NMBセンターに抜擢!須藤凛々花の「哲学愛」は本物なのか? 哲学研究者が検証

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将来の夢は「哲学者」のアイドル・須藤凛々花(NMB48公式サイトより)


 7月15日に発売されるNMB48のニューシングル「ドリアン少年」のセンターに、2013年のドラフト会議でチームN入りしたばかりの須藤凛々花が選ばれ話題を呼んでいる。前作「Don't look back!」でも選抜入りはしていたものの、まさかの大抜擢となる。

 須藤凛々花というアイドルは、他の48グループメンバーとは一線を画すキャラクターをもっている。なんと、「将来の夢は哲学者」というのだ。300名近くのメンバーを擁し、「ガンプラオタクアイドル」もいれば、「呑兵衛アイドル」までいるなかで、そんな発言をする彼女の存在は異色だ。

 実際、須藤の公式ツイッターアカウントのフォロー欄を見ると、ミシェル・フーコー、マルクス、パスカル、西田幾多郎、レヴィナスといった、知の巨人たちのbotアカウントが並んでいる。こんなアイドルのフォロー欄は見たことがない。

 その特異なキャラクターには、見城徹や宇野常寛も注目。トークアプリ「755」やツイッターで賛辞のコメントを寄せている。

 しかし、彼女の哲学や現代思想へのアプローチや知識は「本物」なのだろうか?

 実はリテラはかなり早くから彼女に注目。哲学研究者にその「哲学愛」と「知識」について検証してもらう記事を配信していた。

 検証したのは、ジョン・サール『マインド 心の哲学』(朝日出版社)の共訳などで知られる、吉川浩満氏である。

 ここに、そのテキストを再録するので、ぜひ読んでいただきたい。
(編集部)

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「須藤凜々花ってどうなんすか、あれ?」

 知人の編集者からいきなりこんな質問をぶつけられた。どうもこうも誰それ? 聞き直してみたら、AKBグループのドラフト会議で最多3チームから1位指名され、競合の末にNMB48のチームNが交渉権を獲得した大型新人、らしい。

 しがない哲学好きの物書きで、別にアイドルとかAKBとか興味ないんですけど、なんで私にそれを聞く?と思ったら、どうもこの人、別の意味でも大型新人であるらしい。なんでもドラフト会議のアピールタイムでは、「偏差値67」という司会者の言葉につづいて、「夢は哲学者とアイドル」とアナウンスされ、会場全体がどよめきに包まれたというのだ。それはどよめくだろう。意味がわからなくて。

 でも、そういうことか。「夢は哲学者」と聞いて、俄然、彼女に興味がわいてきたではないか。さっそくNMB公式ブログに投稿された彼女(以後ストーと呼ぶ。なんか古代ローマの哲学者みたいだ)の自己紹介を覗いてみると……あった。いま追いかけている哲学者として、ジョン・スチュアート・ミル(通称ミルルン師匠)の名が挙げられている。そしてカール・ヤスパースも「ヤスパースさんかっけー」と称えられている。なぜこのふたりなのかについては情報が不足していてよくわからない。とはいえ、わからないなりに考えてみよう。

 まず、J・S・ミルもヤスパースも、まったく流行りとはいえない(だが、きわめて重要な)哲学者という点で共通している。これは、本当に哲学が好きなのだろうと思わせる人選であり、たいへん好感がもてる。これが第一印象だ。

 J・S・ミルは19世紀イギリスの哲学者である。さまざまな分野で業績を残した巨人だが、とくにその政治哲学は後世に大きな影響を与えた。でもそんな説明ではピンとこないだろうから、次のことを考えてみよう。あなたは雑誌を読んだり物を食ったり人とつるんだりする。そんなあなたの自由は、それが他人に危害を加えるものでないかぎり、原則として守られなければならない。競馬でオケラになる愚行の自由すら守られなければならない、と。当たり前だ、そうでなきゃ困るじゃないかと思うかもしれないが、このような考えが当たり前のものになったのは、彼のおかげなのである。彼はこの考え(「危害原理」と呼ばれる)を、人類史上はじめて定式化して世に問うた。いま私たちがある程度の自由を享受できているのは、ミルルン師匠と後継者たちの努力の結果なのだ(そして、そうした自由のない国や地域もあるし、かつてこの国もそうだったし、いまでもそれが脅かされることがあると思い起こすことも、また大事なことだ)。

 さて、ストーはドラフト会議で、“いまの歴史は昔の人の考え方が積み重なってできている。昔の人の思想を勉強して新しい世代へ”云々と述べたという。いま紹介したミルルン師匠の仕事を考え合わせると、彼女の言葉がよりいっそう胸に迫ってくるのではないだろうか。過去の偉大な哲学者は、たとえミルルン師匠のように現在の流行とは無縁の存在になったとしても、私たち現代人の生活や文化にしっかりと息づいている。それを改良し次代へと引き継いでいくのは、私たちがすべき重要な仕事のひとつだ。ミルルンを師匠と仰ぐストーの志は、この点で見事に一貫しているのである。

 このように考えると結論は明らかだろう。少なくとも現時点では、ストーの哲学好きは本物であり、立派なハードコアをもつものだといってよいのではないだろうか。

 なお、20世紀ドイツの哲学者ヤスパースについては、「ヤスパースさんかっけー」以外の手がかりがないので本当にわからない。ただ、彼が当時台頭してきたナチスに反抗して大学を追われた後、妻(ユダヤ人であった)の強制収容所送致にも抵抗し、自宅にふたりで立てこもりこれを阻止したというエピソードを知ったとき、私もまた「ヤスパースさんかっけー」と魂を震わせたことを、ここに記しておこう。

 最後に、そんなストーは今後アイドル活動で哲学をどのように活かしていけばよいのだろうか。そもそも私などが考えることではないし、当然ストーから頼まれたわけでもないのだが、行きがかり上提案しておくと、AKB系列初の積極的炎上商法というのはどうだろうか。もちろん失言や不祥事による炎上ではない。哲学的議論の炎上である。公式ブログのコメント欄に群がってくる大人たちを相手に、合気道の達人・塩田剛三の自由技演武の要領で燃え上がるような丁々発止を展開すれば、焼け跡には幾冊かの哲学書が残されることになるかもしれない(しらんけど)。

 ともあれ、逸材であることは間違いない哲学者ストーの、今後の活躍を期待してやまない。あの『アンクル・トムの小屋』のハリエット・エリザベス・ビーチャー・ストー、通称ストー夫人という偉大な先輩もいるのだ。きみは孤独ではない。
(吉川浩満)

最終更新:2015.06.11 11:23

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