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ラグビー中継で視聴率3.7%『いだてん』が日本の中国での戦争加害に言及!五輪のナショナリズム利用や軍国主義も批判
NHK『いだてん〜東京オリムピック噺〜』公式サイトより
メディアではとかく「NHK大河ドラマ史上稀に見る低視聴率作品」といった扱いばかり受けている『いだてん〜東京オリムピック噺〜』。同時間帯に放送されたラグビーワールドカップ日本vsスコットランド戦の影響を受けた10月13日放送回は3.7%(ビデオリサーチ社調べ、関東地区)という数字を記録。大河ドラマ歴代ワースト記録をさらに更新したと報道されている。
しかし、この放送回・第39回「懐かしの満州」には、先の戦争をめぐって最近のテレビではほとんど聞くことのできない踏み込んだセリフがあった。
この回で描かれていたのは、終戦間近の満州を巡業する古今亭志ん生(森山未來)と三遊亭圓生(中村七之助)。二人の噺家は満州の地で小松勝(仲野太賀)という青年と出会う。小松はドラマオリジナルの人物だが、主人公のひとりである日本マラソン第一人者・金栗四三(中村勘九郎)の弟子で、1940年東京オリンピック返上によりオリンピック出場の夢を絶たれ、学徒出陣により徴兵されたのだが、終戦間近の満州で逃亡兵となっていた。
ソ連軍が攻めてくるという噂が飛び交ってパニック状態になった街で、危うく殺されかけた志ん生と圓生を小松が守った縁で3人は行動を共にすることに。そして終戦を迎え、いよいよ本格的に民衆の暴動が起き、日本人の居場所はなくなっていく。
暴動によって廃墟になった劇場で車座になって酒を飲み交わし、それぞれの家族に思いを馳せる3人。しかし、小松だけは侵攻してきたソ連兵により銃殺されてしまう。
注目したのは、その小松の死が描かれた後、老年期の古今亭志ん生を演じるビートたけしが語ったナレーションだった。
「ソ連軍が本格的に来てからは、ひでえもんだったよ。女はみんな連れていかれた。逆らったら自動小銃でパンパンと来る。沖縄で米兵が、もっと言やあ、日本人が中国でさんざっぱらやってきたことだが。なら俺もいっそ死んじまおうって、残ってたウォッカをガブ飲みして……」
短いナレーションのなかのたった一言だが、そのなかに「沖縄で米兵が、もっと言やあ、日本人が中国でさんざっぱらやってきたことだが」という言葉がある意義は非常に大きい。
戦争が、家族、恋人、友人といった人々を引き裂く悲惨なものであると描くのは、現在の映画・ドラマでもある描写だ。しかし、歴史修正主義的な風潮が跋扈し、安倍政権下で顕著に右傾化が進むなか、日本の「加害」が映画・ドラマのなかで描かれることはほとんどなくなった。そのような描写を入れれば、ネトウヨから総攻撃、さらには政治家からの圧力を受ける可能性があるからだ。
そんななか、『いだてん』は、言葉少ないながらも、日本人も誰かの大切な命を奪い、家族、恋人、友人を引き裂いていた「加害者」であることについて直接言及した。この勇気は称賛されてしかるべきものだろう。
しかも、『いだてん』がこうした姿勢を見せているのは、この第39回だけではない。日本が戦争に突入していく時代を描いた最近の回には、日本の戦前戦中の体制、そしてオリンピックを軍国主義やナショナリズムに利用する動きについて明確に批判的な視点を持ったシーンが頻繁に出てくる。
阿部サダヲが「日本はスポーツと政治を分けられない」「お国のためのオリンピックなんていらん」
第37回「最後の晩餐」もそうだった。この会では、日中戦争が激化し、国内外で1940年のオリンピックが東京で開かれることに疑問が呈されるなか、あくまで開催を強行しようとする嘉納治五郎(役所広司)を、批判的な視点で描いていた。
嘉納は組織委員会の会議のなかで、ナチスのプロパガンダに利用された1936年ベルリン大会のようなオリンピックを目指すような、こんなセリフを吐く。
「ベルリンの統制力を見せつけられたいま、国民は君の言うようなこじんまりした大会など望んではおらん。紀元2600年の祭典。真剣にやらんと。赤っ恥になるぞ」
そして、東京大会に対する反対意見が強まる国際世論を説得するために、カイロで行われるIOC総会に出席するのだが、目を引いたのは、ともにオリンピック招致に動いてきた阿部サダヲ演じる主人公・田畑政治とのやりとりだった。
嘉納がカイロに一緒に行かないかと誘うと、田畑はそれを拒否。激高しながら、スポーツが政治利用されてしまう現状では日本にオリンピックは開く資格はなく、ここはまず返上して、日本は平和になってからまた招致すればいいと叫ぶのだ。
「返上するならご同行します。断固、開催するとおっしゃるなら行きません。(土下座をしながら)この通りです。嘉納さん、返上してください。だめだ。こんな国でオリンピックやっちゃ、オリンピックに失礼です」
