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ネトウヨのネタ本『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』のデタラメ! 唯一の証言者は父親、妻名義の本を夫の名で再出版
『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』(ワック)
いまから92年前の9月1日、マグニチュード7.9の大地震・関東大震災はもうひとつの悲劇を引き起こした。それは“朝鮮人虐殺”だ。発生直後の数日間で、「朝鮮人が暴動を起こした」「井戸に毒をいれた」「放火している」等のデマが広がり、日本人らによる大規模な朝鮮人のジェノサイドが行われたのだ。
ところがここ1、2年、ネット上では「暴動はデマじゃなかった」「朝鮮人虐殺はなかった」なる歴史修正の物語がはびこっている。これは主にネット右翼たちが拡散させているものなのだが、その言説はもちろん根拠皆無のトンデモだ。
実際、デマによる虐殺があったことは他でもない、当時、治安出動を指揮した警視庁官房主事の正力松太郎自身が認めている。戦後、正力は回顧録『悪戦苦闘』(1952年)所収の「米騒動や大震災の思い出」(講演年1944年)のなかで「その来襲は虚報」「一犬虚に吠えて万犬実を伝うるに至った」とはっきりと言い、「警視庁当局として誠に面目なき次第でありますが、私共の失敗に鑑み大空襲に際してはこの点特に注意せられんことを切望するものであります」と反省していたと書き残しているのだ。他にも、公的な記録や市民の目撃証言が無数に残されており、関東大震災での朝鮮人虐殺は厳然たる事実であることを裏付けている。
では、どうしていま、「朝鮮人虐殺はなかった」なるデマゴギーが一部で流通しているのだろうか。
ここに、その元ネタ本がある。それは加藤康男なる人物が昨年、出版した『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』(ワック)。
加藤康男氏は元集英社の編集者で、最近は近現代史を題材に歴史修正主義的な文章をいくつか発表している人物だが、本書の主張を簡単にまとめるとこうなる。
①朝鮮人が地震に乗じて殺人や放火、強姦事件を起こしたのは、デマではなく真実だ。②しかも、こうした朝鮮人のなかには皇太子(後の昭和天皇)の暗殺を狙ったテロリストがいた。③日本人が行ったのは、その脅威を避けるための正当防衛や治安維持活動にすぎない。④ゆえに、これは一方的な虐殺ではないから「朝鮮人虐殺はなかった」──。
はっきり言って、上にあげた①〜④のすべてが、これまで学術的に認められてきた調査、史料、証言等からなる歴史学の常識とはかけ離れた言説である。加えて、朝鮮人への差別や憎悪を煽るという点で、ヘイト本そのものだ。
こうしたトンデモヘイトデマはいかにして練り出されたのか。たとえば、今年5月に刊行された『さらば、ヘイト本! 嫌韓反中本ブームの裏側』(ころから)のなかには、この「朝鮮人虐殺はなかった」論を徹底検証する論考が掲載されている。執筆者は加藤直樹氏。昨年、多岐にわたる当時の証言や記録を集めた『九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから)を発表し、高い評価を得た書き手だ。
加藤直樹氏はこの論考で、『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』(以下「なかった本」)の矛盾点や無根拠性、調査研究とは名ばかりのずさんな資料の使い方を次々と挙げている。
たとえば「なかった本」は、朝鮮人暴動がデマではなかったと主張するために、朝鮮人による放火や井戸への投毒を報道する当時の新聞記事を多数引用。これが確たる証拠であると主張しているのだが、この新聞記事はそれこそ逆で、多くの関東大震災の研究者がデマの証拠として挙げてきたものなのだ。
当時の新聞は震災の混乱で、「富士山爆発」「伊豆諸島沈没」「名古屋全滅」「山本首相暗殺」などといった無茶苦茶な誤報・虚報を飛ばしていた。朝鮮人暴動を伝える報道もこうした震災直後の混乱により生み出されたものであった。
事実、朝鮮人暴動の虚報は、震災発生から1週間後にはパタリと姿を消している。それは、9月3日に、警視庁が新聞各社に「朝鮮人の妄動に関する風説は虚伝にわたることが極めて多く…」(『大正大震火災誌』、1925年)と要請し、7日には緊急勅令として流言やその報道を取り締まる治安維持令が発せられたからだ。
しかも、新聞で報道された朝鮮人暴動を見たという証言者はおらず、報道内容は公的な調査によって事実ではないことが分かっていく。たとえば、内務省の震災報告書『大正震災誌』(1926年)には、朝鮮人暴動の記事が震災直後の誤報・虚報の例としていくつも挙げられている。
にもかかわらず、「なかった本」は、震災直後の誤報・虚報を「証拠」として、「朝鮮人暴動は実際にあったのだ」などと喧伝しているのだから、呆れるほかない。
さらに、「なかった本」はその“トンデモ読み替え”の根拠として政府隠蔽説を主張している。新聞報道は事実だったのに、政府が“朝鮮人テロリストを追い詰めると皇室を襲撃する可能性がある”という理由で朝鮮人の襲撃を隠蔽したというのだ。
「なかった本」によると、隠蔽の首謀者は震災直後に内務大臣に就任した後藤新平であり、後藤は前出の治安担当者・正力松太郎にこんなセリフを語ったという。
〈「正力君、朝鮮人の暴動があったことは事実だし、自分は知らないわけではない。だがな、このまま自警団に任せて力で押し潰せば、彼らとてそのままは引き下がらないだろう。必ずその報復がくる。報復の矢先が万が一にも御上に向けられるようなことがあったら、腹を切ったくらいでは済まされない。だからここは、自警団には気の毒だが、引いてもらう。ねぎらいはするつもりだがね」
