社)2012年7月臨時増刊号

 文学、政治、社会、宗教からサブカルチャーまでを幅広く論じ、「戦後思想の巨人」と呼ばれた吉本隆明。そのカリスマ性は没後2年以上経っても健在で、今春から全38巻に及ぶ全集の刊行が始まった。

 その吉本について、娘のよしもとばななが語ったエピソードがおもしろい、と話題になっている。ばななの話が載っているのは「文學界」(文藝春秋)2014年8月号で、今年5月、その全集刊行記念イベントで行なったスピーチを収録したものだ。

「今日の私の役割を考えてみて、(中略)父の思想だとか私の小説に彼が与えた影響だとかではなく、単なる娘としてのお話をしたいと思います」

 こんなふうに切り出したばなながまず、語ったのが、吉本の死後、細かい金額の通帳がたくさん出てきたことだった。それで、ばななは、若い銀行員が自転車に乗って勧誘にくると、父が金もないのに定期預金や積み立て口座を作ってあげていたことを思い出したのだという。その姿は、幼いばななから見ても「いいカモ」だった。でも、吉本は銀行員が新しい商品を薦めてくるたびに、「そうですが、そうですか、いいですよ。はんこを押せばいいですか?」とどんどん作っていったのだという。

 既存の左翼や知識人への厳しい批判と、舌鋒鋭く相手を切り捨てる数々の論争で知られた吉本だが、日常で接する市井の人びとにはとことん優しく、ノーと言えない性格だったようだ。

 他にも、お人よしエピソードにはことかかない。植木屋が注文通りに庭を造らず、家族がやり直させようとしたら、「あんなにいっしょうけんめい一日かけてやってくれたんだから、言わないであげようよ」と押しとどめる。自力で立てなくなった晩年、若いファンが突然訪ねてきた時には、寒い玄関先で薄着のまま、たんすに寄りかかって長時間応対し、家族をハラハラさせる……。

  そういう人の良さゆえ、金をせびられたこともある。吉本は1996年に海水浴中に溺れ、一時意識不明の重体になったが、その際に救助した中の一人が数年後、金に困って家を訪ねてきた。もちろん吉本の妻は、既に謝礼を送っていた。その時の玄関先でのやり取りを聞いていたばななは、こう語っている。

〈「今、うちにはほんとうにお金もないし、とにかくこれだけなら差し上げられます」と言って、父はポケットの中からくしゃくしゃになったお金を全部出してその人に即座にあげていました。多分数万円と数千円だったと思います。その人はあきれたのとその行動にうたれたのと半分くらいの感じで、ぶつぶつ言いながら帰っていきました。こういうことってあるもんなんだねえ、という父の声がまだ耳に残っています〉

 生涯大衆や世間に寄り添い、その代弁者となりながら、当の彼らに利用される無類のお人好しだったというわけである。

 また、吉本については、晩年、内容に疑問符がつくようなインタビュー本が多く出版され、ボケているのではないかという話が囁かれていたが、ばななは今回、このボケについてもはっきり語っている。

 足が悪くなってからはかなりボケが進み、世に波紋を投げかけてきた自らの仕事すら、きれいさっぱり忘れ去ったような発言もしばしばだったという。とくに「オウム真理教ってなんだっけ?」と言い出したときには、みんなずっこけたらしい。それはそうだろう。地下鉄サリン事件の後も宗教者としての麻原彰晃を評価する旨の発言を行い、「オウムの擁護者」として轟々の非難を浴びたのだから。

 もっとも、新左翼のイデオローグだった吉本が60年安保の時代から激しく対峙してきた日本共産党への敵愾心だけはずっと持ち続けていたようで、ばななに対して「おまえまで共産党だとは!」と言い出したこともあったという。この時は、「自慢じゃないけど、私は共産党ってだれが作ったかも知らないぞ!」と、言い返したらしい。

 吉本は、東日本大震災後の2012年1月、「週刊新潮」で「反原発で猿になる!」と題する原発肯定論を展開し、多くの反発を浴びた。だが、この発言も、「お人好し」で「おっちょこちょい」で、「ボケて」いたがゆえに乗せられてしゃべらされてしまったと考えれば、納得がいく。

 他にも、島尾敏雄の代表作『死の棘』のモデルになった妻の島尾ミホに好意を抱いていたことを匂わせたり、演歌歌手の藤あや子のヌード写真集に見入っているのを家族にからかわれると、自分の好みを親友のせいにしたりと、ばななの話すのボケぶりはなんとも微笑ましいものばかりだ。

 ばななが〈気がよくて損ばかりしておっちょこちょいで、いつも即座に人を思いやれる〉と評した吉本は、普通に老い、普通にボケて、最後まで妻や娘たちを思いやりながら、その生涯を閉じた。そういう意味では、吉本がこだわり続けた〈大衆の原像〉を体現した晩年だったといえるかもしれない。

 ばななは、講演の中で、父親との最後の会話をこんなふうに明かしている。
〈最後にはっきりした会話をしたとき、父は、「年寄りっていうのは情けないもんですよ、同じことばっかり言って。みんながそう思ってるのはわかってるんだけどねえ」と言ったので、「いや、生きていてくれるだけでいいんです」と言ったら、「そう思えたらいいんですけどねえ」と言いました〉
(酒井まど)

最終更新:2014.08.13 12:23

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吉本隆明全集〈7〉 1962-1964

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