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ワセダクロニクル「吉田調書報道の真実」後編
封印された朝日吉田調書報道の“続報”とは……検証を続け、新事実を明かした元特報部記者たちに朝日新聞が圧力、記事の削除要求
2014年9日12日付の朝日新聞朝刊1面には深々と頭を下げる木村伊量の写真が掲載された (C)Waseda Chronicle
朝日新聞が福島第一原発の吉田昌郎所長(当時)の政府事故調査委員会による聴取録をスクープするも、取り消し・謝罪し、なかったことにしてしまった原発「吉田調書」記事取り消し事件。今回、リテラは9年目の3.11に、朝日でその吉田調書記事を担当していた木村英昭と、やはり特報部に所属していた渡辺周が立ち上げた探査ジャーナリズムNGO「ワセダクロニクル」による検証レポートをお届けしている。前編では、報道が誤報ではなかったにもかかわらず、朝日新聞が記事を取り消した裏で、幹部たちがまったく矛盾した発言をしていたことが明らかにされた。
記事が出てから3カ月半後の2014年9月11日、木村伊量社長が突如、吉田調書報道の記事を取り消し、全面謝罪をしたのだが、その1カ月後、社内向け説明会で経営・編集幹部が口にしたのは、むしろ朝日の慰安婦報道問題をめぐる対応を批判した池上彰のコラムを不掲載したことだった。なんと説明会に出席した幹部6人中、4人が「吉田調書や慰安婦報道より池上彰のコラム不掲載が問題」という認識を明かしたのだ。
だとしたら、幹部たちはなぜ、吉田調書報道だけを矢面に立たせ、記事を取り消したのか──。後編ではその不可解な意思決定の裏側と封じ込められた続報、そして、騒動から5年経った昨年末、朝日新聞が吉田調書問題を検証している元記者たちの所属する「ワセダクロニクル」に、圧力をかけていた事実をレポートする。
(編集部)
●池上彰の朝日批判コラムを不掲載にしたのはやはり木村社長だった
木村伊量は社長を退任後、『文藝春秋』2018年2月号に手記を寄せた。この号の特集は「私は見た!平成29大事件の目撃者」。木村伊量の記事は「朝日前社長初告白『W吉田誤報』の内幕」というタイトルだ。「W吉田誤報」とは、慰安婦報道での「吉田清治証言」と、福島第一原発の吉田昌郎所長の「吉田調書報道」の双方を指している。
木村伊量は、ここで真実を告白する。その理由についてはこう書いた。
「当時の経緯やトップとしての判断を、できるだけ正確に書き残すことは、やや大げさなもの言いをするなら、歴史に対する責任ではないか、という思いが去来してもおりました。社を退いて三年。それなりの時間が経過したこともあり、今回、編集部の求めに応じたしだいです」
そして、池上コラムが不掲載になった理由について書く。
「池上コラムの不掲載については「一読して『役員全員で検証記事のトーンを決めたのに、『おわびがない』という一点をもって検証記事の意味はなかったと言われ、読者の不信を買うようなら、ぼくは責任をとって社長を辞めることになるよ』と、かなり厳しい調子でコメントしたと記憶しています」
木村伊量は「社長を辞めることになる」「かなり厳しい調子でコメントした」と言ったことを自ら認めたのだ。 2014年9月12日の記者会見の内容とは異なるものだ。記者会見では、池上コラムの不掲載を支持したわけでなく、「感想を述べただけ」と説明していた。木村伊量は、ウソをついていた。
池上コラムの不掲載は社長の木村伊量が決めたことで、社内外の批判は最高潮に達していた。その批判の嵐が社長を直撃しないように、朝日は吉田調書報道を「生贄」として差し出したのだ。
しかし、そのことに良心の呵責を感じたのか、杉浦ら役員たちは「一連の問題」で吉田調書報道ではなく、池上コラム不掲載が一番問題だと吐露したのではないか。あの社員説明会には、社長の木村伊量は出席していなかった。
新聞協会賞をとらせるため、「続報」を掲載させなかった朝日新聞の“危機管理ライン”
池上コラムの不掲載が明るみに出たのは、『週刊文春』がネットで速報した2014年9月2日だ。それ以前は、吉田調書報道は朝日新聞社にとっての「看板」報道だった。
その証拠に、朝日は吉田調書報道で新聞協会賞に応募した。翌年度の会社案内には取材班の木村英昭と宮崎知己の顔写真が掲載し、吉田調書報道をアピールした。その過程で犠牲になったのが本来やるべき吉田調書報道批判への反論や説明、「続報」だった。
