元“渋谷系”シングルファーザーの「お弁当本」が泣ける!

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『461個の弁当は、親父と息子の男の約束。』(マガジンハウス)

 今年4月に発売されたある一冊の“お弁当本”が、いま、ひそかに売れ続けている。その中身は、人気のキャラ弁本でも、時短テクニックのレシピ本でもない。しかも、amazonのレビューに寄せられているのは「料理本を読んで泣いたのは、生まれて初めてです」「料理の参考というよりは、人生の参考になるような本でした」と、感動の声ばかり……。

 この本のタイトルは、『461個の弁当は、親父と息子の男の約束。』(渡辺俊美/マガジンハウス)。題名にある通り、父親が息子のためにお弁当をつくり続けた記録である。しかし、著者名を見て「え、まさか!?」と思った人もいるだろう。そう、90年代に起こった“渋谷系”ブームを牽引したヒップホップグループ「TOKYO No.1 SOUL SET」のメンバーで、2011年には「猪苗代湖ズ」として紅白歌合戦にも出場したミュージシャン・渡辺俊美による“弁当本”なのだ。

 知っている人も多いだろうが、俊美といえば1994年にタレントのちはると結婚し、その後、ふたりの間には長男が誕生。だが2010年に離婚し(ちはるは12年に14歳年下の男性と再婚)、親権は俊美がもつことに。本書によれば、そんなふたりの離婚直後に息子は高校受験に失敗。「いつも飄々としていた」という息子だが、「思えば多感な15歳」。俊美は「きっと複雑な思いをさせたせいもあったと思うんです」と父親として振り返っている。

 受験の失敗から半年後。ミュージシャンとしてだけではなく、洋服屋を経営するなど、「これまで自由に生きてきた」俊美にとっては、「なにも学校がすべてではない」「興味のあることを、ひたすらやってくれていい」と考えていた。だが、息子の答えは「学校へ行きたい」。その言葉に、俊美は「僕もできる限りサポートして、一生懸命応援する」と決意。そして翌年の春、息子は見事に高校に合格するのだが、ここで俊美は息子にある質問をした。

「お金を渡すから自分で好きなものを買うか。それともパパがお弁当を作るか。どっちがいいの?」。息子の返事は、「パパのお弁当がいい」。理由は「コンビニの弁当より、パパが作った方がおいしいから」──これには「笑みがこぼれるほど嬉しかった」という俊美。ここに、息子は「一度決めたからには必ず3年間、休まず通って卒業する」、父は「3年間、毎日お弁当を作る!」という“男と男の約束”が生まれたのだ。

 といっても、仕事をしながら毎朝お弁当をつくるというのは、想像以上にたいへんなこと。さらに、食べたいおかずのリクエストを尋ねるだけでなく、少しでも新鮮なものを食べさせたいという思いから「自然食品店をまめにチェック」するなど、俊美はどんどんと“弁当に支配されるような日々”になっていった。親心というものかもしれないが、これでは身体がもたない。そこで俊美は「調理の時間は40分以内」「一食にかける値段は300円以内」「おかずは材料から作る」という3つのルールを導入することにした。さらっと書いているが、この3つも相当に高いハードルだろう。

 本書は、そうして俊美の手によってつくられたお弁当の写真をコメントともに紹介。たとえば、いちばん最初につくった4月のお弁当の中身は、マルシンハンバーグに紅鮭の粕漬け焼き、卵焼き、ブロッコリー、トマトと、言葉は悪いがよくあるお弁当、といった感じだ。しかし、それも5月に入ると、卵焼きに大根葉ふりかけが入っていたり、えびとズッキーニのナンプラー炒めといったオシャレな一品が登場するなど、ぐっとこなれた印象に。時を経るごとに弁当箱も増え、おかずの色合いもどんどんと美しくなっていく。なかでも目を見張るのが、卵焼きのバリエーション。「親子そろって卵焼き好き」というだけあり、ちりめんと糸三つ葉入り、しょうが昆布入り、たこと青じそ入り、じゃこ天スティック入り、ハムとゴーヤ入りなどなど、飽きない工夫がほどこされている。

 恋のためにダイエットしたいと息子が言えば、少ない量でも満腹感が出るアイデアを考えたり、寒い冬は体調を崩さないようにしょうがをメニューに取り入れたり。また、週末は地方ライブで家を空けざるを得なくても、必ず月曜の朝には戻ってご当地の食材を使ったり、12月にはクリスマスツリーをかたどったキャラ弁ふうの力作をつくったものの、「あ、今日はクリスマスツリーね。ごちそうさま」と味気ないメールが届いて意気消沈したり……。こうした毎日の記録を読んでいると、お弁当がふたりのコミュニケーションツールになっていること、そして何気ない一日一日の積み重ねが繋がりを深めていくのだということが、痛いほどに伝わってくる。

 本書の最後には、今年の春に高校を卒業した息子からの手紙が掲載されている。そこに書かれているのは、感謝の気持ちと、こんな言葉だ。

「もし僕に子供ができた時には、おいしくて優しい弁当の作り方をぜひ教えてください。僕も愛情たっぷりのおいしい弁当を次の世代につなげていきたいと思います」

「お父さんも、お父さんの弁当も本当に大好きです」──“男と男の約束”の先に待っていた、最高のメッセージ。シングルファザーの男性はもちろんだが、お弁当づくりをパートナーに任せきりの男性も、ぜひこの本を読んでみてほしい。弁当づくりとは、この上なくクリエイティブで、とびきりのラブレターなのだということが、きっとわかるはずだ。

 ちなみに、俊美は昨年、再婚をしたという。息子は「快く受け入れ、とても優しく迎えてくれた」とのことだ。
(田岡 尼)

最終更新:2014.08.21 08:06

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