三十八歳の正力は百戦錬磨の後藤のこの言葉に感激し、以後、顔には出さずに「風評」の打ち消し役に徹した。これが後藤が打ち明けた腹のうちだった〉
まるで見てきたかのような描写だが、実はこの発言を裏付けるような史料、証言、文書はどこを探しても存在しない。
当然だろう。そもそも、正力は冒頭でも指摘したように、1944年の講演でもデマを認めたうえで反省の意を示し、戦後には存命中に自身の名のもと出版しているのだ。朝鮮人の暴動が実際にあってそれを隠蔽したのだとしたら、戦後になってもわざわざ自らの失態を記録し続けたりはしないだろう。
では、「なかった本」は何を根拠に書いているのか。同書には唐突に、池田恒雄なる人物が登場し、上で引用した後藤から正力へのセリフを証言としている。逆に言うと、それだけが、この見てきたような描写と政府隠蔽説の根拠なのだ。
しかし、この唯一の証言者である池田恒雄はベースボールマガジン社の創業者だが、震災当時、政府の要人でも目撃者でもない。池田が戦後にこの話を正力松太郎から聞いたとしているだけ。つまり、ただのまた聞きなのだ。そのうえ、池田は「なかった本」出版前に亡くなっているから、現在では第三者が証言を確認することはできない。これに歴史資料的価値を認めろというのは、どう考えても無理な話だろう。
しかも、「なかった本」はある重要な事実を伏せていた。証言者の池田恒雄は、『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』の著者・加藤康男氏にとって妻の父親=義父にあたる人物なのだ。つまり、彼らの主張を支えているたったひとつの根拠は、著者の親族に昔聞いたというまた聞きの話にすぎなかったのである。
これだけで「朝鮮人虐殺はなかった」「暴動はデマではなかった」という歴史修正主義を大声でがなるのだから、そのデタラメぶりには唖然とさせられる。
だが、この本がデタラメなのは内容だけではない。実は『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』には、内容がほぼ同一の本が存在しているのだ。それは工藤美代子氏が2009年に発表した『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』(産経新聞社)だ。
工藤美代子氏といえば、皇室評伝や、山本五十六伝、石原慎太郎論などを手掛けるノンフィクション作家だが、かつて「新しい歴史教科書をつくる会」の副会長を務めたこともある保守論客。また、最近では、三笠宮家の母娘対立で、娘の彬子女王側に立ち、「週刊新潮」(新潮社)に信子妃を誹謗中傷する記事を発表したことで話題になった。
その工藤氏が6年前に書いた本と、昨年、出版され、今、ネトウヨのヘイトの元ネタになっている本がそっくりなのである。
しかもこのふたつの本、似ているというレベルではなく、わずかな箇所を除けば、一字一句同じと言っていいものだ。
では、加藤氏が工藤氏の本を盗作したのか? というとそうではない。実は、『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』の加藤康男氏は、工藤美代子氏の夫なのである。つまり、工藤氏は先述した“唯一の証拠”である証言をした池田恒雄氏の娘というわけだ。
加藤康男氏は自分名義の「なかった本」の「あとがき」で、「これまで著者名は筆者の妻・工藤美代子としてきたが、取材・執筆を共同で行ってきた関係から、ワックBUNKO化に際して大幅に加筆、修正し、著者名を加藤としたことをお断りしておきたい」とだけ書いているが、いや、これは簡単に流していい問題ではないだろう。
そもそも、「取材・執筆を共同で行ってきた」のであれば、前の本で「工藤美代子」名しかないのはおかしいし、新版で修正するにあたっては、夫婦の共著とするのが筋のはずだ。
それが、ワック版では「加藤康男」の名前しかなく、「工藤美代子」が消えている。これは、ノンフィクション作家・工藤美代子氏が発表した『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』はネームバリューのある工藤氏が名前を貸しただけで、実際にはゴーストの夫によって書かれたものだった、そうとしか解釈できないだろう。
あるいは、今回、別の執筆者名で出すことで、新しい本であることを装って売ろうとしたのだろうか。
いずれにしても、同じ本を著者名を変えて出すなどというのは前代未聞。こんなことが、出版倫理上許されていいわけがない。『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』はまさに自らの出版経緯において、歴史修正を行っていたというわけだ。
とはいえ、「朝鮮人虐殺はなかったというデマなんてしょせんこの程度のいい加減な作家がつくりだしたデタラメにすぎない」と笑って済ませるわけにはいかない。
事実、ネット右翼たちは、本の内容がどれだけトンデモで論理破綻していても、その表題や見出しだけで、本当に「朝鮮人虐殺はなかった」と信じ込み、それをどんどん拡散させているのだ。
前述の『さらば、ヘイト本!』のなかで、加藤直樹氏は、「虐殺の歴史を否認することで、未来の虐殺を準備することになりかねない」と指摘している。何度でも繰り返すが、こうしたデマを垂れ流す本をけっして放置容認してはならない。
(小杉みすず)
最終更新:2015.09.01 11:30
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