吉田調書報道の最初の記事の見出しは「所長命令に違反 原発撤退」だ。福島第一原発の所員が「『逃げた』と書いている」との批判が出た。だが記事には「逃げた」と一言も書かれていない。主眼は「原発の過酷事故のもとで誰が事故の収束に対処するのか」だ。
批判は記事の主旨とズレたものだった。
このため、朝日新聞社は続報を出すことで、記事の主旨と根拠を詳しく説明しようとした。そして、広報部を交えた編集サイドとの話し合いで、詳報を用意することが決まった。ところが、その続報はことごとく不掲載になった。
最初に予定された掲載日は7月4日。総合面と特設面を使って、続報を展開する予定だった。しかし、7月2日に中止が指示された。中止を決めたのは、「危機管理ライン」と呼ばれる編集担当役員の杉浦信之、社長室長の福地献一、広報担当役員の喜園尚史だ。
取材班には担当デスクから「理由は追って説明する」と伝えられた。翌日の7月3日に、新聞協会賞の応募の締め切りを控えていた。朝日新聞社の幹部は協会賞の審査を前に記事に傷をつけたくなかった、と幹部は言った。
次の掲載予定日は7月24日に設定された。ところが、これも実現しなかった。協会賞の審査にプラスに働くのかマイナスになるのか、判断が揺れていた。
7月25日に新聞協会賞の1次審査で吉田調書報道は落選した。吉田調書報道で新聞協会賞を受賞する目的はなくなったが、8月に入ると状況が刻一刻と変わっていった。
まず、8月5日と6日に朝日新聞が慰安婦報道の検証を掲載した。ところが、ウソの証言をもとにした記事を取り消したのに謝らなかったことへ批判が起きた。
8月18日には産経新聞が吉田調書を入手し、朝日新聞の報道内容を批判する。朝日新聞が5月20日に吉田調書を入手して以降、マスコミ各社は調書を入手できず報道できなかった。しかし、政府が吉田調書の公開を決定する前後から、他社が次々と手に入れた。そこからは堰を切ったように大手マスコミが吉田調書について報道する。
それでも朝日新聞編集局はまだ強気で、再び詳報を掲載する計画を進めていた。批判を浴びている最中、特報部の担当デスクは取材班に編集担当役員の杉浦の言葉を伝えている。
「杉浦さんは『強く行け』『絶対に謝るな』と言っている」
しかし、9月2日に池上コラムの不掲載が「週刊文春」にスクープされて、状況は決定的に悪化する。詳報が予定された最後の日は9月5日だったが、これも中止になった。
結局7月から計4回、詳報の掲載が予定されたのに全て実現しなかった。
報道内容に批判が寄せられることは、よくある。報道した側の意図が誤解される場合もある。その場合、私たちジャーナリストは追加で記事を出したり放送したりして内容を補っていく。捏造でない限り、それが読者や視聴者への説明責任だ。記事を取り消すことはありえない。
5年後、吉田調書報道を検証しようとした「ワセクロ」にかけられた朝日新聞の圧力
しかも、朝日新聞のこの姿勢はそれから5年経った今も変わっていない。わたしたちはその後、朝日新聞を退社し、「ワセダクロニクル」を立ち上げ。自分たちのメディアで改めて吉田調書問題を検証し、連載「葬られた原発報道」として掲載し始めた(現在も継続中)。
ところが朝日の広報部は2019年11月28日付で、編集長の渡辺周あてに「葬られた原発報道」で掲載した記事の一部内容に対して「削除要求」を送ってきた。
削除要求の対象は二つある。
一つ目の対象は、ワセクロが2019年11月11日にリリースした「葬られた原発報道」の6回目「幻の紙面が問うた『福島第一原発事故の宿題』」の中の記述だ。私たちは朝日新聞が掲載しなかった吉田調書報道の「幻の詳報記事」を入手し、報じた。そこには特報部長の市川誠一の解説が載っている。特報部長の解説は、読者に対して真摯な内容だ。
「報道の目的は、過酷事故のもとでは危機対応に必要な作業員が大量にいなくなることもあり得るという現実を直視し、組織・体制のあり方を根本から練り直す必要があることを問いかけることにあります」
二つ目の対象は11月12日リリースの7回目「『危機管理人』の登場」だ。私たちは、朝日新聞社が2015年度で使う予定だった会社案内の中身を手に入れ、それを記事で報じた。
会社案内には、吉田調書報道をスクープした記者2人が写真付きで掲載されている。会社案内のゲラは2014年8月28日に2人に届いており、吉田調書報道を朝日が取り消したのはその2週間後だ。あっという間に「会社案内にも載るヒーロー」を「記事取り消しの戦犯」にした証拠だ。
朝日新聞社が主張する削除要求の理由は以下の通りだ。
