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「お父ちゃんなんかさっさと死んでくれたら…」島田洋七、安藤桃子、春やすこら著名人が語る苛烈な介護体験
『私と介護』(新日本出版社)
介護をめぐる様々な問題は深刻化の一途をたどっている。介護職員の過酷な労働環境、介護施設で相次ぐ虐待、悪徳介護ビジネスの跋扈、介護離職、介護による貧困、そして家族間での介護殺人や心中──。
2025年には、団塊の世代約800万人が後期高齢者となり、後期高齢者人口は2200万人にまで達するという試算もある。これが介護の“2025年問題”だ。4人に1人が後期高齢者という超高齢社会で、誰しもが直面する可能性が極めて高いのが介護だ。
そんななか、各界の著名人などが自らの介護体験を語った『私と介護』(新日本出版社)が刊行された。そこには島田洋七、春やすこ、ねじめ正一、城戸真亜子、安藤桃子、香山リカなど17人の赤裸々で率直な介護体験が語られている。
たとえば『佐賀のがばいばあちゃん』で注目を集めた島田洋七氏は妻の母親(義母)の介護を経験している。1999年、佐賀で暮らす義母が脳梗塞で倒れたのだ。東京から片道2時間かかる老母の遠距離介護が始まった。しかし、こうした生活は過酷だった。
〈ある晩、僕が帰宅すると、嫁が娘に話していました。「こんな生活いつまで続くんやろ」。その声は疲れ果てていました〉
そのため島田氏は東京を引き払い、佐賀に引っ越すことを決意する。〈芸能界の仕事も大切かもしれないけど、それより親の方が大切やと思った〉からだ。その後14年もの間、夫婦と妻の兄弟を含めた介護生活が続いた。しかしお互いが率直に話し合い、介護も協力できたことで、それを乗り切ったという。
〈全部、一人で抱え込むのが一番あかん。無理せず家族にも頼って、自分でできる範囲で介護をしたらいいと〉
両親のダブル介護を経験したのが、タレントの春やすこ氏だ。春氏の父親は20年以上前から脳梗塞で右半身が不自由となり、大病も繰り返した。そんな両親が心配で2005年に同居を始めた春氏だったが、その父親が階段から落ちて、要介護5となる。さらに今度は母親が自転車で転倒してしまう。春氏の2人の子どもも介護を手伝ってくれたが、それでも春氏の負担は大きかった。
〈朝6時前に起きて3時間おきにオムツを替え、食事を運ぶなど、一日中父の世話をしながら、母の通院につきあう生活です。
くたくたになって、「なんで何もかも私が……」と、ストレスで過食になりました。しんどいときは、「お父ちゃんなんかさっさと死んでくれたら楽やわ」と毒吐いて傷つけたこともあります〉
そんな春氏だったが、両親の気持ちを優先し、最低限の介護サービスしか利用しなかった。だが、その異変に気づいたのがケアマネージャーだったという。「今したいことは、なんですか?」との問いに、大学を卒業する娘との旅行を伝えると、「介護サービスを使って行ってきて」と背中を押されたのだ。その後、春氏は以前より介護サービスを使うようになり、気持ちの切り替えができたという。
芸能一家も介護とは無縁ではない。母がエッセイストの安藤和津、父は俳優の奥田瑛二、さらに妹が女優の安藤サクラ、そして自身も映画監督という華々しい一家の安藤桃子氏は、祖母を家族総出で介護した。しかし介護に至るまでは紆余曲折あったという。それは寝たきりになる前、祖母がデパートでおもらしをしたことだった。
〈体の大きなひとだったから2人で入ると窮屈、尿の匂いも子どもと違ってきつい。手間取るうちに祖母が力尽きてへたりこんでしまい、思わず怒鳴ってしまいました〉
桃子氏はこのことを現在でも後悔しているというが、その後も祖母は家族に下の世話をされることを拒否したという。
〈埋められない溝があって、しんどい時期でした。けれど、祖母が自らの現状と、家族の「助けたい」という気持ちを受け入れてくれたことで、介護は次第にスムーズになっていきました〉
祖母は06年、83歳で亡くなったが、桃子氏は14年、介護をテーマにした映画『0.5ミリ』を監督する。その理由は次のようなものだった。
〈お年寄りの知恵を借りたり、大切に敬うことが今の日本では本当に少ないですよね。高齢者への敬意がない現状に怒りが湧きました〉
〈先人たちの知恵を、しっかり受け継ぎ、バトンタッチをしなくてはと思います〉
同書で語られるのはある程度、経済的に余裕のある人々でもある。環境の面でも恵まれているといってもいい。それでも、介護はそれぞれが多くの、そして多様な問題を抱えるものであり、苛烈なものには違いない。彼ら、彼女たちの語る言葉は、体験者ならではの切実なものだ。
「働いている人の収入が、大変な仕事の割には少ない」「東京オリンピックで本当に3兆円使うのなら、それを削って介護士さんの給料を上げてほしい」(島田洋七氏)
「相談できる人を見つけて、ためこまないこと。サービスも受けて、どんだけズボラにできるか考えると、気が楽ですよ」(春やすこ氏)
