追悼・赤瀬川原平 40年前に遺したマッピング作品「論壇地図」のタブーとは?

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『文藝別冊 赤瀬川原平 現代赤瀬川考』 (文藝別冊/KAWADE夢ムック)

 美術家・作家の赤瀬川原平が10月26日に死去した。赤瀬川といえば、千円札を模した美術作品が通貨及証券模造取締法違反に問われた「千円札裁判」や、パロディイラスト「櫻画報」の掲載誌回収騒動、あるいは街なかにある無用物に着目した路上観察、ベストセラーとなった著書『老人力』(筑摩書房)など、1960年代から近年にいたるまで、とにかく話題には事欠かなかった。

 それだけに今回、追悼記事を依頼されて、何をとりあげようか非常に迷ったのだが、ここでは赤瀬川が70年代に仲間たちとともに手がけた「論壇地図」という一連の作品を紹介したい。これは、その時々の言論状況をイラストによって表現したものだ。

 70年末に発表されたその最初の作品「現代論壇考」では、海に浮かぶ島などに著名人や組織が配置された。そのなかではたとえば、夫婦岩のごとく大しめ縄で結ばれた大小2つの国会議事堂が並び、それぞれの頂点に時の首相・佐藤栄作と共産党委員長・宮本顕治が座す。その周辺には各政党の関係者(池田大作が小島のうえで法華経を唱えていたりする)、さらには新左翼の活動家たちや各セクトのヘルメットが浮かべられ、当時の物騒で混沌とした政治状況を一つの画面のなかに描き出している。それは地図とも大パノラマともいえ、俯瞰したり細部を追ったりと見方を変えるたびに新たな発見がある。この時代について知識を持っていれば、もっと楽しめるはずだ。

 思えば、キュレーションの時代などと呼ばれ、ウェブ上にあふれる厖大な情報を取捨選択し、あるテーマのもと編集して提示することが注目されているいま、赤瀬川たちの論壇地図はさまざまな示唆を与えてくれるような気がする。

 論壇地図が掲載されたのは、「現代の眼」という月刊誌(現代評論社/休刊)である。同誌は「総会屋雑誌」と呼ばれた雑誌の一つで、反体制色が濃く、大手新聞や雑誌には載せにくいような事柄も積極的にとりあげていた。論壇地図は毎年1月号(発売は12月)に付録としてつけられていたもので、赤瀬川は同誌で連載していたこともあって依頼を受けたという。その第1弾は71年1月号に掲載され、以後、赤瀬川は72年、73年、75年、77年と計5年分を担当することになる。

 もともとは編集部のつくった関係図をもとにマンガ家が描いていたこの企画では、あくまで政治と文学が中心だった。しかし赤瀬川たちは政界・論壇・文壇だけでなく、美術・演劇・舞踏・映画・マンガなどにまで対象を広げる。時代状況的にも、アートやサブカルチャーの勢力が見逃せなくなってきた時期だった。

 このとき赤瀬川に協力したのが、筑摩書房の駆け出しの編集者だった松田哲夫である。松田は学生時代に大学新聞で原稿を依頼して以来、赤瀬川と親交があった。大学在学中はちょうど学生運動が盛んだったころで、新左翼のセクトに属する学生に、その組織がどういう位置づけにあるのか、系統図を描いて説明することもよくあったという(ほぼ日刊イトイ新聞「編集者という仕事を知ってるかい? 第1回」)。情報の整理を得意とした松田にとって、論壇地図はうってつけの仕事だった。

 続く翌72年1月号では「現代読書考」と題し、誌面いっぱいに本をずらりと並べ、その背表紙の人名と書名により当時の言論状況を表現した。ただしその書名はすべてパロディになっている。たとえば、川端康成の本のタイトルは『伊豆の踊子』ではなく、『秦野の踊子』。これは川端が前年の東京都知事選で、保守系候補の秦野章(元・警視総監)の選挙応援を行なったことを茶化したものだ。イラスト中には本だけでなく、映画館の上映ラインナップや、さまざまな物品も描かれ、大島渚の映画のタイトルが『儀式』ならぬ『図式』になっていたり、ツルハシに「竹中労務店」という荷札が掛かっていたりする。後者はルポライターの竹中労に引っ掛けたもので、本人はこれに喜んでいたという。一方、大島渚は、自分の『図式』に怒りながらも、他人のところは大笑いしていたらしい。

 なお、「現代読者考」の最終ページには、協力者として松田とともに新崎智というクレジットがある。のちに評論家となる呉智英の本名だ。呉智英はこのとき、尊敬している作家の石川淳の本はいい場所に置き、嫌いな書き手の本はすべて荒縄で縛ってゴミ箱に突っ込むようアイデアを出したという。当時30代半ばの赤瀬川が、まだ20代だった2人の意見を聞きながら絵を描いていく光景を想像すると、ほほえましくもある。