(1)当該の記事は社内で検討した結果、読者への説明として適切ではないとの判断に至り、掲載を見送った
(2)未公表の取材結果や記事を漏洩した者の行為はジャーナリストとしての重大な職務倫理違反に該当する
(3)上記(2)の行為は、朝日新聞社の就業規則や記者行動基準にも違反。記事作成当時に朝日の特報部に在籍した渡辺周が、ワセクロに記事を掲載したことは極めて遺憾
ワセクロという独立したジャーナリズム組織にとって、朝日は取材・報道の対象だ。社会に必要な情報と判断すれば報道する。たとえ社員であっても、組織人ではなくジャーナリストとしての倫理を優先するならば、他メディアを使って報道することすら何ら問題はない。
そもそも朝日新聞は、取材対象の内部情報を報じたことがないのか。入手した文書を報じるのに、相手の了解をとっているのか。
そんなことはない。
ワセクロの今回の報道に対して、このような削除要求をしてくるようでは、現場は取材できない。内部告発者が、組織から糾弾されるリスクを冒して情報を提供しようとしても、こう判断されるだろう。
「朝日は、自分のことを組織を裏切って情報を漏洩した人間だとみなすので、提供はやめておこう」、そうなれば、探査報道はできない。もちろん、朝日が探査報道はあきらめて、政府や大企業の広報機関になるなら別だが。
「なんでへこへこ謝るんだよ」「ここぞという時に勝負しろよ」という福島の被災者の声
しかし、どんな圧力があっても、わたしたちは、この吉田調書報道の再検証をやめるつもりはない。先述した「幻の詳報記事」にもあったように、福島第一原発事故には未だ放置されている宿題が山ほどある。また、この問題を検証し続けることは、ジャーナリズムの意義と巨大メディアの問題点を明らかにする作業でもあるからだ。
吉田調書報道の取り消し後、渡辺周が殺到する読者からの電話対応を「お客様オフィス」で手伝ったことがあった。電話してきた中には、福島の被災者の男性もいた。彼は事故後に、母親が6箇所の施設をたらい回しにされて衰弱し、亡くなったという。記事に取り消しについて「何でへこへこ謝るんだよ」と電話口で1時間に渡りまくし立てた。
「サンゴ事件の時のようなねつ造じゃないじゃないか。吉田所長が1F(福島第一原発)で待機しろといったのに、2F(福島第二原発)に行ってた。状況的には命令違反じゃないか。あの時は東日本が壊滅するかどうか紙一重の状況の中で、1Fにとどまれといったんだよ」
「一度事故が起きたらアンコントロールド(制御不能)になる。これが本質だ。放射能の前ではみんな一緒。大熊町に『原子力 明るい未来のエネルギー』という看板があって、今や草がぼうぼう、イノシシが10頭走ってるのを見た。あれが原発の姿だと思うんだ」
そして、ジャーナリストへの思いをこう語った。
「第二次大戦の時は、良心的な人が牢屋に入り、新聞は戦争を煽った。同じ失敗を繰り返すのか。今回は第二次大戦の時に匹敵するくらい『ペンは力なり』を試されている時だと俺は思う。普段は駄文を書いても許すよ。ここぞという時に踏ん張って勝負しなきゃ。しっかりしろよ」
(了)
ワセダクロニクルとは
2017年2月1日に創刊した、独立・非営利・探査ジャーナリズムを掲げたニューズルーム。購読費や広告費に依存せず、市民からの寄付で運営されている。ジャーナリストだけではなく、銀座のバーの経営者やベンチャー企業家、営業マンなど、総勢18人で運営する。77カ国から182の独立・非営利のニューズルームなどが加盟する世界探査ジャーナリズムネットワーク(GIJN: Global Investigative Journalism Network)のオフィシャルメンバー。国境や文化、組織を超えた国際共同取材にも力を入れている。報道の自由推進賞(2017年)や貧困ジャーナリズム大賞(2018年)などを受賞。編著書に『探査ジャーナリズム/調査報道──アジアで台頭する非営利ニュース組織』や『探査ジャーナリズムとNGOとの協働』など。
〈関連記事〉=連載継続中
ワセダクロニクル/特集「葬られた原発報道」
第1回「『国が壊れても記者は黙る』国・日本の共犯者は誰だ」
第10回「拝啓 朝日新聞社長、渡辺雅隆さま 『記事の削除要求』にお答えします」
第11回「拝啓 朝日新聞社長、渡辺雅隆さま 『記事の削除要求」の撤回を求めます」
最終更新:2020.07.01 02:41
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