「いまの日本は、あなたが世界に見せたい日本ですか。また口先だけで大風呂敷を広げると言うんですね。そんな嘉納治五郎は見たくない。どうぞ、ひとりで行ってください。前向きに返上してくれと言っているんだ、俺は! あんたがここで引き下がる潔さを見せれば、戦争がおさまった後、もう一度オリンピックを招致できる。残念です」
結局、二人は決裂し、嘉納はひとりでカイロに発つのだが、さらに踏み込んでいたのが、日本に残った田畑と、東京オリンピック返上を訴える衆議院議員の河野一郎(桐谷健太)の会話だ。
河野が「陸軍次官や文部次官を組織委員会に招いたのは嘉納さんだって言うじゃないか。どうしちゃったんだね、あの人は。オリンピックを利用しようとしているんじゃないか。ヒトラーがベルリンでやったように」「お前だって本心はそうだろ、違和感を覚えないはずはない」という言葉に、こんなセリフを返すのだ。
「そんなのはずっと前から感じているからね。違和感なら二・二六事件のときから、いや、もっと前からだよ。五・一五事件のときから大きくなる一方だ。日本はそういう国。政治とスポーツを別に考えられない。もう軍事国家だよ。本当のことを言おう。お国のためのオリンピックなんて俺はいらん。だから、返上してくれと嘉納さんに言ったんだよ」
東條英機が「天皇陛下万歳」と掛け声をかける学徒出陣の記録映像を使った『いだてん』
また、第38回「長いお別れ」では、当時の大日本帝国がいかにグロテスクな軍国カルト国家であったのかを描くシーンも登場した。
この回のラストは、1943年10月21日に明治神宮外苑競技場(国立競技場の前身となる施設)で行われた出陣学徒壮行会のシーンが描かれるのだが、その中で当時の記録映像をカラー化したものが流される。実際の東條英機が「天皇陛下万歳」とかけ声をかけ、聴衆が一斉に「天皇陛下ばんざーい」と叫ぶ映像だ。
そして、「ばんざーい」という声が不気味に響き渡るなか、客席にいた田畑はオリンピックを呼ぶためにつくったスタジアムが戦争のために使用されることに怒りをぶちまける。一方、行進する小松を涙ながらに見つめながら「ばんざーい」と声をあげる主人公の金栗四三。
戦地へ赴く青年たちが描かれることは近作の戦争映画やドラマでもよくあるが、その際に描かれるのは母親や恋人との親密な会話や愛情表現であって、その背景にあるグロテスクな軍国主義についてはほとんど触れられなくなった。そんな中で、『いだてん』は実際の映像を使いながら、登場人物の口を通して軍国主義にはっきりとNOを表明させたのである。
『いだてん』は他にも、戦前の日本の歪なナショナリズム、負の部分に踏み込んできた。本サイトが以前の記事で取り上げた、関東大震災の朝鮮人虐殺を示唆するシーン、朝鮮半島出身であるにも関わらず、日本の植民地支配のため、日本代表として日の丸と君が代をバックにメダルをもらうことになったマラソンの孫基禎選手と南昇竜選手のエピソード……。
もちろん、これらは戦前から戦中の日本社会を描く以上、当たり前に出てくるべきシーンで、むしろ、それを描くことを「踏み込んだ」と言わざるを得ない状況のほうがおかしい。しかし、前述したように、安倍政権下で右傾化と歴史修正主義的な風潮が進み、史実通りの戦前、戦争描写が難しくなっているなか、NHK大河ドラマというもっともメジャーな枠が戦前、戦中の日本の負の部分をギリギリのところでなんとか描こうとしている姿勢は高く評価すべきだろう。
スポーツのナショナリズム利用を批判する『いだてん』がラグビーW杯中継で休止になる皮肉
しかも、宮藤官九郎がどこまで明確に意図しているかは不明だが、『いだてん』が描いているこれらの問題はすべて、今、日本で起きている問題につながっている。
たとえば、朝鮮半島出身のマラソン選手をめぐるエピソードは、この間、日本で巻き起こっている嫌韓やレイシズムの問題を考えさせられたし、第37回の田畑の「日本はそういう国。政治とスポーツを別に考えられない」「お国のためのオリンピックなんて俺はいらん」というセリフは、昨今のサッカーW杯やラグビーW、2020年のオリンピックなど、過熱するスポーツナショナリズムへの批評的な意味合いさえ感じられた。
そういう意味では、いまの『いだてん』こそ、多くの人に見てもらいたいと思うのだが、残念ながら、冒頭で述べたように、視聴率はどんどん下がり、10月13日放送回では、同時間帯に放送され39.2%という高視聴率を記録したラグビー日本vsスコットランド戦の裏で、3.7%を記録してまった。
そして、きょうの『いだてん』は、やはりラグビーW杯日本vs南アフリカ戦の放送を急遽、BSでなく地上波で放送することになったため、休止になった。
スポーツのナショナリズム利用に異議を申し立ててきたドラマが、いま、「日本人の心」などという言葉でまさにナショナリズムをかき立てているラグビーの中継によって隅っこに押しやられていく。皮肉だが、2019年の日本を象徴する出来事だと思わずにはいられないのである。
(編集部)
最終更新:2019.10.20 02:04
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