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NHKに屈するのも当然? 爆笑問題・太田光が右翼団体の抗議で「転向」していた!?
『しごとのはなし』(ぴあ)
爆笑問題が「NHKで政治ネタをボツにされた」と告発した問題は、結局、太田光が「政治ネタをやらないというのは、打ち合わせの段階で僕らは了承している」「言論統制なんてない」と釈明したことで一件落着となった。
しかし彼らは1月7日放送のラジオで「今回、NHKで政治家さんのネタがあったんだけど、全部ダメっちゅうんだな。あれは腹立ったな」(田中裕二)「テレビ局の自粛というのはあります」(太田光)とはっきり発言していたはずだ。
それが一転して、「言論統制なんてない」「ルール違反は俺ら」とNHKをかばう発言。しかも、籾井勝人会長とも「イベントで会って握手した」などと仲の良さをアピールしたのである。
この“大人の対応”にはガッカリしたファンも多かったのではないだろうか。あの過激な太田がなぜ、と。
だが、考えてみれば、彼がこんなふうに日和るのも無理はないのかもしれない。太田光が過激だったのは昔の話。この毒舌芸人は10年近く前、ある事件を境にして、決定的な「転向」をとげているのだ。
それは、2006年のことだった。当時、太田は今とは比べ物にならないような過激な政治的発言を連発していた。雑誌連載や単行本、さらにはラジオで、憲法や教科書問題、靖国神社などに踏み込み、右傾化の風潮を徹底批判していたのだ。
それまでも、ビートたけしや松本人志など、カリスマ的人気を得たお笑い芸人が活字で社会問題を語るということはあったが、彼らはイデオロギーがからむ問題には触れなかったし、社会批評ではむしろ空気におもねって戦後民主主義的価値観をちゃかすことで、「過激」という称号を得ていた。
ところが、太田は逆。たけしや松本が否定した、愚鈍で格好悪いはずの平和や人権、平等といった戦後民主主義の擁護役を買って出て、時代の空気に真っ向から対決しようとしていた。
とくにすごかったのが、「TV Bros.」(東京ニュース通信社)の「天下御免の向こう見ず」という連載だった。この連載の中で太田は、たとえば、9.11以降、繰り返される「テロに屈しない」という言葉に対し、こう反旗を翻している。
「テロに屈しないとは、言い換えれば“殺されても良い”そして“死んでも良い”ということだ」
「私にはそんな覚悟はない。アメリカの始めた戦争に付き合って殺されるのはまっぴらである」
あるいは、戦後歴史教育を「自虐」とする風潮に、こう反論していた。
「我々は、歴史を誇れるものも、恥ずべきことも全てを、学びうる全てを学ぶべきだ。こんな教育をしているのは日本だけであるという意見がある。(略)私はその点において“特別な国”であると思う。そしてその日本の“特別さ”において他の国より誇りを感じるのだ」
「張作霖事件、満州事変、盧溝橋事件と、目を背けたい事件はたくさんある。しかしこれを知ることで私達は人間の恐ろしさの可能性を知ることが出来る」
歴史認識についての中国や韓国の抗議を「内政干渉」とする国内の意見についても、正面きって批判していた。
「かつて日本人として戦場に行かされた人々がいる。皇民として生きることを無理矢理強要され、自分の国の言葉を奪われ、名前を奪われて戦場に行かされた人々がいる。その人々にとって日本の歴史は自分達の歴史であることに間違いはない。(略)自分の都合の良い時だけ、お前達は日本人であるとして、都合が悪くなると、外国人が干渉するなというのは、あまりに身勝手ではないか」
そして、日本国憲法については、「人類が行った一つの奇跡」と敢然と擁護したうえで、こう言い切ったのだ。
「私に愛国心があるとすれば、それはこの国の“この国は戦争をしない国であると、世界に宣言している部分”に注がれる」
こうした政治、社会問題へのアプローチを一部のマスコミも高く評価し、中沢新一との対談『憲法九条を世界遺産に』(集英社新書)出版も決定。朝日新聞のインタビューシリーズ「私と愛国」の第1回に起用され、06年5月からは『太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。』(日本テレビ)という政治バラエティも始まった。