「仕事がなければ孤独に陥り、煮詰まってしまうでしょう。ブログなどで発信し、社会にかかわりながら誰かの役にたつことは、私自身の救いでもあります」(認知症の母親を介護するフードライターの大久保朱夏氏)
「介護は突然やってきますし、介護する側の心が豊かでないと成り立ちません。家族をサポートする体制をもっと増やしてほしい」(安藤桃子氏)
「政府はいま、施設介護を見直し、在宅介護にシフトさせようとしています。悪い方向ではありません。しかし、介護の働き手は備わっていないなかで、互助や家族でごまかされては困ります」(20代で母親を、30代で父親を、そして夫を在宅介護で見送ったノンフィクション作家・沖藤典子氏)
しかし現実を見ると、こうした介護者たちの切実な声が届いているとは思えない。
新年早々の1月1日、改正「育児・介護休業法」(育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律)が施行された。
この改正では、介護が必要な家族が1人いる場合、通算93日までだった介護休業を3回を上限に分割して取得できるようになった。また介護休業とは別に、労働時間短縮措置が利用開始から3年の間で2回以上の利用可能となり、残業免除もできた。その対象は正社員と一部の派遣社員で、介護についての休暇も1日単位を半日単位に改めるなどが盛り込まれている。
しかし、これで問題が解決するかといえば、そうではない。これまでにも、「介護休業法」は存在し、93日までの介護休業が認められていたが、その取得率はわずか3.2%。それが分割で取れると改正されたからといって、劇的にその数字が上がるとは思えない。しかも申請すると企業は基本的に拒否できないが、その罰則は最大20万円の過料と、悪質な場合の企業名公表だ。これが一体どのくらい効力があるのか。現在の日本企業の体質を考えると大きな疑問が残るものだ。さらにパートなどの非正規や、契約1年単位の派遣社員、リタイア後の老老介護や、専業主婦に対しては、何の効力もない。
そもそも本サイトでも何度か指摘したが、現在、安倍政権が推し進めているのが“家族による在宅介護”と“介護締め出し”政策だ。15年4月にも介護保険法が改正されているが、これで介護難民が減るどころか、特別養護老人ホーム(特養)の入所条件が厳しくなった。それまで「要介護1」以上だったのが「原則要介護3以上」と引き上げられ、それが介護保険法の施行規則に明記されたのだ。これでは入居したくても申込みすらできなくなり、門前払いされる要介護者が増加するだけだ。また入居できたとしても補助認定が厳格化され、さらにこれまで全員1割だった自己負担割合が、年金収入280万円以上の場合で2割に倍増した。
介護保険料が値上げされた一方、介護報酬は実質マイナス4.48%と過去最大規模の引き下げになり、デイサービスなど小規模施設の閉鎖が相次いで問題になったし、介護職員の不足も深刻だ。
こうした政策は、右肩上がりの介護保険制度の財政を抑えるため、家族による在宅介護に重点を置くものだ。要介護者が必要なケアを受けられないだけではない。家族にとっても、これまで以上に精神的かつ肉体的、そして経済的な負担が増加するということでもある。「介護離職ゼロ」どころか、はっきり言って、介護サービスの崩壊と高齢者の切り捨てだ。
さらに家族による在宅介護を強要する“根拠”とすべく安倍政権が意欲を燃やすのが、来年の国会で提出を目指す「家庭教育支援法案」(仮称)だ。これは家庭教育を「家庭、学校、地域が一体となった支援体制の強化」(自民党プロジェクトチーム事務局長・上野通子参院議員)を狙いとするというが、実際には国家が家庭のあり方を規定し、家庭教育に介入するというトンデモなシロモノとみられている。実際、安倍政権は「家族は、互いに助け合わなければならない」という自民党の改憲草案の憲法24条、いわゆる“家族条項”の新設に見られるように、家族による「助け合い」を義務化しようとしており、「家庭教育支援法案」もその延長上にあることは間違いない。
国や自治体がすべき社会保障を“家族”に丸投げするという“自己責任論”。しかも、前掲した『私と介護』でも介護経験者が指摘するように、在宅で介護をする人々を支えるための政策や取り組みがほとんどないのが現状なのだ。
しかし、本当に必要なのは、家族であれ介護施設の職員であれ、介護する者への経済的サポートとともに、心と体の負担を減らすべく繊細で多様性のあるサポートシステム構築だろう。
介護が必要な人々と、それを支える介護者のため、同書のように多くの著名人たちが声をあげる。こうした声が大きなムーブメントとなることを祈りたい。
(伊勢崎馨)
最終更新:2017.11.15 06:33
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