 さらにあくる年、73年1月号の「皇紀二千六百三十二年大日本民主帝国論壇地図」からは、“作画師”の赤瀬川と“配置師”の松田に加え、赤瀬川の「美学校」での教え子である南伸坊(クレジットでは本名の南伸宏)が“似顔絵師”として参加する。同時に、論壇地図は雑誌本体から分離され、大判の紙に掲載されるようになった。それだけに、いままで以上に凝ったものとなり、総計500人以上におよんだ人物にはそれぞれフキダシが付され、前年の事件などに関する発言が書きこまれている。前年の72年といえば、旧日本兵・横井庄一のグアム島からの帰国にはじまり、連合赤軍あさま山荘事件や沖縄返還、日中国交正常化など大きなできごとがあいついだ年だが、それらに著名人がどんな反応を示したのか、この地図を見れば一目瞭然だ。

 ちなみに、このとき本来の絵では最上部の中央に昭和天皇と皇太子(現・天皇)の一家が描かれていたものの、版元の総会屋の社長から「まだ、天皇が中心だという考えを持っているのか」と妙なクレームがつき、雑誌掲載にあたっては天皇の姿は雲で隠されることになった(無修正版は、のちに青林堂から刊行された『櫻画報大全』に収録された。最近出た河出書房新社の『文藝別冊 赤瀬川原平』にも縮小して再録されている)。

 それにしても、ここまで細かく描かれていると、つくり手の苦労もしのばれる。実際、赤瀬川たちは毎年締め切りが近づくと、家に集まって合宿体制で制作にあたったという。ある年など、南伸坊が最後に残った3人分の似顔絵がどうしても描けず、すでに仕事を終えた赤瀬川と松田は夕食に出されたタラチリ鍋を「絵ができてから食べよう」と待っていた。しかしそれにかえってイライラを募らせた南は、ついには「どうぞ、先に食べてください!」と怒りを爆発させたという(赤瀬川原平『全面自供!』晶文社/2001年)。

 結局、あまりの重労働に耐えかねて、翌年は「もう、やりません」と断り、代わりに編集部の手になる論壇地図が載るのだが、読者から「面白くない」と投書が来て、翌々年にはまた赤瀬川らが再登板するということが繰り返された。

 再登板となった75年1月号では「毎年新聞」というそのタイトルどおり、新聞のフォーマットを借りて、全4面にわたり各界の著名人の発言をイラストとともに並べた。その1面トップでは、田中角栄の首相退陣がとりあげられている。考えてみれば、田中の退陣は74年の11月末だから、12月発売の雑誌に掲載するには、そうとう切羽詰まった状況で作業を進めなければならなかったはずだ。それでもさすがに新たな自民党総裁・首相に三木武夫が選ばれるまでには間に合わず、三木の肩書が「総裁候補(本家)」となっているのをはじめ、大平正芳は「同(正統)」、福田赳夫は「同(元祖)」、中曽根康弘は「同(後釜)」などという具合に苦肉の策がとられている。

 そのほか「毎年新聞」では、現実の新聞紙面にならって「告示」やら「尋ね人」やら「死亡広告」までもがパロディ仕立てで描かれている。政党広告まで入っていて、各党を支持する芸能人やスポーツ選手を含む著名人たちの似顔絵が並ぶ。日本ではいまだに芸能人が特定の政党の支持を表明することはほとんどないから、これを描くのはある意味タブーに触れるようなものだったろう。

 赤瀬川らが手がけた最後の論壇地図は、77年1月号掲載の「1977年版大日本天皇制民主帝国クリーンアップ机上作戦盗視図」である。これも、その長いタイトルにふさわしい大作で、ロッキード事件を中心に、その前年の国内外の事件・流行・文化を総ざらいしている。随所に小ネタもちりばめられ、たとえばロッキード事件の究明に乗り出した三木首相と、それを批判する自民党議員たちが乗っているのは、よく見ると鯛焼きだ。これはこの年のヒット曲「およげ!たいやきくん」に掛けたものであることは間違いない。ほかにも、王貞治のとなりで、文化人類学者の山口昌男が「『王殺し』の条件とは?」とつぶやいていたりして、配置の妙を感じさせる。

 筆者が論壇地図の存在を知ったのは、95年1月~4月に名古屋市美術館で開催された赤瀬川の回顧展でだった。その会期中にはオウム真理教による地下鉄サリン事件が発生、知識人のあいだでもオウムをめぐりさまざまな論争が起こった。それを見ながら筆者は、オウム論争もかつての赤瀬川たちのようにイラストでまとめたら面白いのにと思ったものだ。その思いはこのあとも、アメリカの同時多発テロや東日本大震災など大事件が起こるたびに頭をもたげることになる。

 もちろん論壇や芸能界の状況を示した相関図は、現在でも雑誌やウェブでちらほら見かける。それでも、赤瀬川たちの論壇地図のように、幅広い分野を横断し、あれだけの情報量を高いクオリティでまとめあげた例はほかにないはずだ。それを実現したのは、松田哲夫や呉智英の博覧強記、あるいは南伸坊の職人気質であり、さらにいえば、赤瀬川原平の人徳によるところも大きかったような気がする。ようするに、たとえ大変な仕事であろうと、この人とならきっと楽しくやれるに違いないと思わせる何かを赤瀬川は持っていた。そしてそれは論壇地図にかぎらず、のちの路上観察学会など、彼の組織的な仕事全般にいえるように思うのだ。
(近藤正高)

最終更新:2015.01.19 04:34

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