ところが、そんな矢先に事件が起きる。太田の事務所に、長崎市長銃撃事件(1990年)を起こした右翼団体の幹部が抗議に訪れたのだ。太田がTBSラジオで「アジアへの謝罪のため靖国神社は破壊すべき」という発言をしていたとし、「真摯なる回答を求める」という抗議文を手渡したという。事務所は警察にも相談。警視庁が事務所に警備員を常駐させるように要請し、太田にも護衛をつける事態となった。
この問題については、太田側が抗議にあったような発言をしていないということで沈静化したが、その後、複数の右翼・民族派団体が太田の事務所に対して、その政治的発言に対する抗議文を送付する事態にもなっていたという。
すると、太田の連載やラジオの発言から徐々に、憲法や歴史認識などを扱う機会が減り始め、2007年頃には、こういうイデオロギー的なテーマに触れることはほとんどなくなった。「TV Bros.」の連載もいつのまにか、社会批評でなく自分のヘタな小説や童話を発表する場になった。
そして、第二次安倍政権が誕生して、右傾化が一気に進み、憲法改正の動きが本格化した今も、その状況はまったく変わっていない。政治ネタはあたりさわりのない政策論かギャグ、本格的な安倍批判やヘイトスピーチ批判、9条擁護のような正面切った発言はほとんどしていない。
NHKでボツになったネタも、小渕優子を「当選した瞬間に小渕ワインで乾杯してルネッサ〜ンス」と、他愛のないギャグでからかうものにすぎなかった(逆に言うと、NHKがこの程度のネタもNGになってしまうほどの厳しい表現チェックがしかれている、ということでもあるが)。
どう見ても、太田は右翼団体の抗議をきっかけにして、自らの憲法擁護、戦争反対、歴史認識という主張を封印してしまったとしか思えないのだ。しかも、戦線はさらに後退し、いつのまにか、安倍首相の傀儡である籾井会長をかばうようにまでなってしまった。
もちろん、テロは誰しもこわいし、右翼の抗議で一時的に口をつぐみたくなる気持ちもわからないではない。だが、太田の場合はその変化があまりに極端なのだ。
こうした背景には、所属事務所代表でもある妻・太田光代の存在が大きく関係しているのではないか、ともいわれている。太田と親しいあるお笑い関係者がこう語る。
「実は太田は、右翼の抗議のあった後も政治的な発言を続けようとしたし、しばらくは続けていた。ところが、光代さんが大反対したんです。『家族や社員の命を危険にさらして何が平和なの!』と怒鳴りつけて、太田の動きを封じ込めてしまった。太田も売れない時代を支えてくれた光代サンには絶対頭が上がりませんからね。今回のNHK問題もおそらく光代さんが釈明をさせたんでしょう。『週刊文春』にも自ら登場して、時間の関係でカットされただけ、なんていう明らかに無理のあるNHK擁護をしていましたしね」
所属事務所のタイタンは以前は爆笑問題の個人事務所でしかなかったが、今は所属タレントも増え、事業の多角化も行っている。爆笑問題自体もさまざまなCMに出演し、光代としては太田の表現よりも会社、ビジネスを優先させた、ということらしい。
紅白で安倍首相を揶揄する政治的パフォーマンスを見せたサザンオールスタ―ズの桑田佳祐が即座に謝罪したのも、所属事務所であるアミューズの意向だったといわれているが、芸能人が政治的主張をする際、所属事務所やスポンサーなどの利権構造が大きな障害となっているのは間違いないだろう。
そう考えると、表現・言論の自由が定着していないこの国で、芸能人に権力と戦い、政治的信念の貫徹を望むこと自体が無茶なのかもしれない。ただ、一方で、この総右傾化の時代に太田光の過激な戦後民主主義擁護が健在だったら、という思いが消えないのだが……。
(酒井まど)
最終更新:2017.12.09 05:03
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