レリゴー! 女性たちが涙する“ありのままのわたし”の正体

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『ディズニー アナと雪の女王 ありのままでだいじょうぶ  ディズニー物語絵本』(講談社)

 メガヒットを記録中のディズニー映画『アナと雪の女王』の主題歌「Let It Go〜ありのままで〜」が、街でもお茶の間でもヘビーローテーションされている。流れる曲を劇場の観客全員で歌う企画が各地で開催され好評を博しているというし、書店では女性向け書籍の帯の文句がいっせいに「ありのままで」ふうになるという現象も起きている。今年の夏はこれ一色になりそうな勢いだ。

 アナの姉エルサは、自分のもつ魔力のせいで苦悩する。それが妹のアナを傷つけ、また王国の民衆から白眼視される原因になるからだ。「レリゴー」は、そんなエルサが遠い山へと逃げ出し、本来の自分──ありのまま──でいられるその場所で、氷の宮殿を築きあげるときに歌われる。

 そんな「レリゴー」が、どうしてこんなに人気なのか。それは、自分のパーソナリティ(個性)をめぐって生まれる不安や葛藤を、この歌が見事に表現しているからだろう。ここでいうパーソナリティとは、私たちの持って生まれた気質、性格、能力のこと、つまり「ありのまま」の自分のことだ。では、どうしてパーソナリティが不安や葛藤の種になるのだろうか。言い換えれば、「ありのまま」に生きるのはどうしてむずかしいのだろうか。本稿ではこの疑問を、パーソナリティ概念の生誕地である西洋哲学の歴史とともに考えてみよう。

 パーソナリティなる言葉の成り立ちを調べると、興味深いことに気づくはずだ。よく知られた事実であるが、その語源はラテン語の「ペルソナ」(persona)にある。ペルソナというのは演劇で用いる「仮面」を指している。つまり、ありのままの自分とは仮面のことだというわけだ。でも、これは奇妙ではないだろうか。ふつう仮面はありのままの自分を他者から隠すために付けるものなのだから、それはむしろありのままとは正反対のものではないだろうか。そう、まさしく正反対のものであり、そこがポイントなのだ。

 人間をひとつの人格として扱う思想をつくりあげたのは、ヨーロッパのキリスト教神学のもとで発展したスコラ哲学である(私たちの社会を支える人権概念もそこから生まれてきた)。なかでも最初に「ペルソナ」を私たちの知る「人格」の意味で定義したのは、『哲学の慰め』で名高い最初のスコラ哲学者ボエティウス(480〜524/525年)といわれている。彼はそれを「理性的本性をもつ個別的実体」と定義した。これは「ありのまま」の自存性(自分だけで存在できる性質)を強調した、私たちにも馴染み深い定義だ。でも、スコラ哲学にはもうひとつの極みがあり、それはペルソナを関係性(他との関係によってはじめて存在する性質)によって定義するものだ。スコラ哲学で想定されていたのはもちろん神との関係(父─子─聖霊の三位一体)であるが、現代的な文脈に移すとそれは社会的な関係、つまり「仮面」的な定義ということになる。これは、「ありのままの自分」という自存的に思える存在も、他人との関係のなかではじめて現れてくる(もし世界が自分ひとりのものなら「ありのまま」という概念自体が出てこないだろう)という発想だ。そしてスコラ哲学の完成者トマス・アクィナス(1225?〜1274年)は、自存性と関係性の共存する定義をつくりあげ、現代の心理学にも通じるパーソナリティ概念の基本的な枠組みをもたらしたのである。

 このように、もともとパーソナリティとは自存性(「ありのまま」)と関係性(「仮面」)という相反する二つの意味を併せ持つ両義的な概念なのである。そうだとすれば、自分のパーソナリティが不安や葛藤の種になるのも不思議なことではない。仮面をつけていたつもりなのに、それがいつのまにか本来の自分と区別がつかなくなっていたり、本来の自分だと思っていたことが、じつは他人の模倣だったのかもしれないと気づいたりと、そうしたことは社会のなかで生きていかざるをえない私たちがよく経験するものだ。それになにより、自分の「ありのまま」であるはずのパーソナリティの自存性が、社会という他人との関係性によって脅かされ、それを抑圧したり否認したりしなければならなくなる場合もあるのである。

 先に、「レリゴー」はパーソナリティをめぐって生まれる不安や葛藤を見事に表現していると述べた。だからこそ、この歌は、そうした不安や葛藤を克服する解放的なメッセージとして私たちの耳に届く。これが女性や性的マイノリティ、あるいはダークヒーロー(ヒロイン)の応援歌として解釈されるのも、それが自存性と関係性の間で不安を覚え葛藤するパーソナリティの解放を支援しているからなのである。

 しかし、このように考えると、原曲の「レリゴー」と日本語版の「ありのままで」の間にある大きな隔たりにも思いを馳せずにはいられない。原曲の「レリゴー」は、これまで述べてきたような、自存性と関係性の狭間で揺れ動くパーソナリティが経験する不安や葛藤を乗り超えるための応援歌だ。でも、それが「ありのままで」という日本語にローカライズされたとたん、そのメッセージから関係性が抜け落ち、にわかに自存的な要素だけが前面に押し出されるように思えるのは気のせいだろうか。それは「ありのままで」という言葉が、現代日本では「そのままでいいんだよ」「なんにもしなくていいんだよ」という、徹底的に非社会的なゆるふわ愛され系メッセージとして消費されているからだろう。この曲を日本語で歌うときには、原曲に込められた自存性と関係性の緊張関係を忘れないようにしたいものだ。
(二葉亭クレヨン)

最終更新:2018.10.18 04:53

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ディズニー アナと雪の女王 ありのままでだいじょうぶ (ディズニー物語絵本)

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